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第十一話

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 帰路の最中、二人は黙ったままだった。
  
「ロキシー。あなたはどうして、勇者になろうとしているのですか。予言に言われたからですか?」
  
 沈黙を破ったのは、ガウレオだった。
 その問いに、ロクサーヌは少し目を伏せて考えると、ポツポツと話し出す。
  
「そうかも、しれません。私は、弱いから。でも、大好きなお父様とお母様を、守りたい。私にその力があるなら、私は勇者になりたい。です」
「家族の為ですか。……知っていますか? 私のお父さん、前の勇者はお母さんと旅がしたくて、勇者になったそうですよ」
  
 分からないという顔をするロクサーヌに、ガウレオは少し笑って続ける。
  
「お父さんは勇者に選ばれた時、逃げようとしてたらしいんです。元はそこら辺の悪餓鬼だったらしいですから。勇者の縛られた生活が嫌だったんでしょうね。」
  
 ロクサーヌは、苦笑いしながら話を続ける彼を、食い入る様に見続ける。
  
「そんな時に、ギルドの依頼でやって来たお母さんに出会ったそうです。一目惚れだったと、お父さんは言ってました。恥ずかしい話ですが、それがお父さんが勇者になろうと決めた理由だそうです」
  
 馬鹿らしいでしょうと、ガウレオは笑う。それを頭を振って否定する。
  
「いいんですよ。笑ってくれて。私もそれを知ったときは呆れたものでしたから。でもね、ロキシー。お父さんは言ってました。勇者の資質は体の強さじゃない。誰かを守ろうとする心の強さだと。」
  
 自分の両親の話をする少年の横顔はとても楽しそうだった。特訓中の厳しい顔が嘘みたいに思えた。
  
「勇者だからって全てを救おうとしなくていい。彼女を守るついでに世界を救ったんだと、いつも話してました。だから、ロキシー。その思いを忘れないで下さい。それがあなたを勇者にする」
  
 その言葉は自分の心に響いた。
 いつも世界を救わねばという重圧に晒されていた。それが勇者の使命だと。
 しかし、彼は教えてくれた。は結果に過ぎないと。
 予言を受けた日から、初めて肩の荷が降りたような気がした。
  
「ありがとう、ございます。師匠せんせい。私、頑張ってみようと思います」
  
 ロクサーヌの決意を聞いて、少年は嬉しそうに笑うのだった。
  
  
 屋敷に戻ると、スッキリとした顔のスリーリンとボロ雑巾の様になったトールが出迎えてくれた。
 トールはロクサーヌを見ると直ぐに頭を下げて謝った。あまりにも鬼気迫る様子だったので、彼女は少し引いていたが快く許した。
 スリーリンからおやつを用意してあると教えられて喜んだが、直ぐに遠慮がちにガウレオの方をみる。
 特訓を逃げ出したのだ。ここで食堂に行くのは、ばつが悪かったのかも知れない。なので、どうぞと手で示すと嬉しそうに駆けていった。勇者になると誓っても、彼女はやはり少女なのだ。
 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、ガウレオは笑みを深めた。
  
 親密な信頼関係は過酷な訓練を堪えるに重要な要素だと、彼は経験で知っていた。
 今回の騒動は関係を深めるにはちょうど良い催しだったと思う。そう考えれば、この見張り役トールも悪くないと思う。
  
「オマエ、何を企んでんだよ」
  
 不意に彼に話し掛けられる。てっきり彼女ロキシーに付いていったものだと思っていたので、少し驚く。
  
「企むだなんて。何を根拠にそう思ったんですか」
  
 微笑みかけるが、彼の疑り深い眼差しは強まるばかりだ。 
  
「じい様が言ってた。『奇人』がいつも笑っているのは、心を読まれないようにしてるからだって。オマエからは奇人アイツと同じ匂いがする」
  
 ガウレオは彼の評価を上げる。『死にぞこない』の秘蔵っ子は存外に出来るようだ。
  
「僕が考えていることは一つ。ロキシーを最高の勇者に育て上げる。それだけです」
「……どうだかな」
  
 彼は一睨みすると、ロクサーヌ達のいる食堂に去っていった。
 もしかすると、彼は思いがけない拾い物かも知れない。そう考えていると、背後からグリゴリも声を掛けられる。
  
「お帰りなさい、グリゴリさん。どうでしたか?」
「ガウレオ様の狙い通りに動き出したようです。何名か、足取りの掴めない流れ者が依頼を受諾しています。恐らくは王派閥の手の者かと」
「国外にも伝を持っているのですか。面白いですね」
  
 誘いには乗ってくれた。あとはどう踊らせようか。
 これからの事を考えながら、彼は歩き出した。まずは食堂だ。ここの出すチョコレートケーキはとても美味しいのだ。
  
  
 貴族街の一角。そこに建てられた古い屋敷の一室に、彼らは集まっていた。
 王派閥である。この屋敷の持ち主は古くから派閥に属しており、主要な人物達からも覚えが良かった。
 だからこそ、大事な会議をする場として選ばれている。
  
「例の件だが、首尾はどうだね」
「やはり国内の冒険者達はこちらの依頼には乗ってくれなかったよ。仕方がないから、国外の手の者を使うことにした」
「大丈夫なのか。もし万が一でも、そこから我々に繋がるようなことでもあれば」
  
 一人が不安そうに声を震わせる。彼はいつも慎重論を挙げるため、周りからは臆病者と陰口を叩かれていた。
 彼の疑問は直ぐに否定される。
  
「大丈夫だ。彼女は国外の、更に非正規ギルドに属する人間だ。捕まるようであれば、その場で自爆をするような連中さ」
  
 男の言葉に周りからは感心の声があがる。そこまでの人材を得るだけの伝と、それを惜し気もなく使った彼への羨望の声でもあった。
  
「彼以外にもそれに近しい手練れ達を送り出している。これ以上、キュオンに力を付けさせてはならん」
  
 その言葉に皆は強く、頷くのだった。

 こうして、黒級依頼の選抜試験の日が間近に迫っていった。 
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