硝子のベール

磊蔵(らいぞう)

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第8話 クシュール家

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門の前には門番と思われる兵士二人と、シュクール家の執事だろうか……蝶ネクタイに燕尾服えんびふくという出で立ちの初老の男性が立っていて、二人を出迎えてくれた。

「クシュール子爵様の御屋敷へようこそおいでくださいました」

馬車から降り立った二人に向かい、執事と思われる男性は恭しくお辞儀をすると、続けてこう言った。

「私はシュクール家の執事を務めさせていただいているカークスと申します。本日は当家へお越しいただき誠にありがとうございます」

「いえ、こちらこそよろしくお願いします」

カエサルが穏やかな声でそう返すと、カークスと名乗った男は更に言葉を続けた。

「長距離の移動でお疲れでしょう……どうぞ中へお入りください」

言いながらカークスは門兵に目配せをし、門を開けさせた。
重々しい金属音と共に開かれた門扉の向こうには、手入れの行き届いた美しく広大な庭園が広がっていて、その中央を貫くようにして真っ直ぐに伸びた石畳が続いていた。

「うわぁ……凄いっすね!」

優斗は思わず感嘆の声を漏らした。

「ああ、そうだね」

キョロキョロと落ち着きなく周囲を見回す優斗とは対照的に、カエサルは庭園の美しさを堪能するように眺めながら静かに頷いた。
そんな二人に横から声が掛る。

「こちらでございます」

カークスに先導されながら石畳を進んで行くと、大きな屋敷の前にたどり着いた。
さすが貴族だけあって(こういうのをマナーハウスというのだろうか)とにかく豪華で美しい屋敷に優斗は圧倒されそうになる。
屋敷の入り口まで行くと、メイドと思われる女性達が数人並んで待っていて、カークスが彼女達に一言二言何か告げると、皆一斉に深々とお辞儀をする。

「えっ……あ、どうも……」

こんな風な対応を受けた経験のない優斗は、戸惑いながらも軽く会釈を返す事しかできなかった。
その様子を見たカエサルは小さく笑みを浮かべながらカークスへ向き直り、話し掛ける。

「皆様とても礼儀正しい方々ですね」

「ええ……自慢の使用人達です」

誇らしげな表情を浮かべるカークスの言葉に、初めて貴族社会に触れる優斗はただ黙って感心していた。

(やっぱ貴族様ともなると使用人にも気を遣わないといけないんだな)

そんな事を考えながら使用人たちを眺めていると、ふと、屋敷の奥から腕に小さな赤子を抱いた美しい女性がこちらに向かってやって来るのが目に入った。
大きな鍔広つばひろの帽子を斜めに被り、高貴な印象を抱かせながらもどこか可憐な雰囲気を漂わせた美しい女性――その容姿と服装から、彼女がクシュール家の奥方である事は貴族社会に疎い優斗にも容易に想像できた。
だが、同時にその姿に違和感を覚える。
何故なら、彼女はまるで今から旅にでも出るかのような出で立ちのうえ、彼女の後ろに付き従う従者はその手に大きな鞄を抱えているからだ。

「あの……あちらの方は……?」

カエサルが控えめに質問すると、カークスがうやうやしく答えた。

「あちらはクシュール子爵婦人のテネル様です……実は、この度の屋敷内で起きた異変により、万が一奥様とお生まれになったばかりのご子息に何らかの被害が出てしまう可能性をご憂慮された旦那様が、一時的に奥様を別荘へとお連れする事となったのです」

「そういう事でしたか……」

納得したように呟きながら婦人を見つめるカエサルと優斗に気が付いたのか、テネルは二人の前まで来ると一旦足を止め、優雅に小首を傾げてみせる。

「初めまして、テネルと申します」

そう言って微笑む女性はとても美しく、現在、カエサル以外には眼中に無い優斗ですら思わず見惚れてしまう程だった。

(うわぁ……すげえ美人だな……)

驚きと感心が入り混じった表情を浮かべながら、優斗はまじまじとテネルを見つめていた。
そんな様子をカエサルが見ていた事にも気付かないまま優斗は言葉を続けた。

「あ、俺は冒険者の優斗っす!宜しくお願いします!」

「あらあら、元気が良いわね」

屈託の無い笑顔で答える優斗にテネルも思わず笑みを零す。
そんな二人の様子をカエサルはどこか冷めた目で見つめていたが、すぐに表情を取り繕うとテネルの前に一歩進み出て深々とお辞儀をした。

「はじめまして、同じくソルダンギルドより参りましたカエサルと申します」

そう言うと恭しく彼女の右手を取り、その甲へゆっくりと口付けを落とした。

(ほえ~、すげえ絵になるな……)

片腕に赤子を抱いた美しい貴婦人にかしづく美男子――そんな映画のような光景に優斗は思わず息を吞んだ。
それと同時に少しだけ心がざわつく感覚を覚える。

(うっわ……俺、嫉妬してんじゃん)

カエサルが女性には興味が無い事を知ってはいるが、やはり好きな相手があんな風に他の女性に接しているところを見ると複雑な気持ちになってしまう優斗だった。
しかし、当のテネルはさして気にする様子もなく微笑みを浮かべて返した。

「カエサルさんにユウトさんですわね……只今留守にしている夫の代わりにご挨拶致しますわ」

テネルはそう言いながら片手でドレスの裾を持ち上げると、軽く膝を曲げてカーテシーの姿勢を取る。
その洗練された仕草はまるで一流の舞台女優のようだった。

(すげえ……なんだか別の生き物みたいだ……)

そんな感想を抱きながら愛想笑いを浮かべていると、背後からカークスの声が届く。

「ご歓談中のところ申し訳ありませんが……そろそろ移動された方がよろしいかと……」

カークスの促しにテネルは少し憂いのある笑みを見せながら頷いた。

「そうですね……ユウトさん、カエサルさん……どうぞ、ベルノルトの事、よろしくお願いいたします」

テネルは優斗とカエサルに頭を下げた後、家人たちに向かい「では行ってきます」と言い残し屋敷を去って行った。

「さあ、では参りましょう」

テネルを見送ったカークスは、二人を促すと先に立って歩き始める。
案内された先は豪華な調度品が並ぶ応接室と思われる部屋だった。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、それを挟むようにソファーが並べられている。
どうやらこの部屋で依頼内容の詳細を話し合うようだ。

「どうぞ、お掛けください」

促されるまま、優斗とカエサルが並んで座ると、テーブルを挟んだ向かい側にカークスも腰を下ろした。

「改めまして、私は執事のカークスと申します……本日は当主である子爵様に代わり、私がご依頼の内容についてお話致します」

二人にお茶を提供したメイドが退室した後、カークスは改めてといった様子で優斗とカエサルに挨拶した。
自己紹介をすると共に深々とお辞儀をするカークスに対し、カエサル達も名乗り返すと早速本題に入った。

「では早速ですが……現在の状態について詳しくお聞きしたいのですが……」

カエサルのその言葉にカークスは頷き、説明を始めた。

「はい、お二人には先日ギルドへ提出した依頼書から、ある程度お察しいただけたかと思いますが――」

そう言って話し出したカークスの内容はほぼ依頼書の内容と一致していた。

クシュール家の長男、ベルノルトの上に夜な夜な現れる腕、そしてその後目撃される蛇――この現象の解決及び原因の究明が今回の依頼内容である。

「実は……少々申し上げにくいのですが……先程玄関先でお会いした奥様――テネル様なのですが……」

そこで言葉を詰まらせたカークスにカエサルが問いかける。

「何か、問題があるのですか?」

するとカークスは言いづらそうに話を続ける。

「いえ……そのぉ……実はあの方は後妻でして、子爵には亡くなられた前妻がおられるのですが……」

そこで一旦言葉を切ると、カークスは深刻な表情を浮かべた。

「その前妻様との間の御子息――このクシュール家のお世継ぎに当たられるのが、今回被害に遭われているベルノルト様なのです」

カークスの話によれば、クシュール子爵の後妻であり、ベルノルトの継母にあたるテネルに男子が産まれたのが今回の事件の原因ではないか、と使用人たちの間で噂されているらしい。

「……その……ご自分のお子様をお世継ぎにしたいが為にテネル様がベルノルト様を襲った――つまり、『呪いをかけた』のではないか、という憶測が飛び交っているのです……」

「なるほど」と頷きながらカエサルが口を開く。

「それで、『怪現象から避難させる』という名目でテネル様を別荘へ――つまり、ベルノルト様から物理的に引き離した、と仰るのですね?」

「はい……それが建前である事はテネル様ご自身も気付かれておいでのようですが……ああ、勿論旦那様はそのような噂、半信半疑ではありますが、念のため、という事で今回のようなご判断を……」

一通りカークスの話を聞いた優斗は小さく溜息を吐いた。

(なるほどね~、金持ちのドロドロした大人の世界ってやつか……)

優斗はカークスの言葉に内心げんなりしつつ聞きながら、先程玄関先で会ったテネルの憂いを含んだ笑みを思い出していた。
そんな優斗の横では特に表情を変える事無くカエサルが口を開く。

「なるほど、事情はよく分かりました――それでは早速ですが、ベルノルト様のご様子を見せていただいてもよろしいですか?」

「ええ、勿論です……では、今からベルノルト様のお世話係をしているエミルを呼んでまいりますので、少々お待ちください」

そう言い残して応接室を出ていくカークスを見送った後、優斗は隣に座っているカエサルに小声で話しかけた。

「あの……カエサルさん、ホントなんすかね?」

「うん?何がだい?」

きょとんとした顔で聞き返してくるカエサルに、優斗はおずおずと尋ねる。

「その……テネルさんが呪いをかけたとか……あんなに綺麗で優しそうな人なのに……?」

その言葉にカエサルは僅かに眉尻を下げ、困ったような表情を浮かべると静かに首を横に振った。

「さあね?でも、どちらにせよ私情を仕事に持ち込むのはいけないと思うよ……それに、私は噂話よりも自分の目で見たものを信じる主義なんだ」

「そっすか……」

きっぱりと言い切るカエサルに優斗はそれ以上何も言えなかった。
その時、部屋の扉が開き一人のメイドが現れた――優し気な中年女性だ。
彼女がベルノルトの世話係のエミルであり、一連の事件の目撃者でもあった。
二人はエミルとの挨拶を済ませると早速ベルノルトの部屋へと向かった。
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