硝子のベール

磊蔵(らいぞう)

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第12話 苦手なもの

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その夜、例の怪異現象を確認するため、優斗とカエサルはベルノルトの寝室を訪れていた。
二人は部屋の中――特にベッド周りを入念にチェックするが、これといって気になる物もなかった。

「とりあえずは異常なし……っすかね?」

「ああ、そのようだね」

その言葉にカエサルも同意見なのか頷く。
二人の様子を不思議そうに眺めていたベルノルトは、エミルと並んでソファーに座り足をパタパタと動かしている。

「ねぇ、ふたりとも、なにをしてるの?」

そんなベルノルトの問いに優斗は苦笑を浮かべる。

「んー……秘密の仕事、っすかね」

「え~、なにそれ??」

そのやり取りを見ていたエミルはベルノルトの興味を逸らすように笑顔で言葉をかけた。

「さあ、ベルノルト様、もうお休みの時間ですよ、ベッドに入りましょうか?」

「えぇ~!ぼく、もうちょっとあそびたい!」

駄々をこねるベルノルトに困った表情を浮かべるエミルを見かねた優斗がフォローを入れる。

「あ~、残念だなぁ……俺、ベルノルト様が寝るとき、本を一緒に読むつもりだったんすけど……」

少し大げさに残念がってみせると、ベルノルトは目を輝かせて優斗に詰め寄った。

「えっ!?ほんと!?」

「はい……でも、ベルノルト様がベッドに入ってくれないと、それも出来ませんね~?」

そう言うと、優斗はニコニコとしながらベルノルトの頬をぷにぷにと突いてみせる。

「う~……わかったよぅ……」

しばらく葛藤していたようだったが、結局読み聞かせの魅力には勝てなかったのか、ベルノルトは大人しくベッドに潜り込んだ。
そんなベルノルトの様子に苦笑いを浮かべながらエミルは本棚から絵本を一冊取り出して、優斗に手渡した。

「じゃあ、すみません、ユウトさんよろしくお願いします」

「はい、了解っす――じゃあ、ベルノルト様……覚悟はよろしいっすね?」

「うん!」

布団の中から元気に返事を返すベルノルトはワクワクを抑えられない様子だ。
そんな彼を微笑ましく思いながら優斗はベッドの端に腰かけると、読み聞かせを始めた。
二人の様子に微笑みながら頷いたエミルは、隣に立っているカエサルにそっと声を掛けた。

「(では、よろしくお願いします、私は隣部屋におりますので、何かありましたらお声を掛けてください)」

そう言うと彼女は部屋を去っていった。
それを見送ったカエサルは、ソファーに腰を下ろしてそっと目を閉じる――それはまるでベルノルトと一緒に優斗の読み聞かせを聞いているようにも見えるのだった――。

****
****

「……そして、二人はいつまでも幸せに暮らしたのでした――めでたしめでたし……ってあれ?ベルノルト様?」

読み終えた優斗が顔を上げると、ベルノルトは既に小さな寝息を立てて寝入ってしまっていた。
そんなベルノルトの姿に苦笑いを浮かべながら、優斗はそっと布団を掛け直してやる――そして、小さな声で「(おやすみなさい)」と告げると、ソファーに座っているカエサルの横に移動した。

「お疲れさま」

労いの言葉と共に微笑みかけてくれるカエサルに、優斗は苦笑いを浮かべる。

「いえ……やっぱり読み聞かせって大変っすね……」

ボリボリと頭を掻きながらカエサルの横に腰を下ろすと、カエサルはテーブルの上にあるピッチャーから冷たい果実水を注いだグラスを手渡してくれた。

「あざっす!」

それを受け取り一気に飲み干す。
読み聞かせをして疲れた喉に冷たい飲み物が染み渡っていくのを感じながら、優斗は大きく息を吐いた。

「プッハ~!マジで喉カラカラっすから……身に染みる~」

「ふふ、ユウトは子供の相手も中々様になっているな」

「いやいや、お褒めにあずかり光栄……って言いたいとこだけど、全然ダメっすよ、もうヘロヘロ……子供って可愛いけどすごいパワーっすね……」

カエサルの言葉に苦笑いを浮かべた優斗だったが、ふと、昼間の事を思い出し、カエサルに問い掛けた。

「そういえば、カエサルさんって、子供苦手なんすか?」

そんな優斗の言葉に、カエサルは一瞬動きを止めると苦笑いを浮かべた。

「あぁ……その事か……」

歯切れの悪い返事を返すカエサルに優斗は首を傾げる。

「どうしたんすか?もしかして、何かあったとか?」

心配顔で覗き込む優斗の問いに対し、カエサルは少々バツの悪そうな表情を浮かべながら理由を話し出した。

「いや、何と言うか……その……怖いんだよ……」

「へ?怖い??子供が????」

予想外の言葉に目を丸くする優斗に、カエサルは小さく頷いて見せる。

「ああ……子供は純粋で真っ直ぐで……それ故、ある意味とても残酷だ……」

どこか遠くを見るような目で語るカエサルの横顔を見つめ、優斗は静かに耳を傾けていた。

「――ほら、私はゲイだろう?……こちらがカミングアウトしなくても、なぜか子供には『何かが違う』と感づかれてしまうんだよ……どうやらあの純粋な目にはどこか異質な者として映るらしい――」

そこで一旦言葉を切り、カエサルは小さく溜め息を吐いた。

「子供特有の歯に衣着せぬ物言いで、昔からいろいろ言われて来たからね……いつの間にか苦手になってしまっていたんだよ」

伏し目がちに語るカエサルの表情はどこか寂しげなものだった。
そんなカエサルの姿に、胸が締め付けられるような感覚を覚えた優斗は思わず彼を抱き締めていた。

「――っ!?」

突然の事に驚きの表情を浮かべるカエサルだったが、優斗は構わずに強く抱きしめ続けた。

「じゃあ、そんなカエサルさんに惚れてる俺も同類っすよね――なんならSEXしまくってるし」

その明け透けな優斗の物言いに苦笑いを浮かべながらもカエサルは優斗の腕から逃れようとはしなかった。

「フフ……君は本当にストレートだな、まあそういう所が良くもあるんだが……」

そう言って微笑んだカエサルは優斗の胸に頭を預ける。
そんなカエサルの背中をポンポンと軽く叩きながら、優斗は優しい声で囁いた。

「大丈夫っすよ……誰だって苦手なものくらいありますって……」

「そうだろうか……?」

「はい……それに――」

そこで言葉を区切ると、優斗は腕の中のカエサルの顔を覗き込み、ニカッと笑ってみせた。

「そんな俺に懐いてくれているベルノルト様なら、絶対にカエサルさんを傷つけるような言葉を投げかけたりしないっす!」

その言葉にカエサルは一瞬眼鏡の奥の翡翠を見開くと、すぐに嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「ユウト……君は優しい男だな……」

そう言って微笑むカエサルの表情はとても穏やかで、とても美しく見えた。
そして二人は顔を見合わせ、互いに微笑み合うとどちらからともなく唇を近づけて行くが……。
その時だった――優斗を見つめていたカエサルの視線が不意に動いた。
その視線は優斗の後ろ――ちょうど、ベルノルトのベッド上の天井へ向けられていた。

「……ユウト、仕事だよ」

一点を凝視したまま、呟くような小さな声でそう言ったカエサルの視線を追うように振り向き、天井に目を向けた優斗の表情が一瞬で険しくなる。
そこには天井からニョキッと一本の白い腕が伸びていたのだ。

(――!?これが依頼書にあった『天井から生えた腕』か!?)

「ちぇっ、もうお出ましかよ……今、いい雰囲気だったのになぁ」

せっかくのカエサルとの甘い時間をぶち壊された事に舌打ちしながら優斗が呟くと、カエサルはクスリと笑みをこぼした。

「フフ、残念だったな?続きは帰ってきてからにしよう」

「うっし!絶対っすよ?約束ですからね?」

嬉しそうにはしゃぐ優斗に対し、カエサルは口元に人差し指を当てると、悪戯っぽい笑みを浮かべてみせた。

「しーっ……静かにしないとベルノルト様が起きてしまわれるよ」

「――っと、そうっすね……」

慌てて口を塞ぐと、優斗は再び天井を見上げた。
その視線の先には天井から生えた腕の肘から先がプラプラと揺れていた。
依頼書には『日に日に伸びてきている』とされていたが――本当にそのようで、今では二の腕あたりまでが露わになっている。

「カエサルさん、どうします?」

優斗の言葉に、同じく天井を見上げていたカエサルは真剣な表情で頷いた。

「そうだな……おそらくこれは私の専門分野だろう。ユウトはベルノルト様を連れて別室へ――ここは私にまかせて欲しい」

その言葉に優斗は少し顔をしかめる。
この不可解で不気味な現象をカエサル一人に対応させる事が心配だったのだ。
だが、実際、自分がこの場にいたとしても彼の助けになるどころか足手まといにさえなるのは目に見えている、そう思い直し、優斗は納得したように頷いた。

「了解っす……でも、くれぐれも無理しないでくださいね?俺はベルノルト様と一緒に隣のエミルさんの部屋へ行ってるっす、何かあったら直ぐに呼んでくださいよ」

「ああ、分かった」

カエサルの返事に頷いた優斗はベッドに歩み寄ると眠るベルノルトを抱え上げ、そのまま部屋を出ようとしたのだが――その時、不意にカエサルが優斗を呼び止めた。

「あ、ユウト」

その声に優斗が振り返ると、そこには少し照れ臭そうな表情を浮かべるカエサルの姿があった。

「その……さっきはありがとう……」

頬を朱色に染めながらそう呟くと、彼は照れ臭さを隠すかのように直ぐにそっぽを向いてしまった。

(うっ……可愛いかよ!!)

その姿に優斗の胸は思わずキュンと疼いてしまう。
状況が状況でなかったらすぐにでも押し倒してしまいたくなるほど、今の彼の姿は愛おしく思えた。
理性が崩壊しそうになるのをグッと堪えながら、優斗は優しく微笑みかけた。

「いえいえ、どういたしまして」

そう言うと、『腕』の対応をカエサルに任せて優斗はベルノルトを起こさないように抱き抱えながら、部屋を後にした。
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