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第13話 テネルとベルノルト
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廊下に出た優斗は眠るベルノルトを抱きながら、隣のエミルの部屋のドアをノックした。
少し間をおいてから開いたドアの隙間から顔を覗かせたエミルは浮かない表情を見せる。
「はい……ユウトさん、やはり今夜も出ましたか……」
エミルの言葉に優斗は真剣な表情で頷く。
「はい……今、カエサルさんが対応してくれているんで大丈夫だと思うんすけど……取り敢えずベルノルト様をこちらに」
そう告げて、優斗は抱えているベルノルトをエミルへと託した。
「かしこまりました、それでは……少しよろしいでしょうか?」
エミルはベルノルトを抱きかかえると、優斗を部屋に招き入れた。
「……それで、あの腕の正体は分かりましたか?」
ソファーへと腰を下ろす優斗へ、エミルはベルノルトを自分のベッドへ寝かせながら不安そうに尋ねる。
「いや……それはまだ……すんません」
頭を下げる優斗にエミルは『仕方ない』といった表情で首を振った。
「いえ、謝る必要はございません……」
「今は、カエサルさんを信じて待つしかないっすね」
そう言った後、優斗はベッドに横たわるベルノルトへ一度目を向けてからお茶の支度をしているエミルへと視線を戻した。
「それにしても、なんでこんなことが急に起こるようになったんすかね……?」
「……そうですね――」
湯気の上がったカップを優斗の前のテーブルへ置いたエミルは、少し困ったような表情を浮かべながら向かいのソファーに腰をかけた。
「それは……おそらく……」
言葉を濁す彼女の様子に優斗の表情が険しくなる。
(まさか本当に、あのテネルさんが呪いを……?)
「……あの噂っすか?」
そんな優斗の口調の変化に驚きながら、それでも彼女は首を縦に振った。
「……はい……はじまりはテネル様のご懐妊がきっかけです……使用人たちの間では『実のお子がお産まれになったら、テネル様はベルノルト様を疎んじるようになるのでは?』と噂とも憶測ともつかない話が流れはじめまして……」
「はい……」
優斗はエミルの話に静かに耳を傾けていた。
「それで、実際お子が産まれてみれば、今度はこんな不可解な現象が起きる様になってしまって……その頃には使用人たちの憶測は確証に近いかたちになってしまったようで、『やはりテネル様はベルノルト様が邪魔になり、呪いを――』と噂は大きくなっていってしまいました……ですが――」
そこまで話した所でエミルは一度言葉を区切ると、何かを決心したかのような表情を浮かべて優斗に向き直り口を開いた。
「ですが、私にはどうしてもテネル様が犯人だとは思えないのです」
「――それは、俺も同意見です」
「……ユウトさんならそう言ってくれると思っ……ってえっ!?ユ、ユウトさんもそう思うんですか!?」
うっかり素に戻ってしまった事に気づいたエミルは赤面しながら俯いた。
そんな彼女の意外な一面を微笑ましく眺めながら、優斗は大きく頷いた。
今朝、屋敷の玄関先でほんの2~3言、言葉を交わしただけだったが、優斗にはどうしてもテネルがそんな陰湿な事をする人物とは思えなかったのだ。
「はい……正直言うと俺もあのテネル様がそんな事をするとは思えないんすよね」
その答えに一瞬嬉しそうな表情を見せたエミルだったが、すぐに困ったような表情を浮かべた。
「ですが、屋敷の皆はテネル様が犯人だと疑ってやまないのです……この奇妙な現象が、ちょうどテネル様にお子様がお生まれになった時期と重なった事もありますが――」
そこ迄言ってエミルはベッドで眠っているベルノルトへ視線を移す。
「……それに……偶然かもしれませんが、その頃からベルノルト様のご様子が少しおかしくなったように思います」
「え?おかしくって、どういう……?――そういえば、そもそもベルノルト様とテネル様の関係ってどんな感じなんすか?」
優斗の問いに少し躊躇した様子を見せたエミルだったが、意を決したように頷くと口を開いた。
「……そうですね……まずは、それをお話するべきですね――」
そう言うとエミルは静かにこれまでの経緯を語り出した。
****
****
「――今から二年ほど前です、前の奥様――ベルノルト様の実のお母様がお亡くなりになられました。ベルノルト様は大層悲しまれて……それはもう、手がつけられないくらい毎日泣いてばかりいました……。」
(そりゃそうだよ……2年前って言ったらあの子は3歳ぐらいだ……お母さんが恋しくて当然だよな……)
当時のベルノルトに同情しつつ優斗は黙ってエミルの話に耳を傾けた。
「ですが、その後テネル様が嫁いでいらっしゃって――テネル様が精一杯の愛情を注いで向き合って下さったおかげで、ベルノルト様は本来の明るい子に戻ってくれたんです」
それを聞いて優斗は今日のベルノルトの様子を思い出していた。
(確かに、めちゃくちゃ明るかったもんなぁ)
優斗が見た限りではベルノルトは活発でよく笑い、感情表現の豊かな少年だった。
「ですが――」
(――?)
エミルの少し言い淀む様子に疑問を抱いた優斗だったが、何か重要な情報でも打ち明けるつもりなのだろうと思い直し、じっと彼女の言葉の続きを待った。
「実は……テネル様にお子が産まれてから、なんと言いますか……ベルノルト様は必要以上に明るく振舞われているような……そんな気がするんです」
「つまり、無理して明るく振舞ってるって事っすか?」
「ええ……そればかりか、お稽古事もお勉強も以前にも増して頑張っておられるように思いますし……少し心配ではありますね……」
そこまで言うとエミルは口を噤んだ。
(なるほど……)
「――そうっすか……」
エミルの話を聞き、腕を組みながら暫く優斗は考え込む。
(テネルさんに子供が産まれた頃か……)
優斗はテネルのベッドで眠るベルノルトに目を向けた後、エミルに視線を戻して口を開いた。
「これは、俺の勝手な憶測っすけど――ベルノルト様はテネル様に血の繋がった実のお子さんが出来た事によって、再び母親を失ってしまうかもしれない、と不安になってしまったかもしれないっすね……」
「え?」
その言葉に、エミルは少し動揺した様子を見せた。
「だから、そんな自分を誤魔化すため必要以上に明るく振舞い――そして、習い事も勉強もしっかりこなす”いい子”でいればテネル様が離れてく事は無いって考えたのかもしれないっすね……」
「それは……」
優斗の言葉に、エミルは困ったように首を傾げる。
「ま、所詮は俺の勘っすから真に受けなくていいっすよ」
そう言って笑みを浮かべる優斗を見て、エミルもつられるように薄く微笑んだ。
「……そうですね……そうかもしれませんね……」
彼女は独り言のように呟くと、すっかり冷めてしまった手元のお茶を一口啜り、再びベルノルトに目を向けたまま何かを考え込んでいる様だった。
そんな彼女につられる様に優斗もベッドに視線を移す。
(――まだ5歳だっていうのに……本当なら思いっきり母親に甘えたい年齢のはずなのにな……)
そんな事を思いながら優斗はあどけない顔で眠っているベルノルトを見つめた。
それから暫くは他愛のない会話が続いていたが、話しながら優斗は一人残してきたカエサルの事が気に掛かり、いつの間にか上の空になってしまっていた。
「あの……ユウトさん、大丈夫ですか?」
そんな優斗の些細な変化にも気が付いたのか、心配そうな表情でエミルが声を掛けてきた。
「……ん?あ、ああ……ちょっと俺、カエサルさんの様子、見て来てもいいっすか?――さすがにちょっと遅いんで」
「そうですね……お願いできますか?」
「もちろんっす、じゃ、ちょっと行ってきますね!」
優斗は椅子から立ち上がると足早にエミルの部屋を後にし、そのまま真っすぐに隣の部屋――あの『奇妙な腕』と対峙しているであろうカエサルの元へ向かった――。
少し間をおいてから開いたドアの隙間から顔を覗かせたエミルは浮かない表情を見せる。
「はい……ユウトさん、やはり今夜も出ましたか……」
エミルの言葉に優斗は真剣な表情で頷く。
「はい……今、カエサルさんが対応してくれているんで大丈夫だと思うんすけど……取り敢えずベルノルト様をこちらに」
そう告げて、優斗は抱えているベルノルトをエミルへと託した。
「かしこまりました、それでは……少しよろしいでしょうか?」
エミルはベルノルトを抱きかかえると、優斗を部屋に招き入れた。
「……それで、あの腕の正体は分かりましたか?」
ソファーへと腰を下ろす優斗へ、エミルはベルノルトを自分のベッドへ寝かせながら不安そうに尋ねる。
「いや……それはまだ……すんません」
頭を下げる優斗にエミルは『仕方ない』といった表情で首を振った。
「いえ、謝る必要はございません……」
「今は、カエサルさんを信じて待つしかないっすね」
そう言った後、優斗はベッドに横たわるベルノルトへ一度目を向けてからお茶の支度をしているエミルへと視線を戻した。
「それにしても、なんでこんなことが急に起こるようになったんすかね……?」
「……そうですね――」
湯気の上がったカップを優斗の前のテーブルへ置いたエミルは、少し困ったような表情を浮かべながら向かいのソファーに腰をかけた。
「それは……おそらく……」
言葉を濁す彼女の様子に優斗の表情が険しくなる。
(まさか本当に、あのテネルさんが呪いを……?)
「……あの噂っすか?」
そんな優斗の口調の変化に驚きながら、それでも彼女は首を縦に振った。
「……はい……はじまりはテネル様のご懐妊がきっかけです……使用人たちの間では『実のお子がお産まれになったら、テネル様はベルノルト様を疎んじるようになるのでは?』と噂とも憶測ともつかない話が流れはじめまして……」
「はい……」
優斗はエミルの話に静かに耳を傾けていた。
「それで、実際お子が産まれてみれば、今度はこんな不可解な現象が起きる様になってしまって……その頃には使用人たちの憶測は確証に近いかたちになってしまったようで、『やはりテネル様はベルノルト様が邪魔になり、呪いを――』と噂は大きくなっていってしまいました……ですが――」
そこまで話した所でエミルは一度言葉を区切ると、何かを決心したかのような表情を浮かべて優斗に向き直り口を開いた。
「ですが、私にはどうしてもテネル様が犯人だとは思えないのです」
「――それは、俺も同意見です」
「……ユウトさんならそう言ってくれると思っ……ってえっ!?ユ、ユウトさんもそう思うんですか!?」
うっかり素に戻ってしまった事に気づいたエミルは赤面しながら俯いた。
そんな彼女の意外な一面を微笑ましく眺めながら、優斗は大きく頷いた。
今朝、屋敷の玄関先でほんの2~3言、言葉を交わしただけだったが、優斗にはどうしてもテネルがそんな陰湿な事をする人物とは思えなかったのだ。
「はい……正直言うと俺もあのテネル様がそんな事をするとは思えないんすよね」
その答えに一瞬嬉しそうな表情を見せたエミルだったが、すぐに困ったような表情を浮かべた。
「ですが、屋敷の皆はテネル様が犯人だと疑ってやまないのです……この奇妙な現象が、ちょうどテネル様にお子様がお生まれになった時期と重なった事もありますが――」
そこ迄言ってエミルはベッドで眠っているベルノルトへ視線を移す。
「……それに……偶然かもしれませんが、その頃からベルノルト様のご様子が少しおかしくなったように思います」
「え?おかしくって、どういう……?――そういえば、そもそもベルノルト様とテネル様の関係ってどんな感じなんすか?」
優斗の問いに少し躊躇した様子を見せたエミルだったが、意を決したように頷くと口を開いた。
「……そうですね……まずは、それをお話するべきですね――」
そう言うとエミルは静かにこれまでの経緯を語り出した。
****
****
「――今から二年ほど前です、前の奥様――ベルノルト様の実のお母様がお亡くなりになられました。ベルノルト様は大層悲しまれて……それはもう、手がつけられないくらい毎日泣いてばかりいました……。」
(そりゃそうだよ……2年前って言ったらあの子は3歳ぐらいだ……お母さんが恋しくて当然だよな……)
当時のベルノルトに同情しつつ優斗は黙ってエミルの話に耳を傾けた。
「ですが、その後テネル様が嫁いでいらっしゃって――テネル様が精一杯の愛情を注いで向き合って下さったおかげで、ベルノルト様は本来の明るい子に戻ってくれたんです」
それを聞いて優斗は今日のベルノルトの様子を思い出していた。
(確かに、めちゃくちゃ明るかったもんなぁ)
優斗が見た限りではベルノルトは活発でよく笑い、感情表現の豊かな少年だった。
「ですが――」
(――?)
エミルの少し言い淀む様子に疑問を抱いた優斗だったが、何か重要な情報でも打ち明けるつもりなのだろうと思い直し、じっと彼女の言葉の続きを待った。
「実は……テネル様にお子が産まれてから、なんと言いますか……ベルノルト様は必要以上に明るく振舞われているような……そんな気がするんです」
「つまり、無理して明るく振舞ってるって事っすか?」
「ええ……そればかりか、お稽古事もお勉強も以前にも増して頑張っておられるように思いますし……少し心配ではありますね……」
そこまで言うとエミルは口を噤んだ。
(なるほど……)
「――そうっすか……」
エミルの話を聞き、腕を組みながら暫く優斗は考え込む。
(テネルさんに子供が産まれた頃か……)
優斗はテネルのベッドで眠るベルノルトに目を向けた後、エミルに視線を戻して口を開いた。
「これは、俺の勝手な憶測っすけど――ベルノルト様はテネル様に血の繋がった実のお子さんが出来た事によって、再び母親を失ってしまうかもしれない、と不安になってしまったかもしれないっすね……」
「え?」
その言葉に、エミルは少し動揺した様子を見せた。
「だから、そんな自分を誤魔化すため必要以上に明るく振舞い――そして、習い事も勉強もしっかりこなす”いい子”でいればテネル様が離れてく事は無いって考えたのかもしれないっすね……」
「それは……」
優斗の言葉に、エミルは困ったように首を傾げる。
「ま、所詮は俺の勘っすから真に受けなくていいっすよ」
そう言って笑みを浮かべる優斗を見て、エミルもつられるように薄く微笑んだ。
「……そうですね……そうかもしれませんね……」
彼女は独り言のように呟くと、すっかり冷めてしまった手元のお茶を一口啜り、再びベルノルトに目を向けたまま何かを考え込んでいる様だった。
そんな彼女につられる様に優斗もベッドに視線を移す。
(――まだ5歳だっていうのに……本当なら思いっきり母親に甘えたい年齢のはずなのにな……)
そんな事を思いながら優斗はあどけない顔で眠っているベルノルトを見つめた。
それから暫くは他愛のない会話が続いていたが、話しながら優斗は一人残してきたカエサルの事が気に掛かり、いつの間にか上の空になってしまっていた。
「あの……ユウトさん、大丈夫ですか?」
そんな優斗の些細な変化にも気が付いたのか、心配そうな表情でエミルが声を掛けてきた。
「……ん?あ、ああ……ちょっと俺、カエサルさんの様子、見て来てもいいっすか?――さすがにちょっと遅いんで」
「そうですね……お願いできますか?」
「もちろんっす、じゃ、ちょっと行ってきますね!」
優斗は椅子から立ち上がると足早にエミルの部屋を後にし、そのまま真っすぐに隣の部屋――あの『奇妙な腕』と対峙しているであろうカエサルの元へ向かった――。
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