硝子のベール

磊蔵(らいぞう)

文字の大きさ
15 / 31

第15話 天使の贈り物

しおりを挟む
そして翌日、テネルが帰宅すると早速皆はベルノルトの部屋へ集合した。
部屋にはベルノルトをはじめ、優斗、カエサル、エミル、そしてテネルの五人が集結していた。

「あ、あの……これはいったい……」

突然呼び戻され、訳の分からないといった様子のテネルの隣で、ベルノルトもこの状況が把握出来ずキョトンとした表情で周りの大人たちを見上げていた。

「すんません、テネル様……でも、どうしてもあなたに知ってもらう必要があると思って――」

「私から説明させていただきます――」

頭を下げる優斗をフォローするようにカエサルは昨夜、三人で話した内容をテネルに説明してくれた。
話を聞き終えたテネルは驚きの表情を見せる事もなく、黙って下を向いていたが、暫くしてフッとその表情を緩めた。

「そういう事でしたか……何となくそんな気はしていましたが」

そんな思いがけない反応に今度は優斗の方が驚いた様子を見せる番だった。

「……え?知ってたんすか?」

「ええ、まあ……ただもう一方で、私の施した護符の効力が弱まってしまっただけなのかとも、考えたりしてましたが……」

そう答えたテネルは少し寂しそうな眼をしているように見えた。
そして彼女は、それまで黙って大人たちの会話を戸惑ったような表情で話を聞いていたベルノルトに向き直ると、彼の前に膝を付き、その小さな体をそっと抱き締めたのだ。

「お、おかあさま……?」

突然抱き締められ、何事かと目を丸くしているベルノルトにテネルは優しい口調で語りかけた。

「ごめんなさい……もっと早く気付いてあげられなくて……」

そう言って更に強く抱き締めた後、ゆっくりと離れたテネルの目には涙が浮かんでいた。

「……お、おかあ……さま……?」

何が何だか分からず戸惑うベルノルトにテネルは優しげな微笑みを浮かべたままその頭を撫でた。

「大好きよ、ベルノルト……あなたもあの子もどちらも私の大切は息子なの……だから、また一人にさせてしまってごめんなさい……」

そのテネルの言葉を受けたベルノルトは驚いたように目をまん丸くさせていたが、次第にその口元は弧を描き、目は細められてゆき……。

「……えへへ……おかあさまっ!」

そう言うとベルノルトはテネルに飛びつくように抱きついた。

「あらあら、危ないわよ?」

そう言いながらテネルはベルノルトを優しく抱きとめ、その頭を何度も撫でる。
そんな二人の様子を見つめていたカエサルと優斗はどちらからともなく顔を見合わせ微笑み合う。

(どうやら丸く収まりそうだね)

(みたいっすね)

無言のアイコンタクトで頷き合う2人の様子に気が付いたのか、テネルと抱き合っていたベルノルトはふと顔を上げ、彼女の腕から抜け出すと優斗とカエサルの前へとやって来て言った。

「ユウトさん……カエサルさん……」

少し照れ臭そうな表情を浮かべているベルノルトに、優斗は穏やかな表情で向き合った。

「ん?どうしたんすか?」

膝を付き、ベルノルトの視線に合わせた優斗が優しい声色でそう尋ねると、彼は戸惑い気味に聞いてきた。

「なんでぼくがさみしかったこと、わかったの?ふたりはエスパーなの?」

「ふふ……俺たちは違うっすよ――気が付いたのはエミルさんっす」

「え?エミル?」

優斗の言葉にベルノルトが驚いたような顔で、部屋の隅で成り行きを見守っていたエミルへと視線を向けた。

「え、あ、あの……」

いきなり自分が話題に上ったことで動揺したのか、エミルはしどろもどろになり狼狽えている。
そんなエミルにクスリと笑みを零した後、優斗は改めてベルノルトに向き直った。

「ベルノルト様、あなたは自分で思っているよりもずっとたくさんの人に愛されているんすよ――」

そう言って優斗はベルノルトの胸に――護りの紋章が刻印されている辺りにトンッと人差し指を当てながら言った。

「愛されているって事を忘れないで……」

その言葉に一瞬きょとんとした表情を浮かべるベルノルトだったが、徐々に表情が崩れていき――やがて大粒の涙と共に彼の口から嗚咽が漏れ出した。

「う……うぅ……」

今迄ずっと気を張って来ていたのだろう――優斗は泣いているベルノルトの体をギュッと抱きしめて、その頭を優しく撫でてあげた。

「今までよく頑張ったっすね……もう我慢しなくていいんすよ」

すると、優斗の腕の中の小さな嗚咽は、次第に大きな泣き声へと変わっていった。

「うあっ!あああああっ!」

そんな彼の背中をポンポンと叩きながらあやし続けているとやがて彼は泣き疲れたのか、静かに寝息をたて始めるのだった――。

****
****

「――では、後日、ギルドより改めて報告書が届けられますので……」

優斗とカエサルは再び初日に通された応接室に案内されていた。
向かいのカークスに一通りの報告を終えてから二人は席を立った。
そして、部屋を出るためにドアを開けた時、カエサルが思い出したようにカークスへと振り返った。

「ああ、そうだ――使用人たちの噂話もほどほどにされるように」

それだけ言うとカエサルはさっさと部屋を出て行ってしまった。

(お、カエサルさん、けっこう怒ってるなこれ――)

などと思いながらカエサルの後を追うように続く優斗がカークスに振り向くと、彼はバツの悪そうな顔をして俯いてしまっていた――どうやらカエサルに忠告されてしまった事を恥じているようだった。
そんなカークスに苦笑いを浮かべながら優斗はペコリと頭を下げると部屋を後にした。

仕事も終え、少し離れがたい気持ちを感じながらも優斗がカエサルと共にギルドへ戻るべく玄関ホールへ向かうと、そこには見送りしてくれる使用人たちと一緒にエミルとテネル、そして彼女としっかり手を繋ぎながら立つベルノルトの姿が既にあった。

「あ、ユウト!カエサルさん!」

二人の姿に気が付いたベルノルトはテネルと繋いでいた手を離し、満面の笑みを湛えながらこちらに駆け寄って来た。

「お、ベルノルト様、元気になったっすか?」

優斗が笑顔でそう言うと、そのセリフを待っていたかのように彼は幸せそうな笑顔を見せながら大きくうなずいた。

「うんっ!」

ベルノルトは元気よく頷くと、優斗とカエサルに向かってひらひらと手招きをしてきた。

「ふたりとも、ちょっとすわってくれる?」

(――?)

優斗とカエサルはベルノルトの意図が分からず、顔を見合せる。

「はやくっ!」

「――え?あ、はいはい」

言われるがまま慌てて優斗がベルノルトの前にしゃがみ込むと、続けてカエサルも戸惑いつつも片膝を付いてしゃがみ込んだ。
小さなベルノルトと視線の高さが同じとなった二人の目の前には、晴れやかな笑みを湛える彼の姿があった。

「あ、あの……どうかしたんすか?」

戸惑う優斗に、ベルノルトは微笑んだまま徐に手を伸ばして二人の首に抱き付いてきたかと思うと、優斗とカエサルの頬にそれぞれチュッ、チュッ、と軽くキスをしたのだった。

「ありがとっ!おにいちゃんたち、だいすきだよ!またいっしょにあそぼうねっ!」

屈託のない笑顔で言うベルノルトに、二人は暫く言葉を失い固まっていたが――いち早くハッと我に返ったのは優斗だった。

「あっ……はい!もちろんっす!また遊びましょう!」

戸惑いながらもニッコリと笑って答える優斗の言葉にベルノルトは嬉しそうにうなずくと、元気よく「ばいばい!」と言いながら、くるりと踵を返して再びテネルの元へと駆けていった。
そんなベルトルトの姿に、優斗は気恥ずかしさと共に胸の中に嬉しさが湧き出てくるのを感じた。

「へへ――」

鼻の下を指で擦り、照れ笑いを浮かべつつ立ち上がった優斗は、隣でいまだ固まったまま呆然としゃがみ込んでいるカエサルに声を掛けた。

「カエサルさん?」

「……えっ?あ、ああ……」

声を掛けられた事でやっと我に返った様子で立ち上がるカエサルだったが、その顔には何とも言えない微妙な表情が浮かんでいた。

「で、では行こうか――それでは、失礼します」

そう取り繕うように言い、見送る屋敷の皆に会釈をするとカエサルはくるりと踵を返し、そのままスタスタと行ってしまった。
そんな彼の耳が赤く染まっている事に気付いた優斗は、思わずフッと笑みを零した。
そして優斗は最後にもう一度、見送るベルノルト達に向き直り「それじゃ!」と頭を下げると、まるで照れ臭さを蹴散らすかのように大股で歩いて行くカエサルの後を慌てて追いかけて声をかける。

「カエサルさ~ん、なに照れてるんすか~?」

「い、いや、誰が照れてなど――」

揶揄からかうように言う優斗にカエサルは否定の言葉を返すが――どうやら小さな天使からのキスは効果絶大だったようで、普段冷静な彼からは想像も出来ないほど動揺している様子が見て取れた。

「正直に言ったらいいじゃないっすか~、可愛かったって」

「う、うるさいな」

そんな事を言いながら屋敷を後にする二人の背中に元気に手を振りながら見送るベルノルトと共に、エミルやテネルは深々とお辞儀をしてその姿が見えなくなるまで見送ったのだった――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...