硝子のベール

磊蔵(らいぞう)

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第20話 唯一無二

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すっかり日も落ち暗くなった街はずれの一画を、小さな灯りが進んでいた。
優斗を先導して歩くエンヴィが手にしているランタンの炎がチラチラと揺れている。
没収した優斗の剣を片腕に抱えながら歩く”カエサル”姿のエンヴィの後ろを、両手を縛られた状態の優斗が警戒した面持ちで歩いていた。

(……カエサルさん、無事かな?)

こんな状況下でも考えるのは彼の事ばかりだ。

(いや……あの人がそう簡単に誰かの手に堕ちる訳がないよな)

そう自分に言い聞かせる優斗だったが、それでもやはり不安は拭えなかった。
そんな時だ――「着いたよ」と言いながら足を止めたエンヴィの声に顔を上げた優斗の目の前には、古びた石造りの教会が建っていた。
どうやらここがその魔導士とやらの拠点のようだ。
今は廃屋となっているようで、建物の周囲には雑草が生い茂り、外壁も所々崩れかけている。

「ここか……」

「うん、入って」

廃教会を見上げ呟く優斗の言葉に頷きながらエンヴィは重そうな両開きのドアを押し開けると、ギィィィという鈍い音と共にドアは開いた。

「おじゃましま~す……」

取り敢えず断りを入れてから廃教会に足を踏み入れた優斗だったが、室内のツンと鼻をつくカビ臭さに顔を顰める。

(うげぇ……臭っせぇ)

そんな臭いなど気にする様子もないエンヴィはスタスタと教会の中へと進んで行き、優斗もそれに続きながらキョロキョロと辺りを見回す。

壁に並ぶように設置された燭台は全てに灯りが点っているため、中は思いのほか明るかった。
かつては多くの信者で賑わっていたであろうそこは、天井高の広い空間で(バロック建築というのだろうか)豪華な装飾の室内に規則的に並べられた長椅子の列が目に入る。
しかし、今ではそのどれもがボロボロに朽ちており、崩れ落ちた壁や天井の瓦礫が所々に散乱している状態だった。

そんな中、長椅子と長椅子の間――中央に伸びる通路を進んだ突き当りの一段高くなった祭壇に黒いローブを纏った男が一人立っていた。
そのローブの胸元には自分の尾を咥えた蛇――ウロボロスのようなマークが刺繍されているのが見て取れた。
祭壇の数メートル手前で足を止めたエンヴィが、後ろに付いていた優斗をグイと前に押し出す。

「マスター、連れてきました」

おそらくこれが例の魔導士なのだろう――エンヴィに『マスター』と呼ばれた男はフードを目深に被った顔をゆっくりと優斗の方へ向けると、安堵したように深く息を吐いた。

「……よくやった、エンヴィよ」

「はい、ありがとうございます。マスター」

平伏するエンヴィに満足そうな笑みを浮かべる魔導士に対して優斗がイラつきを覚えつつ口を開く。

「俺になんの用があるか知らんけど、望み通り来てやったぞ――カエサルさんはどこだよ?」

その言葉に魔導士は「ああ――」と思い出したような返事をすると、徐に祭壇の上に置かれたひと際豪華な燭台に手を掛け、それをグイと反転させた。
次の瞬間、ガコン――という音が頭上から聞こえ、優斗は驚いて天井を仰ぎ見た。
どうやら天井の一画が開いた音だったようで、四角く空いた穴が見える。
そして、そこからギャリギャリというチェーンの音と共に大きな鳥籠状の檻がゆっくりと降りて来ると、優斗の少し上でピタリと止まったのだった。

その鳥籠は優斗の身長より頭一つ分程大きく、中は人が一人入れる程のスペースがあり、その中央に本物のカエサルが両手を拘束されたまま項垂れるように座っていた。

「カエサルさん!」

その声にハッと顔を上げたカエサルが優斗の姿を見て顔を輝かせる。

「ユウト!?」

お互いの姿を確認出来た二人は暫し見つめ合い、そして優斗は安堵の溜息を洩らした。

(良かった……)

「ユウト、来てしまったのか――」

「ああ……いいっすよ、そんな」

言いかけたカエサルの言葉を遮って手を振りながら優斗は苦笑いを浮かべる。

「それより、随分高い場所からのお出ましっすね」

そんな軽口を言う優斗にカエサルもいつもの調子を取り戻したのか、フッと小さく笑みを零した。

「ああ、まったくね……こんな姿は私の本意ではないんだが、どうやらあの魔導士様とやらのご趣味のようだね」

そう言ってカエサルは肩を竦めてみせた。
そんなカエサルを労わる様に優斗は改めて声を掛けた。

「怪我とかないっすか?どこも変じゃない?」

まるで子供を相手にするような口ぶりの優斗に、カエサルは一瞬キョトンとした表情を浮かべた後、どこか嬉しそうな笑みを見せながら言葉を返した。

「ああ、大丈夫だよ……心配してくれてありがとう――」

そう言うと続けて今度は眉尻を下げ、困ったような苦笑いにその笑みを変える。

「それにしても、なんで来てしまったんだ、ユウト……まったく、君の脳筋には困ったものだよ」

溜め息混じりに言われた言葉に優斗も少しカチンと来てしまう。

「――なっ!?せっかく人が心配して――」

「いや、その事については本当に感謝しているよ。ありがとう」

そう素直に言われてしまえばこれ以上何も言えず、「うぐ……」と言葉を詰まらせる優斗にカエサルは苦笑いを浮かべたまま続ける。

「まさかとは思うけど――君、そこの偽物を本物の私だと信じてついて来たんじゃないだろうね?」

「んなわけないっすよ!こんなヘタな変身すぐに見抜けるし!」

優斗がそう反論すると、それまで黙って見ていたエンヴィが思わずといったように声を上げ、割り込んできた。

「ちょっと!ボクの変身のどこがヘタクソだって言うんだよ!?どっから見ても完璧だろ!?」

噛みついてきたエンヴィに優斗はキレ気味に返す。

「はぁ!?どこがだよ!?――つか、お前はいつまでカエサルさんの恰好してんだよ!?早く変身解けよ!」

「イヤですぅ~、ボクこの姿気に入っちゃたんだもん♪」

「お前なぁ――」

心底楽しいといった雰囲気のエンヴィに更にイラついた優斗が言い返そうとした時だった、「ゴホン」と咳払いが聞こえた。

「ユウト――君、随分とその魔物と仲が良さそうだね?」

その声に振り向けば、檻の中からニッコリと微笑むカエサルの姿が――だが、明らかにその目は笑っていない。

「え……いや、別に仲は良くないっすけど……」

その笑顔に思わず気圧されつつ優斗がそう答えれば、カエサルは笑みを絶やさないまま続けた。

「そうなのか?では、早くその変身を解かせてくれないかな――不愉快だ」

「ええ~そんなぁ……もうちょっとこうしてたいのにぃ~」

「だ・か・ら!お前なぁっ!!」

カエサルの言葉に不平の声を上げるエンヴィに対して再び声を荒げる優斗――。
そんな風にぎゃいぎゃいと揉める三人を壇上から見つめる魔導士はすっかり蚊帳の外だった。

「あの……おい……」

「うるさい!今、取り込み中だ!」

「ぐ……」

一括する優斗の勢いに気圧され、思わず言葉を飲み込んでしまう魔導士。
そんな魔導士を無視し、エンヴィに向き直ると、優斗は更に詰め寄る。

「ほら!早く変身解けよ!」

(カエサルさん、怒るとコワイんだぞ!)

そう心の中で付け足す優斗にエンヴィはニッと笑い「――なら」と口を開く。

「ボクの変身は完璧だって認めたら、解いてあげるよ?」

「はぁ!?なんだよそれ!?――ムリムリ、お前とカエサルさんじゃ『雲泥の差』『月とスッポン』だ!」

「――なっ!?」

ムッとして言い返そうとするエンヴィの言葉を遮るように優斗は言葉を被せた。

「確かに見た目はそっくりだけどな、表面だけなんだよ!中身がまるっきり違うんだ!いいか?よく見てみろよ――」

そう言って優斗はカエサルに視線を移すと、そこにいる愛しい男を見つめる。

「あんなに綺麗でそそられる人なんて他にいるかよ――他の奴は騙せても俺を騙すなんて無理だっての」

自信満々に言い切る優斗の言葉に、檻の中からこちらを見つめる翡翠色の瞳が大きく見開いた。

「ユウト……」

そんなカエサルの表情を見つめ、優斗はふと切な気に顔を歪めて続けた。

「……俺にはあの人が……カエサルさんが唯一無二の『運命の人』なんすよ――だから、俺が見間違えるワケなんてないんす」

その言葉はエンヴィに向かって言ったものではあったが、それは同時にカエサルへの告白でもあった。
真っ直ぐ見つめる優斗の視線の先で、見開かれたカエサルの瞳が揺れる。
そんな優斗の後ろでエンヴィの息を呑む気配がしたかと思うと、続けて彼の呟きが聞こえてきた。

「え……なっ……君ってホモ、だったの?」

「あ?そういう分類分けをするんなら、そうかもしれないな」

優斗はエンヴィを振り返る事もなくそう素っ気なく答えると、表情をキッと引き締め、檀上で呆然とこちらを見下ろしている魔導士に向かって口を開いた。

「そういうワケなんで、この人は返してもらうぜ――っ!!」

そう言うやいなや優斗は足元に転がっていた瓦礫を足先を使い器用に上に浮かせると、サッカーのシュートの要領で魔導士に向かって思い切り蹴り飛ばした。
転移前の世界ではサッカー部のキャプテンを務めていた優斗だ――異世界転移の効果でバフのかかったその威力とスピードは並大抵のものではなかった。

「ぐはっ――!!」

ゴッ!――という鈍い音と共に魔導士の声が聞こえるが、その瓦礫が魔導士の顔面に直撃するのを確認するまでもなく、優斗は蹴り上げた足をそのまま回転させるように回し蹴る――次の瞬間には後ろに立っていたエンヴィの側頭部に蹴りが炸裂していた。

「がはっ!?」

勢いよく吹っ飛んだエンヴィの身体は教会の壁へと叩き付けられ、ガラガラと崩れる壁に埋もれるようにうずくまるとそのまま動かなくなってしまった。
その姿は既に”カエサル”ではなく、本来のトレーサーの姿に戻っていた。

「ふぅ……」

優斗は蹴り上げた足を下ろすと一息ついた。
それは時間にして一秒にも満たぬわずかな間だったが、優斗にとって十分な時間だった――。
そして、もう一度祭壇に目を向けると、そこにはいつの間にか檻から抜け出したカエサルが、額から血を流した魔導士の喉笛に刃を突き付けた姿で、優斗にニッコリと微笑みかけていた。

「お見事」

「へへっ……あざっす!」

(やった!褒められたぜ!)

優斗は両手を拘束されたままの状態の手で鼻の下を擦りながら、褒められた嬉しさを隠す事なくニッカリと満面の笑みを浮かべた。
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