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第19話 まがいもの
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「遅いなぁ、カエサルさん」
通り沿いの塀に寄りかかるようにして立ち、カエサルを待つ優斗は、既に待ちくたびれていた。
あれから一時間近く経っているというのにカエサルは一向に帰ってくる気配がない。
(すぐに済むって言ってたのにな……もしかして、俺を置いて帰っちゃったとか……?)
そんな事を考えだして不安になった時だった――「ユウト、お待たせ」という聞き馴染みのある声が聞こえ、優斗はパッと顔を上げた。
「も~、遅いっすよ、待ちくたびれ――!?」
カエサルが戻って来た事にホッと安堵しつつも、文句の一つでも言ってやろうと言いかけた優斗はハッと息を飲んだ。
何故なら、目の前にいるカエサルに対して強烈な違和感を感じたからだ。
カエサルであってカエサルでないような、そんな奇妙な感覚だった。
訝しげな顔を見せる優斗にカエサルの姿をしたその男は首を傾げながらにこやかに微笑んだ。
「ん?どうしたんだい?ユウト」
その優し気な仕草も、柔らかな口調もカエサルそのものなのだが……。
「えっと……誰っすか?アンタ」
目の前の人物の姿をカエサルだと認識しながらも”違う”と感じる優斗は警戒しながらそう問いかけた。
そんな優斗の態度にきょとんとした表情を浮かべた相手はニコリと微笑むと口を開いた。
「いやだな……カエサルだよ?フフ……もしかして、待たされた事怒っているのかい?」
その口ぶりはまさにカエサルそのもので、優斗はますます警戒を強めた。
(なんだ……コイツ……?)
訝しげに睨む優斗に、その人物は困ったように苦笑を零しつつ言葉を続けた。
「ごめんよ、ちょっとそこで女の子に『飲みに行こう』って逆ナンパされてね――ユウトが喜ぶかと思って引き受けたんだが……行くだろう?」
そう言って腕を引いてくる彼の手を、優斗は思い切り振りほどいた。
「あんた、カエサルさんじゃないっすよね!?カエサルさんはどこっすか!?」
「ユウト、いったいどうしたっていうんだい?」
戸惑ったように言う彼に、優斗は更に詰め寄る。
「とぼけんなよ!!」
優斗には確信があった――『女の子と飲みに』とか『ユウトが喜ぶ』とか、そんな事をカエサルが言う筈がなかったし、何より見た目はそのままの美しい筈の彼の顔が、何故か今は醜く見えているのだ。
(ま、まさか……!?)
一瞬、最悪の事態が頭を過ぎるものの、かつては『勇者』の称号を持っていたカエサルだ、そうそう簡単にやられはしないだろうと優斗は自分に言い聞かせる。
しかし、目の前のこの状況からして、彼に何かしらの異変が起きた事は明白だった。
「お前……カエサルさんに何をした」
そう問う優斗の声は怒りに震えていた。
既に敬語も使ってはいない――腹の底から絞り出したような声は自分でも驚くほどに低く響き、傍で聞けば恐ろしさで震えあがらせるほどのものだった。
そんな優斗に目の前の男は観念したよう肩を竦めると口を開いた。
「バレちゃったらしょうがないね……ボクは『トレーサー』のエンヴィって言うんだ」
言いながらエンヴィと名乗るカエサルの姿をした男は、自分を指差すように指を立てニッコリと笑った。
(『トレーサー』……)
優斗はその魔物の名に覚えがあった。
以前、冒険者仲間からその魔物の話を聞いた事があったのだ。
(確か……)
『トレーサー』……その名の通り、触れた人物に変身する能力を持つ魔物で、普段はルックスの良い女や男に変身しては、その魅力で釣った獲物の精気を喰らうという低級の魔物だ。
つまり、このエンヴィという『トレーサー』がカエサルに接触したのは間違いない、という事なのだ。
優斗は怒りのあまりに頭の芯が沸騰しそうになる自分を必死に抑え込み、ギリッと奥歯を食いしばるとエンヴィを睨みつけ、ゆっくりと腰の剣へ手を掛けた。
「お前……まさか、カエサルさんを――」
それは相当な迫力だったのだろう、エンヴィはビクリと身体を硬直させると、先程まで見せていた人を小馬鹿にしたような笑みを引っ込め、慌てて優斗の言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!勘違いしないでくれ……」
「勘違い?何がだ」
優斗は怒りに染まった瞳でエンヴィを見据え、剣の柄を握る手に力を籠める。
「ぼ、ボクの変身が解けていないって事は、彼は無事だって事だよ!!」
「――なに?どういう意味だ」
怒りの表情のまま優斗がそう問うと、エンヴィは冷や汗を浮かべながら必死の口調で続けた。
「ボクの変身は、ボク自身の意志で解くかオリジナルが死んだ時点で解かれる――つまり、ボクがまだこの姿でいられているのが、彼が無事だっていう証明なんだよ!」
必死の形相で訴えるその言葉はどうやら嘘ではなさそうだと判断できる。
「――じゃあ、カエサルさんは無事なんだな?」
エンヴィの説明にようやく納得をした優斗は、ホッと胸を撫で下ろすと剣を腰に収めた。
そして、改めてエンヴィへ向き直ると、事の説明をするように促す。
「それで、お前の目的は何だよ?――なんでカエサルさんに変身してまで、俺に近づいてきたんだ?」
少し怒気の薄れた優斗の言葉に、エンヴィはホッと安堵の息を漏らすと肩を竦めて口を開いた。
「それが……ボクも何故こんな命令をマスターが下したのかもわからなくて――」
そう切り出し、エンヴィはここに至る経緯を語り始めた――。
****
****
エンヴィはある魔導士に飼われている使い魔との事だった。
数日前、エンヴィはその魔導士からある命令を下された。
それは『黒髪、黒い瞳を持つ冒険者を拘束し、連れて来い』というものだった。
必死にその指定の冒険者を探した末、漸く見つけ出したのが優斗だったのだが、変身以外取り立てて能力の無いトレーサーであるエンヴィがまともに冒険者と戦うなんて事は出来はしない。
そこで、エンヴィは優斗をおびきよせるための餌としてカエサルに化ける事にしたのだ。
因みにカエサルは今、この魔導士のもとに捕らえられており、優斗を連れて行けば交換で解放されるとの事だった。
そこまで聞いた優斗は顔色一つ変える事無く口を開く――。
「なるほどね……で?俺はどこに行けばいいんだ?」
「――へっ?」
なんの気負いもなしに言うその言葉に素っ頓狂な声を上げ、”カエサル”姿のままのエンヴィは目を大きく見開き優斗を見つめた。
まさかこうもあっさりと優斗が要求を呑むとは思っていなかったのだろう――どこか気の抜けたような表情のエンヴィに再度確認するように優斗は問いかけた。
「だから……その命令を出した魔導士ってのとこに行けばいいんだろ?――さっさと案内しろよ」
「あ……ああ、わかったよ――こっちだ、ついてきて」
戸惑いながらも先に立って歩き出したエンヴィの後を、優斗はついて行った。
通り沿いの塀に寄りかかるようにして立ち、カエサルを待つ優斗は、既に待ちくたびれていた。
あれから一時間近く経っているというのにカエサルは一向に帰ってくる気配がない。
(すぐに済むって言ってたのにな……もしかして、俺を置いて帰っちゃったとか……?)
そんな事を考えだして不安になった時だった――「ユウト、お待たせ」という聞き馴染みのある声が聞こえ、優斗はパッと顔を上げた。
「も~、遅いっすよ、待ちくたびれ――!?」
カエサルが戻って来た事にホッと安堵しつつも、文句の一つでも言ってやろうと言いかけた優斗はハッと息を飲んだ。
何故なら、目の前にいるカエサルに対して強烈な違和感を感じたからだ。
カエサルであってカエサルでないような、そんな奇妙な感覚だった。
訝しげな顔を見せる優斗にカエサルの姿をしたその男は首を傾げながらにこやかに微笑んだ。
「ん?どうしたんだい?ユウト」
その優し気な仕草も、柔らかな口調もカエサルそのものなのだが……。
「えっと……誰っすか?アンタ」
目の前の人物の姿をカエサルだと認識しながらも”違う”と感じる優斗は警戒しながらそう問いかけた。
そんな優斗の態度にきょとんとした表情を浮かべた相手はニコリと微笑むと口を開いた。
「いやだな……カエサルだよ?フフ……もしかして、待たされた事怒っているのかい?」
その口ぶりはまさにカエサルそのもので、優斗はますます警戒を強めた。
(なんだ……コイツ……?)
訝しげに睨む優斗に、その人物は困ったように苦笑を零しつつ言葉を続けた。
「ごめんよ、ちょっとそこで女の子に『飲みに行こう』って逆ナンパされてね――ユウトが喜ぶかと思って引き受けたんだが……行くだろう?」
そう言って腕を引いてくる彼の手を、優斗は思い切り振りほどいた。
「あんた、カエサルさんじゃないっすよね!?カエサルさんはどこっすか!?」
「ユウト、いったいどうしたっていうんだい?」
戸惑ったように言う彼に、優斗は更に詰め寄る。
「とぼけんなよ!!」
優斗には確信があった――『女の子と飲みに』とか『ユウトが喜ぶ』とか、そんな事をカエサルが言う筈がなかったし、何より見た目はそのままの美しい筈の彼の顔が、何故か今は醜く見えているのだ。
(ま、まさか……!?)
一瞬、最悪の事態が頭を過ぎるものの、かつては『勇者』の称号を持っていたカエサルだ、そうそう簡単にやられはしないだろうと優斗は自分に言い聞かせる。
しかし、目の前のこの状況からして、彼に何かしらの異変が起きた事は明白だった。
「お前……カエサルさんに何をした」
そう問う優斗の声は怒りに震えていた。
既に敬語も使ってはいない――腹の底から絞り出したような声は自分でも驚くほどに低く響き、傍で聞けば恐ろしさで震えあがらせるほどのものだった。
そんな優斗に目の前の男は観念したよう肩を竦めると口を開いた。
「バレちゃったらしょうがないね……ボクは『トレーサー』のエンヴィって言うんだ」
言いながらエンヴィと名乗るカエサルの姿をした男は、自分を指差すように指を立てニッコリと笑った。
(『トレーサー』……)
優斗はその魔物の名に覚えがあった。
以前、冒険者仲間からその魔物の話を聞いた事があったのだ。
(確か……)
『トレーサー』……その名の通り、触れた人物に変身する能力を持つ魔物で、普段はルックスの良い女や男に変身しては、その魅力で釣った獲物の精気を喰らうという低級の魔物だ。
つまり、このエンヴィという『トレーサー』がカエサルに接触したのは間違いない、という事なのだ。
優斗は怒りのあまりに頭の芯が沸騰しそうになる自分を必死に抑え込み、ギリッと奥歯を食いしばるとエンヴィを睨みつけ、ゆっくりと腰の剣へ手を掛けた。
「お前……まさか、カエサルさんを――」
それは相当な迫力だったのだろう、エンヴィはビクリと身体を硬直させると、先程まで見せていた人を小馬鹿にしたような笑みを引っ込め、慌てて優斗の言葉を遮った。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!勘違いしないでくれ……」
「勘違い?何がだ」
優斗は怒りに染まった瞳でエンヴィを見据え、剣の柄を握る手に力を籠める。
「ぼ、ボクの変身が解けていないって事は、彼は無事だって事だよ!!」
「――なに?どういう意味だ」
怒りの表情のまま優斗がそう問うと、エンヴィは冷や汗を浮かべながら必死の口調で続けた。
「ボクの変身は、ボク自身の意志で解くかオリジナルが死んだ時点で解かれる――つまり、ボクがまだこの姿でいられているのが、彼が無事だっていう証明なんだよ!」
必死の形相で訴えるその言葉はどうやら嘘ではなさそうだと判断できる。
「――じゃあ、カエサルさんは無事なんだな?」
エンヴィの説明にようやく納得をした優斗は、ホッと胸を撫で下ろすと剣を腰に収めた。
そして、改めてエンヴィへ向き直ると、事の説明をするように促す。
「それで、お前の目的は何だよ?――なんでカエサルさんに変身してまで、俺に近づいてきたんだ?」
少し怒気の薄れた優斗の言葉に、エンヴィはホッと安堵の息を漏らすと肩を竦めて口を開いた。
「それが……ボクも何故こんな命令をマスターが下したのかもわからなくて――」
そう切り出し、エンヴィはここに至る経緯を語り始めた――。
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エンヴィはある魔導士に飼われている使い魔との事だった。
数日前、エンヴィはその魔導士からある命令を下された。
それは『黒髪、黒い瞳を持つ冒険者を拘束し、連れて来い』というものだった。
必死にその指定の冒険者を探した末、漸く見つけ出したのが優斗だったのだが、変身以外取り立てて能力の無いトレーサーであるエンヴィがまともに冒険者と戦うなんて事は出来はしない。
そこで、エンヴィは優斗をおびきよせるための餌としてカエサルに化ける事にしたのだ。
因みにカエサルは今、この魔導士のもとに捕らえられており、優斗を連れて行けば交換で解放されるとの事だった。
そこまで聞いた優斗は顔色一つ変える事無く口を開く――。
「なるほどね……で?俺はどこに行けばいいんだ?」
「――へっ?」
なんの気負いもなしに言うその言葉に素っ頓狂な声を上げ、”カエサル”姿のままのエンヴィは目を大きく見開き優斗を見つめた。
まさかこうもあっさりと優斗が要求を呑むとは思っていなかったのだろう――どこか気の抜けたような表情のエンヴィに再度確認するように優斗は問いかけた。
「だから……その命令を出した魔導士ってのとこに行けばいいんだろ?――さっさと案内しろよ」
「あ……ああ、わかったよ――こっちだ、ついてきて」
戸惑いながらも先に立って歩き出したエンヴィの後を、優斗はついて行った。
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