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第四章 豊乳温泉郷? ホルスタ院

ポンコツ魔王の野望

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「あなたの好き勝手には、させませんよ!」
 ボクたち以外の人たちは、戦闘態勢に入っている。

「ほほう。入らせぬと言うか?」
 魔王ラジューナが腕を組んだ。

 ニュウゼンさんの額が、汗ばんでいる。
 かなり強力な魔力に気圧されているかのようだ。
 あれだけ強いニュウゼンさんを、ここまで追い込むなんて。

「私の目はごまかせませんよ! このチビ魔王!」
「チビだと!?」
「我々ヴォーパルバニー族は、真実を見抜く力を持つのです!」

 幻覚を見破れる力を持つから、ガイドをこなせるのだ。
 ボクも、どれだけ助けられたか。

「そんなゴツいガワをまとっていますが、あなたはちびっ子じゃありませんか!」
「チビではない! わらわは無限の可能性を秘めているのだ」

 身体を仰け反らせて、魔王は魔力を放出した。

「そんな脅しには乗りませんよ! ラビットキック!」

 シズクちゃんは魔王の両脚に、斜め蹴りを叩き込む。
 低空ドロップキックというプロレスの技である。

「にゃあああ!」
 魔王のヒザが、あらぬ方向にへし折れた。

 ガラガラと、魔王の鎧が崩れ墜ちる。

 ちびっこい少女……いや幼女が、鎧の中から飛び出す。

「あいたっ」

 最後に、兜が幼女の頭にコツンと落ちてきた。

「このラジューナが誇る最強変装術を見破るとは……なんてやつだ!」

 幼女魔王ラジューナが、頭をさする。

「だが、わらわは魔王! こんなものはハンデに過ぎん!」

 小さな女性型魔族が、腰に手を当てて高笑いをした。
 ギザ歯ってやつだ。
 ショートカットの髪から鬼の角を生やし、タイトな黒いワンピーススカートを穿いている。

 あのちっこいのが、魔王だって?
 全然怖そうじゃないけれど。

「無礼はお詫び致します。ラジューナお嬢様は、どうしても豊乳の湯でボインになりたく」

 ドルパとかいう従者さんが、会釈をする。
 語彙がえらい昭和だな。
 それでも、「こっちが魔王だ」と言われたら信じてしまいそうな迫力を持っている。

「いよいよ、この平坦な胸から卒業できるのだ!」

 魔王ですら、豊乳の湯は魅力的だったらしい。

「かといって、脅すことはないと思いますが?」
「なにぃ、わらわに意見するのか!?」

 口答えしたボクに、ラジューナが飛びかかろうとした。

「どうしましょう?」
「戦うしかないなら……」

 ニュウゼンさんとシズクちゃんが、身構える。

「おお、その心意気やヨシ! 勝負なり!」
 魔王ラジューナのパンチがシズクちゃんの腹に直撃した。

 だが、シズクちゃんはビクともしない。

「ぬうう、大した力じゃな。じゃが、こちらとて本気ではないわ!」
 ローキックを、ラジューナが放つ。

「え、倒れない。なんなのじゃコイツは。このこのっ」

 シズクちゃんは、足下でじゃれる魔王を慈愛の目で見つめていた。

「なぜ倒れぬ!? わらわの力は、ヴォーパルバニー族にも劣るというか!」
「お嬢様は空間転移や補助魔法に長けておられます。直接攻撃力はないに等しく」
「はあはあ、そうであったな!」

 息を切らせながら、魔王が手を胸の前でクロスさせる。

「ならば奥の手よ。ここまでわらわの力を引き出したこと、後悔するがいい! 受けよ我が必殺のわあああああ」

 ドルパさんが、ラジューナちゃんの奥襟を掴む。

「はなせバカぁ! ドルパぁ!」
 ネコのように宙づりにされながら、ラジューナちゃんが暴れ回った。

「おやめなさいませ。弱いんですから」

 魔王といえど、大した力がないらしい。

「申し訳ありません。魔王たるモノ、ナメられるわけには参りません。無礼を承知で、不法侵入という形を取らせていただきました」

「言わんでもええんじゃあ!」
 ドルパさんが弁解している間も、ラジューナちゃんがずっとジタバタともがく。

「しっかりと手続きを踏みなされば、ムダに敵を増やさずとも宿願は果たせると申したのですが」
「わらわは魔王なるぞ! そんな民間人のようなマネできるか!」

 身体は小さいが、プライドだけは高いみたいだ。

「時代が変わったのです、ラジューナお嬢様。もう魔族台頭の時代では」
「じゃからこうして、わらわが魔族の威厳を復活させようとだなぁ!」


「それで出禁になった街が、どれだけあるってんだよ!」


「ひいい!」
 ドルパさんの一喝で、ラジューナちゃんがおとなしくなった。

「この間だって、ドラゴンにケンカを売って泣いて帰ったじゃねえか!」
「ひえええええっ!」

 ああ、この人元ヤンだ。

 リムさんにケンカを売った魔族って、ラジューナちゃんだったんだなぁ。

「失礼致しました。こういうわけでして、温泉に入らせていただきたく」
 すぐに、ドルパさんは元の口調に戻る。

「効果がないと判明すれば、お嬢様もあきらめてくださるかと」

 ここで無理に追い返しても、また暴れに来そうだな。
 ずっとここに居座りそう。

「害はなさそうですし、入れてあげたらどうです?」

 効能がないとわかれば、魔王だって引き下がるはず。

「私が勝てるくらいなので、いざとなったら皆さんでこらしめても」

 シズクちゃんのひとことで、館長も承諾する。

「では、我らが誇る牛乳風呂へご案内しましょう」
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