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魔法使いたちの夜

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「ご地域の平和は私が守ります! 魔法少女まなか!」

「モンスターが街の女性たちの服を溶かしている」と依頼を受けて、魔法少女まなかはスライムのような化け物と対峙している。
 
「え、ちょっとまって」

 全身ローブで身を包んだメガネくんが、対面に現れた。
 まなかより年下のようだが、まなかと同じような依頼を受けたらしい。
 スライムを挟んで、声を掛け合う形になった。
 
「はい、なんでしょう魔法使いさん」
「魔法少女と、魔法使いって、どこが違うんだい?」
「そんなめんどくさいこと、こんな緊急事態で聞きます?」
「どうってことないよ。相手は待ってくれているから」
 
 魔術師どうしで取り囲んでいるから、さすがのスライムも手出しできない様子である。

「そもそも、キミは戦闘特化なのかい? それともお悩み解決系の能力が得意かい?」
「どうなんでしょうね。バトル魔法少女だと、徒手空拳で戦ったりもしますし」
「だよね。今の魔法少女って、重火器持ったりってなんでもありだよね。ボクタチはいつまで経っても杖しか支給されない」

 なんとも、めんどくさい人である。
 
「直談判なさったらいいじゃないですか」
「したよ。そしたら『イメージ壊れるからダメ』ってお師匠が。フードの下も……」

 少年の足元に風が吹く。

 慌てて、魔法使い少年はローブがめくれるのを押さえた。

「まただよ、もう!」
「まさか、なにもはいていないとか?」
「さすがにそれはないけど、下着一丁なんだ」

 それはひどい。どんな業界なんだ?

「キミはどうなんだ? ちゃんとアイデンティティを持って活動しているかい?」
「なんとも言えません」
 
 自分はフリル付きの衣装をつけさせてもらっているが、それでも恥ずかしい。
 ハートが先端に付いたステッキはかわいいが、自分ももう一八歳だし。

「はよせえや」と、スライムがぼやいたときである。

「オホホー。なにをしているかと思えば、しょうもない話をいつまでも!」


 三〇前半くらいの女性が、ホウキに乗って戦場に舞い降りてきた。

「出たな、テンプレ魔女!」
「誰がテンプレですの! そんなテンプレを植え付けたのは世間でしてよ!」

 魔法使い少年から指摘を受けて、魔女がぷりぷり怒る。
 
「また、悪さをしに来たんですか?」
「いえ。実験体が逃げたから回収に」
「やっぱりあなたの仕業じゃないですか! 早く処置してください!」
 
 魔女が「はいはい」と手を伸ばした瞬間だ。

「まった。聞きたいことがある」と、少年が魔女に問いかけた。
 
「なんですのガキ?」
「魔法少女と魔法使いと魔女の違いは、なにかわかるか?」
「知ってどうなさるの?」
「テンプレから逃れられるかもしれない」
「それもそうですわね」

 自分の格好を見て、魔女は首をひねる。
 
「ビジュアルが違いますわね」
「魔法系統に違いは? まじないとか、攻撃魔法とかに違いは?」
「わたくしは直接攻撃は苦手ですの。だから毎回モンスターを生成して、街に攻め込んでいるのですわ。でも、それは個人の力量ですわよね? 系統や伝統は関係ありませんわ」

 それがどうした、と言いたげに、魔女はため息をつく。

「だったら、個人でどう扱ってもいいってわけだ」

 魔法少年は、まなかをチラチラを見ている。
 
「どうしたのです?」
「……着たい」
「え?」
「ボクも、魔法少女の服を着たい!」

 唐突な、カミングアウトだった。

「もういやなんだ。男だから魔法使いのビジュアルはこれでOKとか、性別で着る服を縛られるとか」
「女のコの服が着たいと。つまり、男性が好きなのですか?」
「違う。かわいくなりたい!」

 まなかは、困ってしまう。
 だが、瞬時にひらめいた。

「わかりました。魔女さん、スライムさんを回収する前に、この人の服を溶かしてあげてください」
「よろしくて? 魔法使いのローブなんて、いい栄養になりますからありがたいですが」

 まなかは、魔女の問いかけにOKを出す。

「では遠慮なく。スライム、こいつの服を食べておしまい!」

 魔女から指示を受けたスライムが、少年に襲いかかった。

「え、裏切った!?」
 
 魔法使いが、攻撃魔法を出そうとする。

 だが、間に合わない。
 あわれ、少年の衣装はドロドロに。
 身体を腕で隠しながら、少年はしゃがみ込む。

「戻りなさい」

 魔女が、梅干しツボのような陶器を出して、フタを開けた。
 
 スライムは魔女の言いつけどおり、回収される。 

「ではごきげんよう」と、魔女は消えていった。
 術士二人相手では分が悪い、と思ったのだろう。

「わーん、どうしてくれるんだよぉ。これじゃ帰れないよぉ」

 身体を隠しながら、少年は泣き言を言う。
 
「わたしに任せてください!」

 まなかは、魔法少年に術をかけた。

 少年の身体についたネバネバが溶け落ち、代わりに魔法少女の衣装が。

「わあああ。かわいい! これは?」
「たいてい、魔法少女モノって衣装が代替わりするでしょ? それだと思ってください」
「新生衣装だね?」
「はい」
 
 フリル付きの衣装を身にまとった少年は、ゴキゲンになった。
 クルクル回ったり、ミニスカートをつまんだりして喜んでいる。
 正直、まなかよりかわいい。
 
 でもいいのだ。
 こういうときにこそ、魔法は役立てるべきだから。

 
「ありがとう、魔法少女!」
「いえいえ。困った人を助けることが、魔法少女のつとめです」

 まなかはようやく、自分のアイデンティティを得た気がした。
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