おひとり国王サマ ~毎日忙しい国王は、スキル【冒険の書】で冒険者の旅先へ一瞬でワープして日帰りプチ家出する~

椎名 富比路

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第二章 国王、湯けむりに隠れる

第4話 国王、雑旅

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 冒険の書を使って、オレはアルマー温泉郷にたどり着く。

 高級なスイートルームではない、もっと格安の宿を探すか。雑な接客で、十分なんだよ、オレは。

 今のオレは、国王ソロガス・キヤネンではない。ただの冒険者「ローガン」として過ごそう。冒険の書による転送スキルを扱う際に取り決めた、偽名だ。

 さてさて、この冒険者ローガンにふさわしい宿を。

「ここがいい」

 適度に寂れた宿を、発見した。
 玄関脇に飾られた全身鏡の、外壁が剥げている。しかも、今どき回転式の玄関キーとは。

 温泉は一応あるようだが、雰囲気がまさしく古い。

 これだよ。オレが求めていたお宿は。最新設備なんかも、必要ないんだよ。それなりにウマいメシと、瓶で売られているコーヒーギュウニュウさえあれば。

「らっしゃい」
 
 いい感じにくたびれたオヤジから、接客を受ける。

「風呂に入れるかい?」

「できますよ」

「じゃあ、温泉に入りたい。それと、夜食にカツ丼を」

「へい。こちらへ」

 オレは、脱衣所まで案内してもらう。

 赤い絨毯が敷かれている、廊下が狭い。これがいいんだよ。オレしかいなくても、オレにとってはここがレッドカーペットだ。いいね。オバケでも出てきそうな暗さも、雰囲気が出ている。

「ここは、流行ってるのかい?」

「昔はね。もう、商売っ気がなくなっちまってね。人並みのおもてなししかできません」

「それがいい。サービス過剰なのは、こちらも願っていない」

「そうおっしゃっていただけると、ありがてえ。こちらでお洋服を脱いでくださいな」

「おう」

 狭い脱衣所で、服を脱ぐ。自分で服を脱ぎ捨てるのは、格別だ。誰の力も借りないことが、こんなにうれしいなんて。

 岩風呂も、また狭くて最高だ。露天風呂だが、五人入ったらもうギチギチじゃないか。このナイスな距離感。

 しかも、先客あり。

 かけ湯をして、洗体する。それが、マナーなんだよな。
 自分で身体も洗えるぞ。シャンプーハットは、欠かせないが。

 数名のオッサン客が、オレを見てくすくす笑う。

 いいさ。笑わば、笑うがいい。

 さて。露天風呂にお邪魔しまーす、と。

「んっ、おおおお……」

 熱いな。それがまた、ちょうどよかった。これが外湯の快感かぁ。肌寒さを、熱いお湯で暖める。マッチポンプ、マッチポンプ。熱い寒いを交互に受けるって、もうこの時点でサウナじゃん。

「サウナもあるな」

 入ってみよう。

「うおー。雰囲気があるな」

 先客のオッサンが、熱した石に水をかけて蒸気を発生させる。なるほど、ロウリュのスタイルか。

 オレもどれどれっと。

「くあー。あっつい!」

 蒸気を顔に浴びて、涙がわずかに出た。

 でも、快適だ。気持ちいい。

 しばらく、サウナに座る。

「ふううう。そろそろいいかな」

 熱さの限界を感じて、オレは外に出た。

 ぬるいかけ湯を、浴びる。

「ふおおおおお」

 脳が、ハイになってきた。

 これが、「ととのう」ってやつか。「軽く死を迎える感じ」だと、聞いたことがあるけど。なるほど、心臓にかかる負担はエゲツナイな。

「もういっちょ」

 熱波師がいないのは残念だが、自分でタオルで仰いでやれ。

「ふいーっ」

 かけ水をする勇気は、さすがにない。オレはまだまだ、甘っちょろいな。ぬるいかけ湯で、ととのおう。

「うん。オレには、これくらいがちょうどいいな」

 はあー。さっぱり。

 また、露天風呂に入りたくなってきた。

 汗をかけ湯で落とし、身体を洗ってから、また岩風呂に。

 白目をむきそうだ。このまま、寝ちまいそうだな。

 身体が十分にほぐれてきたところで、上がろう。

 いよいよ、コーヒーギュウニュウだ。

 瓶で売られているものを、購入する。

 銅貨を払って、いただきます。

 腰に手を当てて、瓶を口元で傾けた。

 冷たくあま~いコーヒーが、全身に染み渡っていく。

「おお、ととのいそうだ」

 コイツも、「ととのう」ってヤツか? なんて、耽美な時間なんだろう。
 気絶しそうなくらい、最高のひとときだ。

 冷たくて甘ったるいコーヒーが、こんなにもうまいなんて。

 やっぱりストローではなく、瓶コーヒーでしか摂取できない感動が、あるんだな。

「はえ~」

 あっという間に、コーヒーギュウニュウがなくなる。


「最後は、カツ丼だな!」

 風呂上がりに、カツ丼!

「おまたせしました」

 これこれ。この雑な盛り付け。

 半焼けのとき卵にくぐらせた玉ねぎとカツが、見事じゃないか。

「夜中なんで、もう夕飯を食べなさってたと思ったので、ミニカツ丼にしましたけど?」

「十分だ。馳走になる。では、いただきます」

 ああ、背徳感!

 これだよ。お箸で雑にかぶりつく。これぞ、温泉地のカツ丼を食らったって気分にさせてくれるのさ。

 温泉地の、醍醐味ってヤツだ。
 
 付け合せのタクアンと味噌汁が、またうまい。甘めな味付けのカツ丼に、いいアクセントが加わっている。かじる音も、最高じゃないか。

 サイズもミニってのが、うれしい。ちょうどいい満腹感を、堪能させてくれる。

「ごちそうさまでした」
 
「ありがとうございました」

 ああ、食った食った。

 どこかで横になりながら、マンガでも読んでいたい気分だぜ。

 しかし、オレには公務がある。明日も仕事かー。

 また冒険の書とにらめっこして、どこか遠いところへ遊びに行くか。


 
(第二章 おしまい)
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