トルコライス

椎名 富比路

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大人向けのお子様ランチ

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「あのさ、時々無性にお子様ランチが食べたくなるときって、ない?」
「ないよ」

 ボクは即答した。

 いつだって、ナユは唐突だ。
 夜中に「ラーメン食べたい」っていって、急にインスタントを作り始めたり、「一緒にハマグリの網焼き食べたい」とか言い出て、漁港まで車を走らせたり。
 
 付き合うボクもボクだけど、ワガママなお姫様をなだめるには同行するしかない。

「大人向けお子様ランチか。ボクたちに子どもがいれば、ちょっとは可能性があったかも」
「ううう、ハジメはイジワルだ。えっち」
「なにがえっちなんだよ!?」
 

 顔を赤らめながら、ナユはボクの腕をポンポンと叩く。

「ミックスグリルとかは、ダメなの?」

 ボクは、ファミレスのメニューを提案してみた。
 
「あれ、揚げもんばかりじゃん。ウインナーとかから揚げとか。アラサーのだと、お腹に来るんだよ。もっと色々食べたい」

 ナユは、首を振る。
 
「どうして急にそんなの食べたくなったの?」
「その子どもだよ。姉さんが甥っ子を連れてきてさ、ファミレス行ったのね。お子様ランチがおいしそうでさー」

 親子、夫婦が幸せそうというよりお子様ランチがうまそうって考える辺り、コイツは婚期とは程遠い。


「それで食べたくなったと」
「うん。ハジメって物知りで、おいしいものをたくさん知ってるじゃん。お願い」
「わかったよ。こんなのがある」

 ボクは、スマホで検索した料理を見せた。
 
「ほーっ!」
「近いから行ってみる? そこで夕飯にしよう」
「行きます!」


 歩いて一〇分くらいのところにあった、小さいレストランに着く。
 少しすすけた食品サンプルなど、レトロ感満載だ。店の名前にパーラーなんてついているあたり、「軽食屋」と形容したほうがいいかもしれない。

 ボクたちが頼んだのは、大皿に盛られたプレートだ。

 ドライカレーの上に、デミグラスソースがかかったトンカツが乗っている。
 周囲を囲むのは、ハンバーグ、ナポリタン、エビフライ、ポテサラだ。
 お皿に乗っていなければ、スーパーで「スタミナ弁当」って名前で売られていそうなラインナップである。
 
「おお、これがトルコライス」

 ナユが感動した。
 
 いわゆる「大人向けのお子様ランチ」としては、これが最も近い。
 
「でも、なんでトルコなんだろ? トルコ感ゼロなんだけれど」

 ナユが疑問を抱くのも、当然である。
 
 実際にこの料理が、トルコにあるわけではない。
 イスラム圏であるトルコでは、豚肉を食べないからだ。
 長崎県で発明された、ご当地グルメだ。派生して、今は全国にもある。
 
「トリコロール、つまり三色旗がなまったんじゃないか、って説があるよ」

 まあ、問答していても仕方ない。

「食べようよ」
「うん。いただきます」

 さっそく、ナユはカレーピラフを崩しにかかった。

「ああ、おいしいね」
「うん。子供の頃に帰った気分だ」

 ナユを連れてくる口実だったのに、ボクの方が喜んでいる。

 ごった煮のようなジャンクっぽさ、どこを食べても濃い味付けに、ボクは酔いしれた。

「ああ、ポテサラいい。ポテサラのおいしい店は、信用できるね」
「量もちょうどいいよね」
 
 ナユが、ボクのエビフライを一匹強奪した。

「んふふ、エビフライもらい」
「あっ、とっておいたのに」
「えへへー。じゃあ、ハンバーグ半分あげよう」
「ならいいけど」

 とんかつの柔らかさ、ナポリタンの甘み、ハンバーグの引き締まり具合。
 特に高級感のある食材を使っているわけじゃない。
 ただ、料理人の手間が惜しみなくかかっているのはわかる。

「うーん。ごちそうさまー」

 お腹をさすりながら、ナユは満足げに手を合わせる。

「気に入ってもらえた?」
「うん。大満足。でも、なんか足りないと思ってたんだよね」

 これ以上、何を?

「あっ。これだ」

 テーブルに立ててあるメニューを見て、ナユはハッとなった。
 
「プリン」
「それは自分で頼んでよ」

 結局ナユは、シメにプリンを頼んだ。
 ボクはホットコーヒーで、お腹を休める。
 
 
「ハジメ、今日はありがとう」
「いいよ。こんなんでよければいつでも」
「あー。ハジメの奥さんになったら、こんな思いになれるんだなぁ」
「どうしたの、シミジミしちゃって」
「同棲して、何年だっけ?」
「三年と、五ヶ月だよ。マジでどうしたの?」 
「実はさ」
 
 プリンを食べ終わって、ナユは微笑んだ。
 下腹部をさすりながら。

  
「あの、さ。二ヶ月だって。あんた、パパになるよ」
「ホント!? おめでとう!」
 

 二人で、手を重ねながら喜ぶ。
 熱い感情が、ボクたちの眼からとめどなく溢れてくる。

 そっか、意味がやっとわかった。
 お子様ランチは、お腹の子が食べたがっていたのか。

 
 ボクはもう、子どもではいられなくなった。
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