桃缶買ってきて

椎名 富比路

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風邪引くと欲しくなる缶詰暫定一位

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 ルリが、熱を出した。

 学校を出てすぐ、俺はメッセを送る。
 カバンには、あいつ用の宿題と連絡用プリントが入っている。

「なんか、買ってきてほしいものはあるか?」
 
『桃缶』

「わかった」

『白桃だからね』

 俺は黄桃でもうまいと思う。
 パフェとかに入っていたら、真っ先に食うなぁ。

 けど、風邪ひきなら柔らかい白桃が食べやすいかも。

 スーパーで缶詰とスポドリを買って、ルリの家へ。

「開けてくれ」
 
「待ってシロ。散らかってるから」

「俺が片付ける。いいから開けろ」

 いつものことだろうが。
 
 ルリの家は両親が共働きなので、よく俺が世話をしている。

 ガチャリと、ゆっくり、観念したように扉が開く。

 玄関に立つルリは、まだ頬が赤い。
 つらそうだ。

「ほら」と、スーパーの袋を見せる。
 
「わあああ。白桃だぁ」

 フラフラになりつつも、ルリは缶切りを持ってきた。
 テーブルの上で、缶の封を開け始める。

「どんだけ食いたかったんだよ?」
 

「こういうときしか、食べられないよねぇ。あとは、お葬式のおすそ分けとか」

 たしかに。
 缶詰って意外と食わない。
 最後に食ったのは、去年あたりか。
 祖母のお葬式で、親戚から譲ってもらった。

 
 サラダ用の小皿に入れて、汁も残さず山分けに。
 
「さて、いただきまーす」

 シュク、とルリが桃を頬張る。

「んあー。おいしいなあ」
 
 ここまで食欲が戻っているなら、まだいいか。

 俺もひとくち。

 うまい。
 甘すぎるくらいが、ちょうどよかった。
 身のどこを食っても、ほんのりと甘い。
 内側へ行けばいくほど、甘みが増した。
 これは、風邪ひきでなくたって食いたくなる。

 スポドリをがぶ飲みして、ルリはベッドへ横になった。

「洗い物はしておくから」

 台所で、桃の皿を洗う。

「ねえ、今日は両親帰ってこないって」

 ちゃんと消化にいい食事は作ってくれているから、生活などの心配はない。
 が、忙しくて帰れないという。
 
「そっか。じゃあ朝までいてやる」

 コイツは家事をなにひとつできないし。

「悪いよ。うつしちゃうし」

「うつせよ」

 いきなり、ルリがガバっと起き上がった。
 また、布団の中に隠れる。
 
 
「シロ、今のセリフは、ちょっとエッチくさい」
 
 
「うるせえな。掃除機借りるぞ」
 
 俺は、床のホコリを掃除機で吸う。

「ごめんね、シロ」

「いいんだよ」
 
 むしろ、体を動かしていないと落ち着かない。



「治ったーっ!」

 翌朝、ルリがベッドから飛び起きた。

「そうか。よかっ……ゴホゴホ」

 その代わり、俺が寝込んでしまう。

「大丈夫? はいこれごはんとお薬。休みますって連絡は、自分で入れてね」

「おう」

「今日は午前中だけだから、すぐ帰ってくるから。何か欲しいものはある?」

「……桃缶。白桃な」
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