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ASMR系男子と、さくさくカツサンド

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 文化祭の準備も大詰めである。

 よって、弁当を広げる暇さえなかった。

 だが、こんなときこそASMRに手を抜いていられない!

 こうなってしまったときのために、サライはとっておきのメニューを披露した。


「今日は片手でも食べられるように、サンドウィッチにしてみたわ」
「うわあ、ポテサラだ!」
「カツサンドもあるわよ」

「わーい! 僕、コーヒー淹れてきますね」
 タケルはワクワク顔で、諸手を挙げる。

 とはいえ、今日の会議室は二人だけではなかった。

「ホントに、おいしそうだねこれが愛のパワー」
「何を言ってるのよ、志摩。さっさと食べて終わらせるわよ」

 今日は、志摩も同席している。

 生徒会全員でかからないと、準備が片付きそうにない。まだすることは山ほどあった。

 今日は生徒会特別合同会議という名目で、全員にサンドウィッチを振る舞う。

 サライがサンドの用意をしている間、タケルが役員の机にコーヒーを並べていく。

「会長に、こんな趣味があったとは。知りませんでした」
「てっきり、衣良先輩だけに食べさせるものだ、とばかり」

 他のメンバーも、自分とタケル副会長との仲を怪しんでいる者が多かった。

 その疑惑を払拭するための会合でもある。
 自分とタケルは、そんなやましい関係ではないのだ。

「そんなわけないでしょ。どうして私が、副会長だけを特別扱いしなきゃならないのよ? 今日はみんなを労うために、腕を振るったわ。存分に食べてちょうだい」

 生徒会に感謝しているのは、本当である。
 彼らはここまでよく生徒たちの無茶振りに耐えてきた。
 日頃の活動を、サライだって見ている。

「いただいていいでしょうか? もうガマンできません!」
 タケルは早く食べたそうにしていた。

「では、作業しながら食べて。なんとしても文化祭を成功させましょう。いただきます」
「いただきまーすっ。うんぐ、おいしい!」

 サクッと、タケルがカツサンドにかぶりつく。
 シナシナのキャベツをシャクシャクと咀嚼しながら、とんかつとソースの味を楽しんでいるようだ。

「こっちのカツサンドは、キャベツもカツがしっとりですね!」
「ええ。そっちは、カツをあえてウスターソースに浸したの」

 いくらカリカリに揚げたとしても、カツはどうせ昼までにはしなびてしまう。
 ならば、あえてソース漬けにして味を染みこませる作戦にした。

 ただ、同じような味ばかりだと飽きると思い、味付けは二種類用意している。
 とんかつソースとマヨネーズをからめた生キャベツとサンドしたものと、どちらもウスターソースにからめたタイプと。

 どれも三角に切って一口サイズにしてある。
 食べやすさを追求しつつ、女子生徒への配慮も忘れていない。

「みなさんもどうぞ。ほら三年の方たちも」

 先輩たちにも、サンドウィッチをすすめた。

「お、ゴボウサラダだ。これも枇々木ヒビキが作ったのか?」
「はい。食感が楽しいのです」

 三年生の男子から、ゴボウサンドを絶賛される。
 ただ単にモグモグと普通に食べるので、悪いがサライ的には物足りない。

 その点、タケルはこちらがリクエストしなくても心得ている。抜群の音を立てて、ゴボウサラダサンドをムシャムシャバリバリ。 

『あ~っ、もうたまんない。生徒会役員がいなかったら、悶絶しているところだ』

 極上のASMRに、サライは身体がくすぐったくてウズウズしていた。この生殺し状態!
 しかし、自分はできる生徒会長を演出しなければならない。ノートを片手に、会計を済ませる。

「先輩、どうしました?」
 一年の学級代表が、サライの様子をうかがってきた。

「なんでもないわっ! ほら、フルーツサンドもあるから食べて! 保冷剤と一緒に入れていたけれど、食べないと傷んでしまうわ」

 後輩に、生クリームたっぷりのサンドをすすめる。

 こっちは女子しか食べないだろうと思っていた。

 しかし、タケルはそっちにも興味津々だ。
 
 音が出にくいから別に食べなくてもいいのだが。

「欲しいの?」
「できれば。先輩が作ってきたモノは、どれもおいしそうで」
「じゃあ、遠慮は無用よ」

「いただきます! やっぱりおいひい」
 ムフフと言いながら、タケルはフルーツサンドを平らげる。

「そりゃ、毎日だって弁当作るわ。こんな顔されたら」
 あきれ顔で、志摩がタケルの様子を眺めていた。

「わかるでしょ? 彼ったら、食べる音が最高なのよ」
「いやそっちはわかんない」

 秒で否定される。

 昼休みが終わる頃には、文化祭の作業はあらかた片付いていた。
 サンドウィッチ効果だろう。

「皆さん、助かりました。続きは放課後ということで。ありがとうございます」
「おつかれー」

 サライと志摩が、場を締める。

「いやあ。カモフラージュにはちょうどよかったじゃん」
「なにがよ? 何度も言うけれど、私と副会長は何ともないから」

「でも、明日はデートなんでしょー」
 ブーッと、志摩が頬を膨らませた。

「別にそんなんじゃ。ただ、タケル副会長の練習に付き合うだけよ」

 他にも、用事があるのだ。
 サライのクラスでやる喫茶店で、焼き菓子を出すことになっている。
 味や見た目など、下見をせねば。

「よろしくお願いしますね、サライ会長」
 タケルも、楽しみでしょうがないらしい。

「二人は、下の名前で呼び合ってるのだな?」
 三年生の男子役員が、サライに問いかけてきた。語気強めで。

「ええ。何か問題でも?」
 ここで詮索されても困る。あえて強気に答えた。

「いや。いいんじゃないか? エモいし」

 よくわからない返答が来たが、どうやら気にしていない様子でなによりだ。
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