百合のトレーニング

椎名 富比路

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マラソン大会に向けて

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「ほらカヨ、ファイト! ファイト!」


 自転車に乗ったサナに煽られながら、私は河原をひた走る。

 もうすぐ、校内マラソンが始まる。

 そのために、少しでも体力をつけないと。

「ぜえはあ」
「カヨ、足を上げすぎ! そんな走り方じゃバテるよ! 前の人も意識して、セーブすることも覚えて!」

 メガホンを取るサナの声にも、熱がこもる。


「ダメダメ! そんなんじゃ、タクマくんは振り向いてくれないよ!」


 サナは私が、幼馴染のタクマに好意を寄せていると思っているのだ。

 タクマの方は、まったく別の女子がスキらしい。

『変な』タイミングで、私は特訓を始めてしまっていた。

 サナは、タクマが「スポーツのできる女子がスキ」と思い込んでいる。

 私は、サナに誤解されていた。

 違うんだ、サナ。私が本当に思いを寄せているのは。


「はい、休憩しよっか」

 わたしは、ジャージの胸元を開けた。
 インナーのTシャツが、汗が滲んでいる。
 冬だと言うのに、結構な運動量だ。

「ふううう」

 サナにさとられまいと、私は息を整える。
 
「身体は、仕上がってきた?」

 ドリンクを手に、サナがコンビニから戻ってきた。

「どうだろう? まあまあかな」
「でも、顔が赤いよ? ムリしすぎじゃない?」
「平気」
 
 これも違う。全然平気じゃない。
 私の顔が熱いのは、きっとサナの顔が近いから。

「サナ、私ね」

 私は、意を決して告白しようとした。

 しかし、サナは私の口に人差し指を当て、黙らせる。
 
「全部言わなくていいよ。カヨのことは、なんでもわかるから!」

 わかってねえ! テメエはなんにもわかってねえんだよおおおおお!

「違うの! 私ね」
「いいってば。カヨの気持ちはわかっているからさ! カヨがタクマくんを好きなこと、みんなには内緒にしておいてあげるよ」

 わかってねえからさぁ! 話を聞いてよ!

「もうサナってば!」
「じゃあ、もういっちょ走ろう!」
「サナァ!」
 
 私はまた、ひた走る。

 しかし、サナとの距離はどんどん遠くなっていくばかりだ……。


 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~

 タクマくん、ごめん。
 わたしは、あんたのカノジョになんてなれないよ。
 

 タクマくんから告白されたけど、断った。

 
 だってわたしがスキなのは、カヨなんだもん。

 でも、それは言えない。たとえ、カヨ本人であっても。

 カヨの気持ちは、実はわかっている。
 だけど、わたしははぐらかすしかない。

 今の関係を維持したいから。
 この距離を縮めたら、わたしはきっと壊れてしまう。

 カヨには幸せになってほしい。

 だからこれは、わたしだけの秘密にしておく。

 わたしがカヨに告白できる特訓が終わるまで。
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