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第二章 ライバルの死

とあるギタリストの話

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「先生の学生時代って、どうだったんですか?」
「あ、おれも聞きたい!」

 話題が、オレに飛び火した。

「まいったな。あんまり愉快な話じゃねえぞ」
「面白いじゃないですか! なんたって、高林たかばやし けんと同級生だったんでしょ? 彼がリードギターで、先生がサイドギターだったって」
 生徒の一人が、目を輝かせた。



「ああ、確かにな」


「すいません。亡くなったご友人を」
 オレのドライなリアクションを見て、タブーに触れたと思ったのだろう。興奮から冷めて、生徒が謝罪する。


「いいんだ。もうだいぶ前の話だからな」

 何から話すか考えながら、腕を組んだ。

「オレと健は、ずっと仲が悪かったんだ」

 当時のオレは、音楽で食っていくんだ、という気持ちで殺気立っていた。学校が煩わしくて、暇さえあればライブハウスでしこたまギターを練習したものだ。

 だから、先ほど意見をくれた苦学生の気持ちが、オレにはよく分かる。


「だが、高林健は天才だった」


 リードギター担当だというのに、彼は特に練習にも顔を出さず、彼女とデート三昧だった。

 その相手こそ、ベース兼ボーカルの深歌である。

 彼の怠け癖は、深歌がひっぱたくほどだ。


 オレと健はよくケンカした。
 練習しろってずっと健に吠えていたのを思い出す。
 健のような生き方は、マネができない。

 プライベートを充実させる才能なんて、オレには無理だと。
 ミュージシャンを目指しつつ女を作るなんて器用なことは、考えられなかったのだ。元々異性に関心も薄かった。


「だが、いざギターを握ると、健は人格が変わったんだ。あいつの隣で演奏すると、こいつは誰も辿りつけない領域にいるのだと、思い知らされるんだ」

 感性やテクニックではない。音楽に対する熱意やモチベーション、ありとあらゆるもので、他を圧倒する。彼は音楽が好きだったが、音楽も彼を愛した。


「レコード会社から声がかかって、ようやく分かったんだ。健は、オレの何十倍も練習していたんだと」


 当たり前だ。でなきゃ、あんなヤバイ演奏はできない。
 人の心を引きつけることだって。

 プロになるまで、オレは気づかないままだったんだ。

 我に返ったら、生徒たちは黙りこくってしまっている。

「すまんすまん! しゃべりすぎたな!」

 オレが詫びると、生徒たちは一斉に立ち上がった。

「いえ、貴重なお話をありがとうございます!」
「僕は、まだまだ練習が足りません! ちょっと演奏してきます。失礼します!」

 残り時間の間、彼らは談笑をやめてスタジオを借りて練習するという。

 健の話は、どうやら彼らのハートに火を付けたみたいだ。 

「ありがとう。応援してるからな!」

 オレが感謝を述べると、全員が頭を下げてくれた。 
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