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第三章 受け継がれるメロディ

友の抱えていた闇

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「気に入らない点でも、ありましたか?」

 五〇年以上、特撮界にいた重鎮だ。畑違いで戸惑っているのか?

「どれもいいんだけどね、一曲どうしてもイメージと合わないんだよ」
 白くなった髪を撫でながら、大友先生はタバコをくゆらせた。


 嘘だ。健は癖は強いが、天才のはずである。大友先生の手を煩わせるなんて。


「ゲームのイメージにマッチしないどころか、何か無理してる感じでね。苦しいんだよ。これは、高林健の曲とは呼べない」

 大友先生は、オレに楽譜を渡した。健を馬鹿にしているわけではない。本当に困っているのだ。

 楽譜のメロディを脳内で再生しながら、オレは、載っている歌詞に目を通す。


 吐き気がした。


「なんすか、これ」


 確かにダメだ。

 オッサンがスモックを着ているイメージしか湧かない。

 大人の嘘と虚言と儚い夢を、コンクリートミキサーにかけてブチ撒けたような。
 歌詞が幼稚すぎて、健のロックが死んでいる。

 彼がこんな無茶な歌詞を書くとは。
 健にも苦手なジャンルがあったなんて。

「実はボクね、生前、彼に相談を持ちかけられんだよ。自分も、トクセンくんのようになれますかね、って」

「健が、ですか?」

 当時のオレは、大友先生からアドバイスを受けて、特撮の世界に入った。おかげで、音楽を嫌わずに済んでいる。

「どうやらさぁ、キミを意識してたっぽいんだよね。今のトクセン君は生き生きているなぁって、ファンにも愛されていてさ、うらやましがっていたみたいだよ」

 健が、うらやましがっていたって? オレを?

「キミはもう十分じゃん、自分の生きたいように生きなよ、って、ボクね、返しちゃったんだよ。気にもとめずにさ。けどね、この楽譜に載った歌詞を見てると、ちゃんと悩みを聞いてあげればよかったなぁ、って思うよ。本当に後悔している」

 オタク特有の早口で、大友先生はまくし立てた。時々感情を込めすぎて、舌が追いつかなくなりながら。

 オレが先生でも、同じリアクションをしただろう。

 健でも、苦悩する場面はあったんだ。オレと同じように。救いを求めて、あがいて、暗い海の中をさまよっていた。

「彼もさ、人間だったんだね。それなのに、ボク達が勝手に神格化してさ。カリスマにしちゃったんだ。ボクらの無責任な思い込みが、彼をひとりぼっちにさせちゃったんだね」

 しみじみと、大友さんは語る。

 オレは浮上できたが、健は取り残されてしまった。

「トクセンくん、この歌さ、再生できると思う?」
「ぶっちゃけ歌詞です。歌詞さえ変えれば、なんとか」


 だが、何も思いつかない。
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