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第二章 発足、百合テロ同好会

百合王子の朝

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 休日とはいえ、バルシュミーデ家の朝はそれなりに早い。

 日が昇ってすぐ、オレは目を覚ます。

 朝の支度をする前に、いつもの日課がある。
 一時間の武術稽古だ。
 トレーニングウェアに着替えて、メイディルクスと組み手をする。

「今度こそ一本取るぞ、メイ!」

 場所は王城内の訓練施設だ。
 騎士たちはパトロール中で、オレたち以外は誰もいない。

「避けられるようになってきたやん。昔はピーピー泣いとったのに」
 メイが、オレの剣を受け止める。逆手持ちで。
 攻撃と防御を両立し、剣だけではなく格闘も組み立ててくる戦闘形態だ。

「逆手持ちとか、カッコつけんなや。場数踏んどらんねんから」
 殴るスタイルで、メイが斬りかかる。

「持ち方を教えたのは、そっちだろ!」
「お姉ちゃんのマネか? 照れくさいやんけ」
「うるせえ! 誰が姉だ!」

 オレもメイも、動きやすいタイツ型のウェアで取っ組み合う。

 メイの方は申し訳程度にしか、胸を締め付けていない。
 メイが激しく動作する度、バストがフワンフワンと上下していた。

「前まではウチの乳揺れに見とれて、戦闘がおろそかになってたやん?」
「いつの話だよ、それは!」

 オレの方も、成長している。
 もう一〇年以上も組み合っているのだ。

 使用する剣は、実体剣ではない。
 魔法でできた刀身で、相手の魔力だけを切る。

「見慣れてしもうたか。それは寂しいな!」
 メイが、オレの手首に手刀を当てた。

 武器が手から吹き飛ぶ。オレは丸腰になった。

 目の前で逆立ちになって、ブレイクダンスのように肩で旋回した。身体を捻って、長剣を持つ腕を蹴り飛ばす。

 さしものメイも、全部の体重を載せた右足に耐えられない。装備が手から離れた。

「もらった!」
 スキを見て、立ち上がりざまにハイキックを見舞う。
 旋回のスピードを、そのまま攻撃に使った。

 だが、既にメイの姿はない。

「捕まえたで、バカ王子」
 いつの間にか、メイはオレの背後を取っていた。

 オレの身体から、重力が消える。
 スープレックスで、脳天から落ちた。
 魔法でコーティングされた床でなければ、間違いなく死んでいただろう。

「朝から強烈だな」
 頭を押さえながら、オレは立ち上がる。

「何を言うてんねん。敵かて待ってくれるかいな。寝込みも襲うんや。すぐ動けるようにせんかい」

 本当に、情け容赦がない。

「得物を弾き飛ばしたまではよかったんよ。せやけど、次が大技過ぎやで。もっとコンパクトに攻めんと」

「昔はもっと、ヌルかった気がするが?」

 最近どうも、加減しなくなってきたように思う。

「いつの話や? 幼少期と勘違いしてるんとちゃうか? あんたも一六歳やんけ。手心なんか加えてどないすんねん?」

 それもそうか。

「で、二人との関係はどないなっとるん? 手とか繋いだったらええんとちゃうのん?」
「極めて、プラトニックな関係だ。それにオレは、どちらも嫁にする気はない」
「そんなんで、若い滾りは抑えられへんって。どうや、ウチが相手したろか?」
「バカ言え、メイ。オレたちはイトコ同士だぞ」

 メイディルクス・ハッセは、オレの親戚だ。
 祖父が死ぬ間際、若い冒険者を孕ませでできた子である。

 オレの姉的立場にいて、家庭教師も勤めた。冒険者の娘だけあって、メイは武術・魔法に長けている。

 オレは一通りの戦闘技術や魔法知識を、彼女から学んだ。

 オレ専属のメイドとなる約束を交わす際に、メイは祖父の名を出す。
 それでも国王であるオヤジは難色を示した。特別扱いできないと。

 そこでメイは、人間族に敵対している魔族の都市を一つ壊滅させた。恩を売ると同時に「お前らが次はこうなる」と脅したのである。

「イトコくらい親等が離れとったら、ほぼ他人やろ」
「どうして子作り前提で話しているんだ? オレにそんな気はない」
「ふーん。なんやピュアなんかヘンタイなんか、わっからんやっちゃなー」
 トレーニングウェアをまくり、メイは胸の下辺りを拭く。

 女性らしい下胸と、しなやかな腹筋がさらけ出される。

 少しも興奮しない。
 やはりオレには、百合こそ至高なのだろう。

「なんや。せっかくアンタをトリコにして城を牛耳ろうと思ってたのに」

 そう思ったから、誘惑に乗らなかったんだ。

「もう一ラウンド、いこか?」
 オレが了承すると、今度は魔法による対戦となった。



「結局、三ラウンドも付き合わされるとは」

 魔法は、精神的な消耗が激しい。
 空腹にプラスして、眠気まで襲ってくる。

「殿下、おはようございます」
 朝の支度を済ませ食卓に入ると、大臣があいさつをしてきた。
 初老ながら白髪のない黒髪で、線が細い男性である。
 特徴的なのは、耳の長さだ。
 彼はエルフであり、年齢で言えば死んだ祖父の方が若い。

「おはよう、大臣」
「陛下と妹君は、もう食事の間においでです」
「わかった」
「それより殿下、お気を付け下さいませ。また襲撃を受けられたとか」

 また、その話か。

「お気を付けくださいませ殿下。最近は、魔族の動きも物騒です。もし、学園内に忍び込まれたりなどしたら」
「いくらトレーニングしているとはいえ、相手は魔族。油断は死を招く、だろ?」

「見抜いていらっしゃいましたか」
 大臣が、ホッとした顔になる。 

「我が国の兵隊だけでなく、冒険者へも街の警備を依頼しております。くれぐれもご用心を」

 そうか、朝から兵隊が少ないのは彼の采配か。仕事が早いな。

 この人が国王だったら、この国はもっと発展できたハズなんだけどな。
 彼なら、リスタンとミケーリをうまくやり込めたに違いない。

 オレたちの側を、二人組のメイドが横切った。
 手には、洗濯するシーツを重たそうに持っている。
 オレたちにあいさつをした後、どちらかが多めに持つか議論になっていた。
 冗談交じりに、肌を寄せ合いながら。

「……よろしいですな。実によろしい」
 本日最強の笑みを、大臣が浮かべた。

「うむ。朝からいい物を見た。年の離れた親友も、いいものだな」
「お恐れながら殿下。あれは姉妹にございます」
「なにっ、姉妹百合だと!? そういうのもあるのか!」

 なんとも高尚な!
 だとしたらあの光景も、違った意味を持つ!

「『もう、お姉ちゃんに任せなさい。あなた一人でやっていたら夜が明けてしまうわ』『なによ、いつまでも子ども扱いしないで! わたしにだってやれるんだから!』的な会話が繰り広げられていると!」

 メイド二人の背中を見送りながら、オレはアテレコをした。

「さすが坊ちゃま。お見事な推察です。声マネもバッチリかと。『お姉ちゃんはわたしの世話で大変でしょ? 少しは休まなきゃ』という労いの言葉がありますれば、完璧だったかと」

「パーフェクトだ、大臣!」

「伊達に初代国王の頃から、バルシュミーデの大臣を務めておりませぬ」
 大臣のモノクルが、ナイスタイミングで光る。

「殿方の情欲をかき立てず、乙女同士の友情を優先する淑女のみ選別いたしました。その甲斐があるというモノ」

 我が城のメイドたちは、メイ以外はすべて大臣が選びに選び抜いた。
 財産目当ての女性は、一人も入り込んでいない。国王などの権力者が、ツバを付けてしまうから。そうなれば妾の子が産まれるなどして、財産問題に発展する。
 どれだけ身内間のトラブルで血が流れ、どれだけの城が落ちたか。というのが、大臣の弁だ。

 しかし、オレは知っている!
 すべて大臣が趣味で選んでいることを!
 幼少期から百合を嗜む、オレの目はごまかせん!

 当時五歳のオレは、大臣の思惑を看破した。

 以来、彼はよき相談役兼、ソウルメイトとなっている。

 大臣のモノクルが光った。
「あの純血さ、高潔さ! まさに洗い立てのシーツの如く! よき! 実によき!」

「わかっているな、大臣!」 
 オレたちは、ガッチリと手を組み合う。

「アホばっかしやな、この城は」
 腰に手を当てながら、メイが口走る。
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