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第三章 魔王襲来! 百合王子のドキドキ試練!

ユリ柄のキモノ

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 妹のシスタビルと街に出ると、聖ソフィとツンディーリアがふにゃあとした笑顔を見せて駆け寄ってきた。

 今日は部活の会合なのだが、オレを待っていたわけではなさそうである。

「待たせたな。みんな」

「あんたに用事なんてないのよ。まあ、相変わらずかわいいわぁ」
 しゃがみ込んで、ソフィはシビルの頭を撫でる。
 すっかり、我が妹に夢中だ。

「おはようございます、ソフィ様」

「まあ、おりこうさんね! おはようシビルちゃん」
 小さい手を取って、ソフィはデレッとした表情になる。

「ごきげんよう。シビル王女」
「ごていねいに、ありがとうございます。ツンディーリア王女さま」

 一方、ツンディーリアはシビルのような子どもが相手でも、丁寧に対応した。
 さすがファーストレディである。 

「よそよそしすぎよ、ツンディーリア。接待じゃないのよ。もっと気軽に声をかけた方が、相手だってうれしいわよ。ねーシビルちゃーん」
 言いながら、ソフィはホッペタをツンツンする。

 ソフィの場合は、スキンシップ過剰というのだが。

 シビルの方も、「えへへ」と返す。
 迷惑がっている様子でないなら、別にいいけれど。

「キミは将来、親バカになりそうだな」

 オレが言うと、ソフィは不機嫌になった。
「子どもって……まだそんなこと考えられないからね」

 そっちこそ気が早いんだが?

「ソフィの言うとおりですわ。わたくしは必ずソフィを、あなたの毒牙から守りますから!」
 頬を膨らませながら、ツンディーリアもオレに抵抗する。

「まあまあ、今日は妹の送り迎えなのだ。あまりシビルを刺激せんでくれ」
「そうなの? あんたにも優しい側面があるのね」

 オレは、この二人からどう見られているのだろう。

「そういえば、ついんずは?」

 飯テロにおいて主役である、トーモスとイモーティファの姿がない。
 大食い自慢の彼らが、おいしいお店に行くのに遅刻だなんてあり得ない。

「ついんずさんは、もうお店に入られたそうです」

 先に二人は、朝食に出ているそうだ。朝から何も食っていなかったという。
 店も、妹が通うレッスン教室からそう遠くない。

「朝イチから入店して、『全部のメニュー制覇だぜ』と息巻いていたわ」

 ソフィから、告げられる。

 あの二人らしい。

「わかった。先に行っていてくれ。オレは妹をヴァイオリン教室まで連れて行く」

 午前中には指導が終わる。昼以降は、妹と遊んでやろう。

「シビル。お昼はごちそうするからなー」

「わあい」
 両手を広げて、シビルは飛び跳ねた。 

「あ、チエリちゃんだ」
 友だちを見つけたらしく、シビルが道の向こうに手を降る。

 黒髪のお嬢様が、オレたちに微笑んでお辞儀をした。
 和装だ。華やかなキモノという衣装に身を包んでいる。
 東洋の出身者が、手に西洋楽器ケースを下げていることに違和感を覚えた。

 が、あまりのマッチングぶりに見惚れる。

 なにより、キモノのデザインが百合という!

 これは、シンパシーを感じずにはいられない!

「兄さま?」
「ああ、いや! なんでもない!」

 オレは、あくまでも平静を装う。
 ソフィたちには、動揺がバレバレのようだが。

「みなさま、ごきげんよう。チエリ・ライバラと申します。シビルちゃんと、仲良くさせていただいております」

 幼いながらもしっかりとした受け答えをされて、オレは圧倒された。
 なにより、「ごきげんよう」とは!
 ごきげんようなんて言う幼女を、オレは初めて見たぞ!

「シビルの兄、ユリアンだ。妹が世話になっている」
「お話は伺っております、ユリアンお兄さま。こちらにいらっしゃるなら、もっとオシャレしましたのに」
「いいや、どストライクだ!」

 発言して、後悔した。妄想がダダ漏れではないか! 

 ほら、チエリ嬢がキョトンとしてしまっている!

「兄さまは、チエリちゃんがかわいいねって」
「ありがとうございます。ユリアンお兄さま! 気に入っていただけて何よりです。この着物、とってもお気に入りですの」

 わかる。わかりすぎるほどに。
 オレはしみじみと、心の中で同意した。

 ああ、尊い。

「しかして、こちらの方は?」

 その隣には、黒い着流しの男性がいた。
 頭部を装束で鼻まで覆い、やけにほっそりとしている。

「……ど、ども」

 装束をほどき、男性があいさつをした。
 気のせいか、自信なさげである。

「キミは、どこかで」

 彼には見覚えがあるのだが、記憶がない。

「エミネ・ライバラ。ミケーリさんと、同じクラス」

 ボソボソと、ライバラが答えた。
 そうだ、ツンディーリアのクラスメイトだ。

「ああ。思い出した」

 模擬戦でトーモスを倒したのは、彼だったっけ。

 それにしても、こんな細身であの巨漢を撃退するとは。
 トーモスは一九〇センチはある大男だ。

「チエリ、そろそろ」

 ライバラが催促すると、チエリが懐から懐中時計を取り出す。

「はい。もうお時間ですわね。参りましょう」

「正午に、迎えに行く」
 チエリが、エミネに笑顔を送った。 

「うん。じゃあ兄さま、行ってまいります」
 手をブンブンと振りながら、シビルはチエリ嬢とスクールへ入っていく。

「では、我々も……あれ」

 ライバラとも話そうと思ったのだが、彼はどこにもいない。
 一瞬で消えてしまった。

「まあいいか。彼にも用事があるだろうし」
 ため息をつき、オレたちもトーモスの元へと急ぐ。
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