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第一部 完 前編 親子丼は、罪の味 ~ドワーフ定食屋の親子丼~

カップラーメンは、罪の味

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 今から、二年前のことです。

 当時のわたしは、まだ駆け出しの冒険者でした。

 ミュラーさん、ヘルトさんの他に、もうひとりの仲間がいたのです。「モーリッツ」さんというドワーフで、ミュラーさんよりも前衛よりの人でした。大雑把な攻撃スタイルでしたが、ハンマーを振るえば右に出る者はいないとさえ言われています。

 そんな彼には、夢がありました。

 わたしたち全員で、山へ薬草採取の依頼を受けたときです。依頼人は、なんとモーリッツさん自身でした。


 早速、モーリッツさんがヤカンを火にかけました。お湯を沸かし始めます。

 薬草でも煎じるのかと思いました。が、モーリッツさんが取り出したのは乾麺です。どうやら、携帯食を作るようですが。

「うわあ、なんですか、それ?」

 モーリッツさんが開発した携帯食に、わたしは興味を示しました。

「これはな、カップラーメンだ。食ってみな」

 鉄製のカップにインして、お湯を注いで三分待つとできあがり。軽量で持ち運びが便利なうえに、痛みに強いというすぐれものです。干し肉などと違って大味ではないのが魅力ですね。

 具は、ありません。乾麺のみでした。油であげているようです。それだけなのに、なんという鶏ガラの香りでしょう。

「うーん、これは、罪深うまいです」

 ジャンク・オブ・ジャンク。

 ピザやホットドッグなど、これまで数多くのジャンクフードを食べてきたわたしでさえ、これはもっともジャンクな食べ物だとわかりました。

 なんという罪の深さなのでしょう? 

「体に悪いものはウマい」という言葉が、最もよく似合います。
「スープが濃いですね」
「ああ。たまんねえ。鶏のダシだな?」

 ミュラーさんが問いかけると、「おうよ」とモーリッツさんが答えました。 

「実は、このラーメンに合う具と、保存用のハーブを探しているんだ。徹底的に味を調節して、ギルドに売り込もうと思う」

 食後はみんなで、保存に利く薬草を探します。

 品種改良には、わたしたちも参加しました。

「薬草などもいいですが、味わい深くするために玉ねぎなどの追加はいかがでしょう?」
「いいね!」

 その成果か、カップラーメンは商品化に。
 モーリッツさんの営業は軌道に乗り、大金を手にしました。大々的に、売り出す予定です。
 その後、モーリッツさんは冒険者をやめて、本格的に実業家への道を歩み始めました。

「ありがとう、シスター。これは少ないが、もらってくれないか?」

 目が飛び出るほどの報酬を、モーリッツさんが差し出します。

「いえいえ。これは事業拡大にお役立てください」
「そっか。じゃあ、こっちはどうだ?」

 わたしに、カップラーメンの試供品が手渡されました。お金より、ずっとうれしいです。こういうのが手に入るなら、毎回お手伝いしますよ。

 さっそく一ついただきます。ああ、やっぱり罪深うまい。最高ですね。

「これでやっと、故郷に恩返しができるよ」
「故郷ですか?」

 ズルズルと麺をすすりながら、お話を伺います。

「ああ。俺は田舎の生まれでさ。生まれたときから、オヤジがいなかった」

 お母様とお兄様が、田舎町にあるどんぶり屋を営んでいるそうです。
 特にお兄様は、モーリッツさんの学費を稼ぐため、自分は学校をやめて家業を継いだそうで。

「どんぶり屋の次男坊って、ずっとバカにされてた。けどよ、おふくろは女手一つで俺を大切に育ててくれてた。俺は、その恩を返したいんだ。といっても、家は兄貴が継いでる。だから、俺は稼いだ金を親に送りたいんだ」

「応援しています」

「それに、今付き合っている女がいるんだ。俺はいずれ、そいつと結婚しようと思っている」

「素敵ですね。夢が広がりますね」
「ああ。ありがとうなシスターッ!」
 

 ですが最近、モーリッツさんは消息を絶ちました。

 交際していた女性に、お金を持ち逃げされたそうです。

 未だに、行方はわかっていません。
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