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第4話 癒やし系の本音は、たこ焼きの中に

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 多喜子さん運転の車がのんびり進む。ソロリソロリという擬音が出そうである。
 サンデードライバーだな、と一発で分かった。
  
「すいません。ワガママに付き合わせて」

 助手席に乗りながら、多喜子さんの運転を見守る。
 
「いいよ。お買いものには行く予定だったから。二人で話す機会も増えたし、たまには雰囲気を変えて、ね」

「車があるっていいなー」

 葉那の家は、車を手放した。
 めったに乗らない上に、病院や役所、スーパーなどが近いという理由からである。
 
 車で5分ほど走った後、目的地に着いた。
 
「お腹が空いてるなら、先におやつ食べちゃお。お腹いっぱいの時におかずを選ぶと、買い過ぎちゃうので」

 多喜子さんは普段も、お腹に何か入れてから買い物へ向かうという。

「おっしゃるとおりで」
「子分じゃないんだから、普通にしてねー」

 呆れられてしまっている。
 
「お夕飯はお肉を使うけど、おやつは甘いのとしょっぱいの、どっちがいい?」

 葉那はフードコートの看板を一件ずつ観察し、決めた。
 
「たこ焼きをください。飲み物は、お水でいいです」
「ジュースがないと、物足りなくない?」
「平気です」

 ドリンクバーならまだしも、自販機で買える飲料で2、300円も出させたくない。
 
「さすが。判断が速いねー」

 家でも、葉那の選択は即決だ。
 両親が優柔不断なのが原因だろう。
 人にモノを頼まれると断れない性格で、よく貧乏くじを引く。
 そのせいで、帰りはいつも遅い。

 正直、ああはなるまいと思っていた。
 そう考えて、葉那は「即断即決・嫌なことは即断り」をモットーにしている。

 一番安い6コ入りを購入し、席に座る。水は葉那が汲んで来た。

「いただきます」

 たこ焼きを爪楊枝で刺すと、サクッという音が鳴る。

「お腹があったまるねー」
「焼きたて、最高です」
 
 あっという間に、たこ焼きは消えてなくなった。

「あの、多喜子さん」
「んー?」
「ご主人のこと、好きですか?」
  

 以前から聞きたいと思っていた。

「どうしたの?」

「なんといいますか、仲は良さそうだなー、とは思うんですけど」
 
 登校時間のたび、夫婦が一緒にいる場面を目撃する。
 夫の帰りが遅い割には仲が良さそうで、葉那は安心していた。

 反面、抱えている問題もあるのでは。

 人生経験に乏しい自分では、まともな力になれない。
 不満を吐き出してもらうくらいはできるのでは、と思った。
 
「うん。不満はあるけどね」

「たとえば?」

 身をのりだして、周囲の喧噪に負けないよう、耳に意識を集中させる。
 
「お洋服を脱ぎっぱにするかな。ちゃんと洗濯カゴに入れてよー、いつも空っぽにしてるでしょ? って言っても直らないし」


 全然、深刻な問題ではない。
 

「ほ、ほかにないですか?」

「お箸の持ち方が変かな? テーブルマナーは知ってるクセにね」

「そうですか」

 本当に、よくできた夫なんだな、と葉那は愕然となった。
 
「あとは、そうだなー。たまには、甘えさせて欲しいな」

 虚空を見上げながら、多喜子さんは微笑む。
 
「甘えたいですか?」

「いっつもわたしが甘えさせるばっかりで。たまには役割を交代して欲しいかなー、とは思ってるよ」


 カワイイ。なにコノ天使。


「ほかに、何も求めないんですか?」

「うん。だって、わたしをもらってくれただけで、もう全部手に入れたもん。なにも欲しくないんだ」

 妙に達観した様子で、多喜子さんは語る。

 感覚で、多喜子さんの夫に勝てる要素はないのだな、と葉那は思い知った。
 

「さて、買い物しますよー」

 多少お腹も膨れたので、買い物を再開する。

 食材売り場で多喜子さんが手に取ったのは、豚のバラ肉だった。

「お味噌汁の具材でバラ肉とは。まさか」


 
「その通りです。うちはねー、お味噌汁はしないの。豚汁なのです」


 
 ダメだ。負ける。
 絶対美味しいやつだ。
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