我の名を呼んでくれ

椎名 富比路

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魔王の名前は……

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 勇者を倒した。
 不倶戴天の敵を、我はようやく討ち滅したのだ。
 長きにわたる、因縁の相手を。

 我を倒しに来たのは、勇者だけじゃない。

 自分たちを殺しに、平行世界という別次元から来た戦士たちも、すべて葬った。

 これで、我が侵攻を邪魔するものはいない。

 だが、我が守るものも、何もなくなった。
 今の我は、一人だ。
 勇者共は倒したが、我も配下をすべて倒されてしまったから。
 スライム一匹、我の味方はいない。敵もいなくなってしまったが。

 支配する街や村も、一つ残らず破壊した。
 すべての人類は死に絶え、草一本も残っておらぬ。
 見渡す限り、荒野しかない。
 

 我はせっかく、自分の名を思い出したというのに。

 そうか。なぜ人が名前なんぞ欲しがるのか疑問だった。
 我はずっと「魔王」「魔王」としか呼ばれなかったからな。
 
 
 名前とは、誰かに呼んでもらうためにあったのだ。

 思えば人間時代、我にも名前があった。
 人に裏切られ、我は名を捨て、人の道を踏み外す。
 それ以来、魔王で通してきた。
 
 しかし、もう呼んでくれる相手なんていやしない。

 なのに勇者よ、お前が教えてくれたのだ。いや、思い出させてくれた。
 我の名前を。
 我を裏切った、あの男の子孫であるお前が。

 もう、その名を呼ぶものはいなくなった。

 誰か、我が名を呼んでくれ!

 異界からの使者でもいい。侵略者でもいいだろう。
 なんなら、この雨に。
 我の身体を冷たく突き刺すこの雨にでも、我の名を覚えてもらおうか?
 
 とにかく、誰でもいい。我が名を聞いてもらおうではないか!


 我が名は、この我の名は……魔王ア――


 
「はい『ダイブ・オア・ダイ』の体験版はここまででーす!」

「なんでだよ梶原ああああああああ!?」



 ここは、「ギャング梶原と上岡裕介 オレサマチャンネル」の収録スタジオだ。
 制作二〇周年を記念してリマスターされたゲームの体験版を、上岡がプレイしていたのである。
 しかし、魔王の名前が壮大なネタバレになるというので、強制終了となった。

「名シーンじゃねえかよここぉ!」
「ダーメっすよ。名シーンだからこそ、初見さんに見せないようにしなきゃ」
「オレが声あててんの! 魔王の! 昔は声なしで遊んだから、この魔王に声あてんの楽しみにしてたんだよ! だから聞いてもらいたい!」
「なおさら、買ってもらわないとダメじゃねえっすか!」

 ふてくされる上岡は、なおも食い下がる。

「おまけで遊ばせてよ」
「ダメです! 終わり! チャンネル登録とSNSフォローお願いね!」
「こ、高評価とメンバーシップもよろしくねクソが!」
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