蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第39話 カーラの覚悟

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「ラウルス・プリーマ号の最下層にあるマザーオーブにヌシが到達したら全てが終わる」

 赤い矢印が3Dマップの中を鋭く貫き、暴走カーラの像が矢印に沿って奥へ突き進む。天井や床に突き刺さるたびに、低い電子音が響いた。

「我々の勝利条件はただ一つ。到達される前に、暴走カーラを沈黙させることだ」

 続いて現れた青い矢印が交差する。そこにはカーラとルリの像が浮かび、交点で赤い球が点滅した。

「作戦はシンプルだ。カーラが正面からぶつかり、ルリは撹乱と防御で支援する。その間に我々が決定打を放つ」

 巨大なアンテナのような装置の像が現れ、上空の暴走カーラへ黄色いビームを照射する。像のカーラが揺らぎ、地上へと墜落した。

「このビームの様なものは……?」加藤が眉間に皺を寄せる。

「暴走カーラを強制停止させる、量子エンタグルメント発生機だ。対象のオーブに同位相の『命令の揺らぎ』を送り、暴走状態を上書きすることで切断する」

「りょ、量子エンタメグルメ?」加藤が首をひねる。

「量子エンタグルメントだ。対象のオーブと強制的に同位相の揺らぎを作り出し、命令を上書きする装置……。簡単に言うとルミノイドシステムに命令を伝える通信機の様なものだ」

「つまり、これで暴走カーラの機能を止めると言う事だな」

 ノーマンは捕捉の説明をしてから、しばし唇を噛んで黙り込んだ。
 3Dマップの赤い矢印を見つめる目が細められ、その視線はやがてカーラへと移る。
 眉間に深い皺を寄せ、口を開きかけては飲み込む。しばらく沈黙ののち、短く「うーん」と唸った。その唸りは、言葉にできない不安と憤りを飲み込んだ音だった。
 その沈黙の重さが、カーラを気遣う気持ちを物語っていた。

 カーラはそんなノーマンの視線に気づくと、ほんのわずかに肩をすくめ、不安を隠せない声を出した。

「私と暴走カーラは生きる時代が違うだけで同じ個体なのよ。ノーマンが思っている通り、私の機能も止まる可能性はあるわ」

 アルケーが一瞬だけカーラに視線を送ってから説明の続きを始めた。

「量子エンタグルメントが発生する座標に入ったら、カーラの機能も停止する。戦闘の状況によっては二人とも停止する可能性は否定できない」

「お姉さまの機能が止まったらどうなるんですの!」

「機能停止には段階がある。以前ルリを止めたときは、感覚統合層。いわば外界とのやり取りを担う表層部分をシャットダウンしたにすぎない。だから数分で回復できた」

 アルケーは一息つくと、『ここまでは良いか?』と言わんばかりにみんなの顔を見まわした。みんな固唾を飲んで聞いている。

「だが今回使う停止コマンドは違う。標的は基幹制御だ。生命活動や存在そのものを維持する層……脳科学で言えば脳幹に相当する領域を直接止めにいく」

「それはもう、事実上の死と同じだ……!」

 ノーマンの顔から血の気が引いた。目を大きく見開いたまま、かろうじて声を絞り出す。

「そんな……そんなの、ただの一時停止どころじゃない! 再起動できないなら………それは……それは脳死と同じじゃないか……!」

「そうだ。暴走カーラを沈黙させるには必要不可欠だが、同じ個体であるカーラにまで作用すれば、ただの一時停止では済まない。再起動が不可能になる可能性が大きい」

ノーマンの声の端に震えが混じり、怒りとも恐怖ともつかない感情がにじみ出る。

「ダメだ! その作戦は受け入れられない! 爆弾を抱えて突っ込めと言っているようなものだ!」

 アルケーは静かに応えた。小さく震える唇を右手で隠すと、教壇に立つ教師のように落ち着いた口調で言う。

「これが被害を最小限にして暴走を止めるための最適解なんだ」

 なんとか理解しようと頭を捻っていた加藤が言葉を漏らした。
「足止めさ、普通の兵器でどうにかできないのか? ミサイルとかレーザーとかあるだろ?」

「我々がこの惑星に移り住んでから300年の間、国家間の戦闘などなかったのだ。兵器そのものが開発も更新もされていない脆弱なものだ。今ある通常兵器では動きの速い暴走カーラに命中させる事すら難しい上に、命中しても外殻すら削れないだろう。だからこそルミノイドで止めて内側に干渉する必要がある」

 ノーマンが頷きながら呟いた。「外敵もなく、戦争が起こりうるほどの人口もいなければそうなるか……」

「ああ、そう言う事だ。現在保有している通常兵器での作戦成功率は1%未満だが、ルミノイドが参加した場合……」

 アルケーは少し言い淀んだ後に、気まずさを隠す様に一瞬だけ目を逸らしてから話を続けた。

「……『完全勝利』の成功率は20%だ」

「20%ですって! なりませんわ! やっと、やっとですのよ! カーラお姉さまとの記憶を取り戻して、これから話したい事が一杯あるのに!」

 ルリが叫び、声を震わせながらカーラにすがると、カーラがルリの肩にそっと手を乗せて優しく柔らかな声で言った。

「ありがとう、ルリ。恐らく私はこのためにこの時代に来たのだと思うの」

 絶望に打ちひしがれているノーマンや加藤の顔を見て、カーラはそっと微笑んだ。
 胸に手を当て、深く息を吸ってからゆっくりと顔を上げた。目には迷いもあったが、その奥には刃のような決意が宿っている。

「初めてアクパーラ号でノーマン達に会った時、すべての記憶を無くした私に残っていたのは罪悪感だけだった。そう……『罪を償わなければ』という強い意識だけで生きていたわ」

 ノーマンの顔を真っ直ぐ見た。

「そんな時にノーマンが私に言ったの『過去よりもどんな未来を作りたいか、それが大事なんだ』と。ああ……私にあるのは贖罪だけじゃないんだと気がついて、ルリやみんなと出会ってここまで来れたの」

「お姉さま……」

「でもね、罪の意識が消えたわけじゃないわ。ずっと心の底に燻っていた。ここでやらなかったら恐らくずっと……たとえ死んでも後悔すると思うわ。私一人の停止でみんなの未来に繋げられるなら、それだけで私が生きてきた価値はあったと思うの」

 カーラはみんなと少し離れてから、振り返って一人一人の顔を見ると、覚悟を決めた迷いのない笑顔を見せた。

「……ごめんね、私のわがままかもしれない。でも、それでも私はあの暴走カーラを止めたいの」

 カーラの声は静かだが揺るがなかった。その一言が、室内の空気を固く締めた。
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