蒼海のシグルーン

田柄満

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古代都市編

第18話 アルケー

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 部屋の中は相変わらず、空にはオーロラが輝き、焚き火は揺らめいていた。

「興が削がれたな……」

 アルケーはそう言うと、指を鳴らした。

シュン——

 瞬く間に、部屋の様子が一変する。オーロラも湖も焚き火も消え、床も壁も天井も、すべてが無機質な白一色へと変わった。焚き火の名残のように、ロの字型に並べられたベンチだけが取り残されている。

「景色を楽しみながら語らおうと思っていたが、どうもそういう雰囲気ではないようだね。」

 アルケーはノーマンたちを見渡した。

 ルリはベンチの上に寝かされ、カーラとノーマンは気絶した加藤を介抱していた。先ほどと違い、カーラのノーマンに対する態度はどこかよそよそしかった。

 アルケーは微かに笑い、「君となら、まともな話ができそうだ」と言うとベンチに腰を下ろして足を組んだ。

「なにしろ、君は僕の“可能性”でもあるからね。」

「お前自身……だと?」
 ノーマンはカーラを振り返ったが、カーラは床に横たわる加藤の頭を膝に乗せたまま、ただ目を逸らしていた。
 ため息をつき、ノーマンはアルケーの向かいのベンチに腰を下ろす。

「隠すことでもないので言うが——僕は、君たちが別の時間軸からこの世界に来たことを知っていたんだ。……そう、異常な時空の歪みを感知してね。君たちがこの世界に吐き出された瞬間、局所的な空間密度が異常変動した……」

 アルケーは少し考え込むような仕草をした後、僅かに口角を上げた。

「まあ、分かりやすく俗な言い方をするなら——タイムスリップの痕跡を見つけた、ということだ。」

「そのタイムスリップした俺たちを救急車に乗せたのは?」

「僕の指示さ。君たちに興味があったからね。……不思議じゃないかい? なぜ、カーラとルリがルミノイドに進化する今この瞬間に、君たちが立ち会えたのか?」

「……」

 アルケーはノーマンに顔を近づけると、「この出来すぎた偶然を、どう説明する?」 と囁いた。
「未解明の因果法則が関与している可能性がある。」

「そんな一万年という長いスパンで因果が作用すると思うのか?」

「ほう、一万年先の未来から来たのかい?」

 ノーマンはしまったという顔をした。

「なに、データを解析すればすぐに分かることだ。気にする必要はないよ。」

 アルケーは淡々と言いながら、興味深げにノーマンを見つめた。

「しかし、一万年か……。ますます興味が湧いてきたな。」

 アルケーは立ち上がるとカーラのそばに寄った。

「おい!カーラに近づくな!」
 
ノーマンが怒鳴るが、アルケーは右手で制した。
「少し話をするだけだ、酷い事をする気はないよ。」
 カーラに向かうと、片膝をついてカーラの視点に合わせて話しかけた。

「君は一万年後のカーラかい?」

カーラは体を固くして無言で横を向いた。

「僕は君の夫なんだよ?もう少し会話をする姿勢を示してくれても良いんじゃないかい?」

「あんなに酷い事をして夫を騙るのはやめて下さい。」

「さっきも言ったが、君は進化したんだよ?普通の人間に出来ない事が出来たはずだ」

 カーラはハッとした。アクパーラ号爆破事件で加藤が泣きながら言った『どうしてあんただけがそんな力を持てるんだよ』という言葉を思い出す。

「……なんていなかった。」
 カーラはと絞り出すような小さな声を出した。

「ん、なんだい?」

 アルケーが優しく聞き返す。

「そんな力、望んでなんていなかった!そうよ、確かに私は普通の人間にはできないことができる。でも、それが何? 望んでなんていなかった! むしろ……奪われたのよ!」
「君がここまで生き延びたのは、その力があったからだろう?」
「『破滅の天使』と呼ばれて忌み嫌われました!進化ですって?あなたがやったのは進化じゃない! ただの“改造”よ!」

「……なんだと?」 
 アルケーの眉がわずかに動いた。目の奥が、一瞬だけ鋭く光る。

「君は……本気でそう思っているのか?」

「あなたが勝手に『救済』だと思っているだけで、私たちにとっては奪われたことに過ぎない!あなたが私を助けたと言うなら、どうして私の意思は無視されたんですか?」

 アルケーは深いため息をついた。

「……失望したよ、カーラ」

「それはこっちの台詞です」

 カーラの静かな拒絶の言葉が、空間を切り裂くように響く。

 そのやり取りを見ていたノーマンが、ゆっくりとアルケーに歩み寄った。
「お前の価値観を押し付けておいて、気に入らなかったら『失望』か。随分と身勝手な神様気取りだな」
 アルケーは軽く目を細め、微笑を浮かべた。
「身勝手な神様? なるほど、そう言う君は一体なんだい? 彼女を救える神か? それとも、せいぜい慰めの言葉を囁くだけの人間か?」

 ノーマンの拳がわずかに震える。
「お前のやったことは救いじゃない!お前はカーラを助けたつもりでいるのか?」

「結果を見てから言ってくれ」
 アルケーは淡々と言い放つ。
「君がどれだけ正しい事を言おうが、今の彼女の身体はルミノイドのままだ。君の正義で、彼女を人間に戻せるのか?」

 ノーマンは言葉に詰まった。

「君の『人間らしさ』は尊いよ。だけど、正義だの倫理だのにすがっても、世界は君の望むようには変わらない。君がどれだけ吠えようと、彼女の身体はルミノイドのままだ——これは”事実”だ」
 アルケーは微かに肩をすくめる。
「神だろうが、人間だろうが、できることでしか世界を変えられないんだよ、ノーマン。君にできることがあるのなら、見せてみるといい」

 ノーマンは、アルケーの冷徹な論理に喉の奥で息を詰まらせながら、それでも食い下がる。

「人間は意志の力で科学を発展させ、芸術を作り、活動範囲を広げてきた」

 アルケーは笑みを消し、少しだけ首を傾げた。
「君の言う『意思』なんて、ただの主観だよ」

「主観……?」

「人間はみな環境によって変わる。君がそう考えるようになったのも、ここに来て得たデータの影響に過ぎない」

「……そうかもな」

「なら、今の君の考えも、大して意味はないよね?」

 ノーマンは目を伏せたが、次の瞬間、ふっと口角を上げた。
「そう思うのなら、お前はどうしてカーラを観察対象にするんだ?」

 アルケーの瞳が微かに動く。

「……?」

「データに過ぎないと言う割には、お前は妙にカーラにこだわるな」

「それは興味深いサンプルだからだよ」

「へぇ、サンプルね。でもな、お前のその言い方——どこか”期待”してるように聞こえるぜ?」

「……僕が?」

 アルケーの微笑が、ほんのわずかに崩れた。

「……君は、面白いね」

 それは、評価の言葉であり、同時に興味深げな研究者の視線だった。
 ノーマンは、アルケーの表情の変化を見逃さなかった。

「お前の中に”期待”があるなら——それは『意思』だ。お前がどれだけ論理的に振る舞おうと、結局、お前自身が”カーラに何かを求めてる”んじゃないのか?」

「…………」

 アルケーは答えなかった。

 しかし、その沈黙こそが、この議論における小さな綻びだった。

「う、うーん……」
 
カーラの膝に頭を乗せていた加藤が唸った。

「加藤さん!大丈夫ですか?」
 カーラが声をかける。
「お……おう、ここはどこだ……。あれ!か、体が動かねえ!」

「スタンバリアに触れたからね、神経ショックによる体性神経麻痺だ、あと数時間は動けないよ。」
「ノーマンあたしの代わりにそいつ2、3発殴っといて!」
「加藤さん、落ち着いて……」
「いや、無茶いうなよ」
「アルケーお前!体が動くようになったら覚えとけよ!」
「フッ期待してるよ。」

アルケーはチラリと腕時計を見た。

「さて、時間がないので僕は消えるよ。君たちも疲れたろう、部屋を用意したからそこで休むといい。」

「部屋?」

「おいおい、どこで寝泊まりするつもりだったんだ?部屋の出入りは自由だ、街を見物するのも部屋に留まるのも自由にすると良い。」

「なぜ、そこまでする?」

「言ったろ、観察対象だと。ふらふらとどこかに行かれても困るしな。……部屋に盗聴器などは付けていないから安心してくれ。」

「盗聴しないだと?」

「盗聴器なんて無粋なものは必要ないだろう。」

「興味深い対話だったよ、また会おう。」

そういうと、アルケーは部屋から出ていった。
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