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22、指輪の力

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『この指輪を使うときは、指輪を擦りながら話したい動物に話しかけるんだ。声を聞かせるだけでも効果はあるが、相手の体を触りながら話すと相手はほぼ完璧に操れる。どう使うかはお前次第だよ。』

ソフィアはベッドに寝転びながら姿を消したリカルドの言葉を思い出していた。


「せっかくもらったし一度試してみるか?」そう呟くと部屋から出て真っ直ぐ馬小屋に向かった。

この公爵邸にはそれはそれは立派な馬小屋がある。きちんと馬丁も雇われ、たくさんの馬を大切に飼育している。

ソフィアはここに来てからちょくちょく馬小屋を訪れ、馬の体調を見たり、ひと言馬丁に断ってから触らせてもらっていた。

多くの馬の中にソフィアが気に入っている葦毛の子がいた。ぜひその子で試してみたかったが残念なことに先客がいた。


執事のセバスチャンである。
聡明でめざとい彼のこと、説明をする羽目になるのが見えているので、ソフィアはそそくさと馬小屋を後にした。



いい天気だ。日差しがとても気持ちがいい。小鳥がさえずりながら空を飛び、たまに草むらでエサを啄んでいる。

この屋敷の庭師は高齢の男だが、殺生が嫌いで大の動物好きである。山のような大男でたっぷりとした白い口髭を生やしている。

毎日の仕事の合間に自慢の口髭を撫で付けつつ、目を細め小鳥たちにエサをやっているのだ。


だからかこの屋敷にやって来る鳥の種類が多い。ソフィアはまずにお近づきになる事にした。


近寄れるだけ近寄りゆっくりと指輪をこする。


ふわっと指輪が熱くなると声を抑え穏やかに話し始めた。


『その食べているエサを私にもくれないか?』そう話し鳥たちの方にそっと手を差し出してみた。


そう話した途端、エサを食べていた数羽の鳥が一斉に飛び上がり、ソフィアの手のひらにそれまで口に咥えて食べていたエサをポトリと落としたのだ。


そして彼らの意識や言葉がソフィアの頭の中に流れてきた。


『いいよ。食べなよ。私たちはいつもこのお屋敷で食べさせて貰ってるからね。』鳥たちが口々にソフィアに向かって話し出す。

ソフィアは『ありがとう』と言いつつ鳥たちにある事を話し始めた。







その夜、珍しくヨハンが早く帰ってきた。ソフィアも夕食がまだだったので2人で時間を合わせて一緒に食べる事になった。

「久しぶりじゃない?ヨハン。」とソフィアがにこやかに話を向けると

「あぁ、少しな。それよりエリザベス講師から色々と聞いてるよ。あと少しのところまで習得してるらしいね。」

「まあね。実際に厳しいけど良い講師だよ、エリザベス先生。」ヨハンにそう言って食事を進めるソフィア。


そんなソフィアの様子を見ながらヨハンは最初の出会いを思い出していた。

・・・・・・最初はとんでもない出会いだったな。しかし見違えた。今ではどこに出しても恥ずかしくない淑女だ。


少しでもソフィアが貴族の女性らしく振る舞えるように、先日の観劇以外でもソフィアを食事に誘ったり、気軽な夜会に同行させたりとヨハンの方でも心を砕いていた。


「ヨハン、何か悩んでるのか?随分と顔色が良くない。」ソフィアはカトラリーをおきジッとヨハンの顔色を見た。

「・・・・・・最近この国を取り囲む状況がよく無いんだ。」と呟くようにソフィアに話すと俯いた。


「良かったら聞こうか?少しでも楽になると思う。」そうソフィアが話すとヨハンはソフィアの瞳を見つめ話し出した。


「隠してもいずれ分かるだろうから話すけど、もうすぐアルファザードがここに攻めてくると言う情報が入ってる。」


「そうみたいだね。私も少し聞いてるよ。」


「国力の規模から言って総力戦になれば正直きついと思う。だから・・・・・・」


「・・・・・・・・・私も戦うよ?」


「いや、君は元々この国の人間では無い。巻き込むわけには行かない。」


「私がこの国で生まれたかどうかは関係ないよ。私がこの国を助けたいと思うが思わないかだ。ヨハン・・・・・・・・・今はそんな事言ってられないだろう?遠慮なく私を使え。」

「しっ、しかし。」ヨハンの顔が赤らみ本気で悔しがっているのが手に取るようにわかった。

「では私から頼む。私に騎士団の使用許可を出して欲しい。そして何名か腕の立つ者を付けてくれ。それだけでいい。後は私に任せろ。」

「・・・・・・・・・分かった。力を貸してくれソフィア。でも危ない事や危険な事はダメだ。絶対に戦う事はやめてくれ。」


「どうしてだ。お前、私の腕前はよく知ってるだろう?」グッとナフキンを握りしめてヨハンに食ってかかった。


「違う、君の実力を疑っているわけでは無いんだ。俺は君が万が一にでも傷つくところを見たく無いんだ。」そこまで話すとヨハンはソフィアを見つめてゴクリと息を呑んだ。


「ーーーー君が好きだソフィア。君を失いたくない。このままここに止まってこの件が済んだら私と一緒になって欲しい。」と一気に話した。



この部屋の片隅で空気になっている筈のセバスチャンの方から、わずかに空気が乱れた気がした。


ソフィアは驚きのあまり何も言い返せず、しばらくヨハンを見つめて時が止まったかのようにジッと固まっていた。

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