5 / 12
優美という女
優美という女1
しおりを挟む
私の実家は建設業を営んでいた。
小さい頃から、父は誇らしい存在だった。
「お父さんは街を作る人なんだよ」
母がそう教えてくれた通り、父の建てた家や店が街のあちこちにあった。
でも中学生になった頃から、父の表情が暗くなることが増えた。
会社の経営が苦しいらしく、夕飯の時の父の愚痴を、私はぼんやり聞いていた。
高校に入ると、私はコンビニでバイトを始めた。
家計の足しになればと思ったけど、実際は自分の携帯代や交通費で消えていった。
同級生が恋バナで盛り上がる中、私はシフトの心配ばかりしていた。
父の会社が潰れたのは、私が大学二年の時だった。
それでも父は、一緒に働いてくれていた職人さんたちの給料だけは最後まで払った。
「俺が雇った以上、最後まで責任を取る」
そう言って、家も土地も全部担保に入れて借金をした。
「優美に迷惑をかけて、本当にすまない」
父の目元が潤んでいた。
父が泣いているのを初めて見た。
それからは、本格的にバイトの日々が始まった。
昼は大学、夜はファミレス、土日はイベントスタッフ。
友達と遊ぶ時間なんてなかった。
恋愛なんてもってのほかだ。
「優美ちゃん、彼氏とかいないの?」
バイト先でよく聞かれたが、いつも苦笑いでごまかした。
恋愛なんて、私には縁のない世界の話だった。
大学を卒業して、やっと正社員になれた時、ほっとした。
これで少しずつでも借金を返していける。
父と母を安心させてあげられる。
そう思った。
でも現実は甘くなかった――
正社員になったものの、世界的な景気の落ち込みで、業績が伸び悩み、賞与は見送りになった。
手取りは思った以上に少なく、家賃や光熱費、交通費を払うと、ほとんど残らない。
「返済に回せるのは、これだけ……」
通帳の数字を見つめながら、胸が苦しくなった。
頑張っているのに、元本はほとんど減っていかない。
同僚たちが「旅行行こう」「次はどこで飲む?」と楽しそうに話しているのを横目に、
私は一人、帰りの電車でどうやって節約するかを考えていた。
食費を削れば少しは返済に回せる。
でも無理をして体を壊したら、働くことさえできなくなる。
どうしたらいいのかわからなくなって、夜ベッドに潜り込むと涙が出てきた。
正社員になれば、少しは楽になれると思っていたのに。
「……副業、探すしかないのかな」
* * *
仕事帰り、夜の街をとぼとぼ歩いていると、スーツ姿の男性が声をかけてきた。
「こんばんは。お疲れですか?」
「え……?」
突然の声に立ち止まると、彼はにこやかに名刺を差し出してきた。
「学生さん?それとも社会人? ――短時間で稼げるお仕事、興味ない?」
怪しい。絶対に怪しい。
私は慌てて首を振った。
「すみません、そういうのは……」
「いやいや、危ない仕事じゃないよ。普通にお客さんと話すだけ。未経験でも大丈夫だし、勤務は夜だけ。君みたいに真面目そうな子に向いてる」
軽い口調でそう言われ、余計に怪しく思えた。
でも、渡された名刺を断りきれずに受け取ってしまった。
「よかったら連絡してみて」
そう言って彼は人混みに消えていった。
手元の名刺を見つめる。
白い紙に印刷された店名が浮かんでいる。
――絶対、関わらない方がいい。
そう思いながらも、名刺を捨てられなかった。
通帳に並ぶ冷たい数字が、私の手を止めていた。
小さい頃から、父は誇らしい存在だった。
「お父さんは街を作る人なんだよ」
母がそう教えてくれた通り、父の建てた家や店が街のあちこちにあった。
でも中学生になった頃から、父の表情が暗くなることが増えた。
会社の経営が苦しいらしく、夕飯の時の父の愚痴を、私はぼんやり聞いていた。
高校に入ると、私はコンビニでバイトを始めた。
家計の足しになればと思ったけど、実際は自分の携帯代や交通費で消えていった。
同級生が恋バナで盛り上がる中、私はシフトの心配ばかりしていた。
父の会社が潰れたのは、私が大学二年の時だった。
それでも父は、一緒に働いてくれていた職人さんたちの給料だけは最後まで払った。
「俺が雇った以上、最後まで責任を取る」
そう言って、家も土地も全部担保に入れて借金をした。
「優美に迷惑をかけて、本当にすまない」
父の目元が潤んでいた。
父が泣いているのを初めて見た。
それからは、本格的にバイトの日々が始まった。
昼は大学、夜はファミレス、土日はイベントスタッフ。
友達と遊ぶ時間なんてなかった。
恋愛なんてもってのほかだ。
「優美ちゃん、彼氏とかいないの?」
バイト先でよく聞かれたが、いつも苦笑いでごまかした。
恋愛なんて、私には縁のない世界の話だった。
大学を卒業して、やっと正社員になれた時、ほっとした。
これで少しずつでも借金を返していける。
父と母を安心させてあげられる。
そう思った。
でも現実は甘くなかった――
正社員になったものの、世界的な景気の落ち込みで、業績が伸び悩み、賞与は見送りになった。
手取りは思った以上に少なく、家賃や光熱費、交通費を払うと、ほとんど残らない。
「返済に回せるのは、これだけ……」
通帳の数字を見つめながら、胸が苦しくなった。
頑張っているのに、元本はほとんど減っていかない。
同僚たちが「旅行行こう」「次はどこで飲む?」と楽しそうに話しているのを横目に、
私は一人、帰りの電車でどうやって節約するかを考えていた。
食費を削れば少しは返済に回せる。
でも無理をして体を壊したら、働くことさえできなくなる。
どうしたらいいのかわからなくなって、夜ベッドに潜り込むと涙が出てきた。
正社員になれば、少しは楽になれると思っていたのに。
「……副業、探すしかないのかな」
* * *
仕事帰り、夜の街をとぼとぼ歩いていると、スーツ姿の男性が声をかけてきた。
「こんばんは。お疲れですか?」
「え……?」
突然の声に立ち止まると、彼はにこやかに名刺を差し出してきた。
「学生さん?それとも社会人? ――短時間で稼げるお仕事、興味ない?」
怪しい。絶対に怪しい。
私は慌てて首を振った。
「すみません、そういうのは……」
「いやいや、危ない仕事じゃないよ。普通にお客さんと話すだけ。未経験でも大丈夫だし、勤務は夜だけ。君みたいに真面目そうな子に向いてる」
軽い口調でそう言われ、余計に怪しく思えた。
でも、渡された名刺を断りきれずに受け取ってしまった。
「よかったら連絡してみて」
そう言って彼は人混みに消えていった。
手元の名刺を見つめる。
白い紙に印刷された店名が浮かんでいる。
――絶対、関わらない方がいい。
そう思いながらも、名刺を捨てられなかった。
通帳に並ぶ冷たい数字が、私の手を止めていた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~
葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。
「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。
小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。
若くしてプロジェクトチームを任される彼は、
かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、
遠く、眩しい存在になっていた。
優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。
もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。
それでも——
8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。
これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。
幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
葉月 まい
恋愛
近すぎて遠い存在
一緒にいるのに 言えない言葉
すれ違い、通り過ぎる二人の想いは
いつか重なるのだろうか…
心に秘めた想いを
いつか伝えてもいいのだろうか…
遠回りする幼馴染二人の恋の行方は?
幼い頃からいつも一緒にいた
幼馴染の朱里と瑛。
瑛は自分の辛い境遇に巻き込むまいと、
朱里を遠ざけようとする。
そうとは知らず、朱里は寂しさを抱えて…
・*:.。. ♡ 登場人物 ♡.。.:*・
栗田 朱里(21歳)… 大学生
桐生 瑛(21歳)… 大学生
桐生ホールディングス 御曹司
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
桜のティアラ〜はじまりの六日間〜
葉月 まい
恋愛
ー大好きな人とは、住む世界が違うー
たとえ好きになっても
気持ちを打ち明けるわけにはいかない
それは相手を想うからこそ…
純粋な二人の恋物語
永遠に続く六日間が、今、はじまる…
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
花咲くように 微笑んで 【書籍化】
葉月 まい
恋愛
初恋の先輩、春樹の結婚式に
出席した菜乃花は
ひょんなことから颯真と知り合う
胸に抱えた挫折と失恋
仕事への葛藤
互いの悩みを打ち明け
心を通わせていくが
二人の関係は平行線のまま
ある日菜乃花は別のドクターと出かけることになり、そこで思わぬ事態となる…
✼•• ┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈••✼
鈴原 菜乃花(24歳)…図書館司書
宮瀬 颯真(28歳)…救急科専攻医
Bravissima!
葉月 まい
恋愛
トラウマに悩む天才ピアニストと
俺様キャラの御曹司 かつ若きコンサートマスター
過去を乗り越え 互いに寄り添い
いつしか最高のパートナーとなる
『Bravissima!俺の女神』
゚・*:.。♡。.:*・゜゚・*:.。♡。.:*・゜
過去のトラウマから舞台に立つのが怖い芽衣は如月フィルのコンマス、聖の伴奏ピアニストを務めることに。
互いの音に寄り添い、支え合い、いつしか芽衣は過去を乗り超えていく。
✧♫•・*¨*•.♡。.:登場人物:.。♡.•*¨*・•♫✧
木村 芽衣(22歳) …音大ピアノ科4年生
如月 聖(27歳) …ヴァイオリニスト・如月フィルコンサートマスター
高瀬 公平(27歳) …如月フィル事務局長
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる