あなた専属になります─番外編集─

七転び八起き

文字の大きさ
10 / 12
その他番外編エピソード

永遠の専属契約

しおりを挟む
東京で婚姻届を提出したその日、私たちは空港にいた。

行き先は、三年前のあの雪の夜を過ごした温泉旅館――。

「本当に、また来ましたね」

機内で私がつぶやくと、河内さんは窓の外の雲を眺めながら静かに答えた。

「あの時の答えを、あそこで聞きたいんだ」

あの大雪の夜。彼が突然口にした言葉が、今でも心の奥で響いている。

『二人でどこかで暮らさないか』

* * *

夕暮れ時、懐かしい木造の玄関に足を向けた。

「おかえりなさいませ。この度はおめでとうございます」

女将さんは私たちを見て、目を細めて微笑んだ。

え……なんで女将さん知っているの?

河内さんの方を見ると、笑みを浮かべている。
いつの間にか連絡をとっていたんだ。

「お二人の幸せそうなお顔を見ていると、こちらまで嬉しくなります」

案内された部屋は、三年前のあの日泊まった客室だった。

けれど畳に足をつけた瞬間、あの時とは全く違う気持ちが胸を満たした。

――三年前、私はここで一睡もできなかった。

河内さんの言葉が冗談なのか本気なのかわからず、自分の気持ちすらわからず、ただ混乱していた。
河内さんもまた、翌朝「冗談だ」と言ってごまかしていた。
お互い、本当の気持ちを伝える勇気がなかった。

でも今は違う。

* * *

「本日は特別に、新婚のお祝いとして心ばかりの祝膳をご用意いたしました」

運ばれてきた料理は、三年前よりもさらに豪華だった。
鯛の尾頭付き、お赤飯、紅白のお吸い物。

「女将さんが気を遣ってくださったんですね」

「ああ。あの時も世話になったからな」

河内さんがお猪口を持ち上げる。
私は烏龍茶の湯呑みを持った。

「乾杯」

お互いを見つめ合って、小さく笑った。

「あの時はこんな風に笑えなかったな」

河内さんがしみじみと言う。

「はい。私、あの時は河内さんがよくわからなくて混乱してました」

「あの時は……かなり精神的にきつかったな」

河内さんのお父さんから反対された私たちの関係。
あれがきっかけで離れ離れになってしまった。
今だから言える本音だった。

* * *

食事を終えると、女将さんは静かに襖を閉めて退室した。

部屋に残ったのは、夫婦になったばかりの二人だけ。

窓の外では、夜が静かに更けていく。
三年前と同じ景色なのに、心境は全く違った。

「優美」

河内さんが正座をして、私の前に座った。
その手には、小さな箱があった。

「これを渡すために、ここに来たかった」

箱を開けると、シンプルで上品な結婚指輪が二つ、月明かりを受けて静かに光っていた。

「三年前、この部屋で『二人で暮らさないか』と言った。あの時は冗談でごまかしたけれど、本当は真剣だった」

河内さんの声が微かに震えた。

「でも俺には、お前の答えを待つ勇気がなかった。拒絶されるのが怖くて、逃げてしまった」

私も正座をし直して、彼と向き合った。

「私も、あの時は怖くて逃げてしまいました。でも今は違います」

河内さんが私の左手を取る。
薬指に、そっと指輪をはめてくれた。

「改めて聞く。優美、俺と一緒にいてくれるか。この先ずっと」

その瞳に迷いはない。
私も迷わず答えた。

「はい。ずっと一緒にいます。どこにも行きません」

今度は私が、河内さんの薬指に指輪をはめた。
確かな気持ちを込めて。

「……やっと、あの時の答えをもらえたな」

河内さんが安堵の表情を浮かべる。

「遅くなってごめんなさい。でも、これが私の本当の気持ちです」

お互いの左手の薬指の指輪がそっと触れ合う。
私たちの永遠の証。

「優美」

河内さんが私を抱き寄せる。
あの時とは違う、穏やかで確かな温もりだった。

「永遠の専属契約だな」

その言葉を聞いた瞬間、少し笑ってしまった。

「はい。これは法的契約ですしね」

あの時のように迷ったり、恐れることもない。
ただ愛する人との幸せを、心の底から感じていた。

遠くで温泉の湯が流れる音がする。
この部屋で、私たちは本当の意味で夫婦になった。

そっと唇を重ねた。
薬指の指輪が、月明かりの中で静かに輝いている。

三年前の迷いと恐れは、今夜、愛と確信に変わった。

――fin
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

同期と私の、あと一歩の恋

松本ユミ
恋愛
同期の本田慧に密かに想いを寄せる広瀬紗世は、過去のトラウマから一歩踏み出せずにいた。 半年前、慧が『好きな人がいる』と言って告白を断る場面を目撃して以来、紗世は彼への想いを心の中に閉じ込めてしまう。 それでも同期として共に切磋琢磨する関係を続けていたが、慧の一言をきっかけに紗世の心が動き出す。

年上女は年下上司に愛される。

國樹田 樹
恋愛
「先輩! 年上の女性を落とすにはどうしたらいいですか!?」と切羽詰った様子で迫ってきたのは後輩、沢渡 啓志。 「あーやっぱ頼りがいのある男とかに弱いんじゃない?」と軽ーく返した私に、彼は元気に返事して。――いつの間にか、先を越されていた。 あれ……あいついつの間に私の上司になった? とかそんな話。

【完結】泡になった約束

山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。 夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。 洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。 愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。 そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。 振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。 平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

【完結】身代わりの仮婚約者になったら、銀髪王子に人生丸ごと買い占められた件

ななせくるみ
恋愛
聖プレジール学園。 そこは、世界中の富豪の子息が集まる超名門校 特待生の庶民・花咲ひまりの目標は 目立たず平穏に卒業すること。 だがある日、学園の絶対君主であり、 完璧な「王子」と称えられる一条蓮から 衝撃の宣言をされる。 「今日から君が、俺の仮の婚約者だ」と。 冷徹な王子様だと思っていた蓮は 二人きりになるとまるで別人で――? 格差1億円の溺愛シンデレラストーリー 開幕です!!

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

譲れない秘密の溺愛

恋文春奈
恋愛
憧れの的、国宝級にイケメンな一条社長と秘密で付き合っている 社内一人気の氷室先輩が急接近!? 憧れの二人に愛される美波だけど… 「美波…今日充電させて」 「俺だけに愛されて」 一条 朝陽 完全無欠なイケメン×鈴木 美波 無自覚隠れ美女

わたしの愉快な旦那さん

川上桃園
恋愛
 あまりの辛さにブラックすぎるバイトをやめた。最後塩まかれたけど気にしない。  あ、そういえばこの店入ったことなかったな、入ってみよう。 「何かお探しですか」  その店はなんでも取り扱うという。噂によると彼氏も紹介してくれるらしい。でもそんなのいらない。彼氏だったらすぐに離れてしまうかもしれないのだから。  店員のお兄さんを前にてんぱった私は。 「旦那さんが欲しいです……」  と、斜め上の回答をしてしまった。でもお兄さんは優しい。 「どんな旦那さんをお望みですか」 「え、えっと……愉快な、旦那さん?」  そしてお兄さんは自分を指差した。 「僕が、お客様のお探しの『愉快な旦那さん』ですよ」  そこから始まる恋のお話です。大学生女子と社会人男子(御曹司)。ほのぼのとした日常恋愛もの

処理中です...