夜明けの旋律─二人の繋いだ手の先に待ち受けるもの─

七転び八起き

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葛藤

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「悟史くん、ブランクがあったとは思えないくらい素晴らしい!」

 そう言われたのは、母の大学時代の友人だった。
 母もピアニストを目指していたが、夢破れてピアノ教室を開いていた。
 そして俺をピアニストにすべく、毎日ピアノの練習を叩きこんでいた。

 そして、中学二年のコンクール──

 俺は曲の途中で途切れてしまった。
 結果は落選。

 ここで気持ちを切り替えて、また次頑張ればいい。
 だけど、ここで燃え尽きてしまった。
 母の励ましの言葉は全く耳に入ってこなかった。

 それから、ピアノを一切やらなくなってふさぎ込んでいた。
 ただの何も持たない少年になった。

 ──そして中学を卒業した。

 高校は家から比較的近い場所を受験して入った。
 中学までの自分を捨てて、普通の高校生を演じていた。

 でも、いつの間にか音楽室に俺はいた。

 色んな先生や生徒が触れたピアノ。
 何故か今まで見たピアノの中で一番美しかった。

 久々に鍵盤を押した。
 その重み、音、体が芯から震えた。

 それから、あそこだけで弾くようになった。

 親にやらされていただけのはずだったピアノ。
 俺の一部になっていた。

「悟史くん、今日学校どうだった?」
 薫さんが尋ねる。

「今日もいつも通りですよ」
「悟史くんは勉強もできるし見た目もいいし、何も困ることなさそうね」

 そういうふうに見えるのか。
 大人からは。

 満たされない何かを抱えながら、ただ毎日をやり過ごす。
 そんな時間を大人は青春と呼ぶ。
 ただ若いだけだ。

 ──でも、今はあの時とは違う。

 俺は見つけてしまった。

 大切なものを。

 ***

 柏木いぶき

 俺の放課後のピアノの時間に突然現れた男子生徒。

 茶色がかった、少しクセのある髪。
 大きく澄んだ瞳。

 特に何か秀でたものを感じない、普通の男子高生。

 ただ、俺のピアノを気に入っていた。
 俺のピアノを聞いている時、顔が高揚している。
 夕陽に照らされた瞳が輝く。

 最初は興味本位で近づいてきただけかと思っていた。
 でも、いぶきは音楽に真剣に向き合っていた。
 一生懸命練習していた。

 やらされていた俺とは違って、自分から積極的にピアノをやろうとする姿に、俺はだんだんと心が揺れ動いた。

 それなのに、何故、この感情が生まれてしまったのだろう。

 窓の外を眺める。

 わからない。
 ただ、俺は。

 いぶきがいるから頑張れる。
 いぶきが心から大切だ。

 なのに、いぶきが側にいると、止められない衝動が沸きあがる。
 困らせているのはわかっている。
 なのに、抑えられない。

 どうすればいいのか、途方にくれていた。
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