夜明けの旋律─二人の繋いだ手の先に待ち受けるもの─

七転び八起き

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 朦朧とした意識の中、バイトに向かった。
 時計を見ると、シフトの開始時間を五分過ぎていた。

 走る。息が切れる。足が重い。

 唯川の声。触れた手。重なった唇。

『いぶきが欲しくて仕方がない』

 鞄の紐をぐっと握った。

 暗闇の中を駆け抜ける。

 ***

 コンビニに着いた時、すでに三十分遅刻していた。

「すみません!」

 息を切らせながら入ると、青柳さんがレジにいた。

「おー、いぶきくん。どうした?」
「学校で、面談があって……すみません」

 バックヤードで制服に着替える。
 鏡に映る自分の顔が、やつれて見えた。

 ゆっくり深呼吸をして、店内に出た。

 ***

 バイト中、何度もミスをした。

 レジの打ち間違い。
 商品の補充場所を忘れる。
 客に話しかけられても、反応が遅い。

「いぶきくん、大丈夫?」

 青柳さんが、心配そうに声をかけてくる。

「はい、大丈夫です」

 嘘だった。
 全然、大丈夫じゃなかった。

 青柳さんは何も言わず、フォローしてくれた。

 時間が過ぎていく。

 客足が途絶える時間帯。
 店内には、二人だけ。

「いぶきくん」

 青柳さんが、バックヤードから顔を出した。

「ちょっと来て」

 言われるがままに、バックヤードへ。
 青柳さんが、缶コーヒー持っていた。

「飲んで」
「…ありがとうございます」

 温かいコーヒーを飲んだら、少し落ち着いた。

「……何かあった?」

 青柳さんが、静かに聞いた。

 何も答えられなかった。
 喉の奥が、詰まる。

「無理に話さなくてもいいよ。でもさ──」

 青柳さんと目が合う。

「今のいぶきくん、すごく辛そうに見える」

 その言葉で、何かが決壊した。

「……唯川が…友達が」

 声が、震えた。

「今日、言われたんです」

「何を?」

「『いぶきのいない未来なんていらない』って」

 青柳さんは、黙って聞いていた。

「それで、俺……どうしていいかわからなくて」

 言葉が溢れてくる。

「唯川は音大目指してて、必死で頑張ってて。俺なんかが邪魔したら、だめなのに。俺、どうすればいいのか……」

 声が、掠れた。

 青柳さんは、ゆっくりと息を吐いた。

「……重いな」
「え?」
「その唯川って子、いぶきくんに依存してる」

「好きとか、大切とか、そういうのはわかる。でも、『お前がいないとできない』ってのは、違うと思う」

 青柳さんの言葉が、胸に刺さる。

「いぶきくんは、その子の全部を背負う必要ないんだよ」
「でも……」
「暫く、離れてみたら?」

「距離を置いて、自分の気持ちを整理する時間を持つ。それで、また会いたいって思ったら、会えばいい」

 青柳さんの声が、優しかった。

「今のいぶきくん、自分のこと見失ってるよ」

 ……そうかもしれない。

「はい…そうかもしれません。突然こんなこと話してすみません」
「ううん、全然大丈夫」

 青柳さんは軽い笑顔で微笑んだ。

「仕事、終わったら、うち来る?」
「え?」
「ギター、やろうよ。気分転換」

 いぶきは、少し考えて、頷いた。

「はい。ありがとうございます」

 そのあと、バイトが終わる時間まで、何事もなかったかのように青柳さんは接してくれた。
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