夜明けの旋律─二人の繋いだ手の先に待ち受けるもの─

七転び八起き

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綺麗じゃない

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 あれから、いぶきとはすれ違ったままだった。

 当然だ。あの日、俺が追い詰めた。

『いぶきのいない未来なんて、いらない』

 そんな言葉を投げつけてしまった。
 困らせると分かっていながら止められなかった。
 あの時、感情に飲み込まれていた。

 教室の窓から見えるいぶきの後ろ姿。
 いつもと変わらない。
 でも何かが違う。
 少し元気がない気がした。
 俺が傷つけた。その事実が胸に刺さる。

 ***

 放課後。薫さんの車が校門の前に停まっていた。

「悟史くん、お疲れさま」

 車に乗り込む。エンジンの音が、遠くに響いた。

「今日はこの前の続きをやりましょうか」
「はい」

「……元気ない?」
「大丈夫です」

 薫さんはそれ以上何も聞かなかった。

 ***

 レッスン室。グランドピアノの前に座る。
 鍵盤に手を置いて弾き始めた。

 音は流れていく。けれど、心がついてこない。
 何のために弾いているのか分からなくなっていた。

 無心で指を動かすたび、空虚さが広がっていく。
 あの頃のようだ。母にやらされていた時の感覚。

 途中で手が止まった。

「悟史くん?」
「……すみません。もう一度」

 再び弾き始めたが、音はただの音だった。

 ***

 レッスンが終わり、車で送ってもらう。
 家の前で薫さんが言った。

「無理してない?」
「大丈夫です」
「悩みがあるなら、いつでも相談してね」

 頷いて家に入る。

 玄関で母が出迎えた。

「おかえり」
「ただいま」

「最近、元気ないわね」
「……大丈夫」

 母はそれ以上何も言わなかった。

 階段を上がる背中に視線が刺さる。
 でも話せない。
 このことは。

 ***

 部屋に入って、ベッドに倒れ込む。
 いぶきとのトーク画面を開く。

『ごめん』

 それきり何もない。

 指先が動く。
 何か言葉を打っては消していた。

「最低だな、俺」

 声に出すと、涙が溢れた。

 ***

 いつの間にか眠っていた。夢を見た。

 音楽室で、いぶきと並んでピアノを弾いている。
 笑っているいぶき。俺も笑っている。

 そのまま抱きしめた。温かい体温。優しい匂い。
 夢の中で、確かに生きていた。

「いぶき、好き」
「俺も」

 言葉が重なって、すべてが満たされる。

 ***

 目が覚めると、頬が濡れていた。
 夢だった。

 幸せだったのに、現実にはいぶきはいない。
 離れていった。俺が壊した。

 会いたい、触れたい。
 でも連絡できない。
 嫌われたかもしれない。

 音楽室のいぶきは、音で繋がろうとしていた。
 俺は、それだけじゃ足りなかった。

 夢で抱いた感触が忘れられない。
 あれが、俺の愛の形。

 綺麗じゃない。

「……ごめん」

 声を殺して泣いた。  
 涙の音だけが、部屋に響いた。
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