夜明けの旋律─二人の繋いだ手の先に待ち受けるもの─

七転び八起き

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逃げない

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 水曜日のバイトが終わって、青柳さんの部屋に向かった。

「今日もギター?」
 青柳さんが笑う。

「はい、すみません」
「俺はいいよ。いぶきくん来てくれると嬉しいし」

 部屋に入ると、いつものロックバンドのポスターが壁に貼ってある。

「じゃあ今日は前の続きからやろうか」

 青柳さんにアコギを渡される。

「はい」

 青柳さんの青いピックで弦を弾く。
 音が響く。

 しばらく練習を続けた後、青柳さんが手を止めた。

「そういえば」
「はい?」
「あの子と、どうなった?」

 心臓が、跳ねた。

「……何も、話してないです」
「何も?」
「はい」

 青柳さんが、ギターを置いた。

「その子と、本当はあの時、何があったの?」

 言いにくい。でも、中途半端に濁してもきっと何も変わらない。

「……触れられました」

 青柳さんが、少しだけ目を見開いた。

「そういうことか」

 青柳さんは何か腑に落ちたようだった。

「誰にも言えなくて」

 青柳さんは天井を見ながら何かを考えていた。

「それ、放置したらその子キツイと思うよ」
「……」
「いぶきくんは、その子のことどう思ってるの?」
「……友達以上の存在です」
「距離を置けって俺は言ったけど、仲直りしても、その子のその気持ちはずっと置き去りなままだ」
「でも、俺……」
「怖いのはわかる」

 青柳さんが、窓の方を向いた。

「でも、その子も怖いんだよ」
「……」
「拒絶されたって思ってるかもしれない」

 胸が、痛くなった。

「俺、どうすれば……」
「話せばいいよ」

 青柳さんが、振り返った。

「いぶきくんの気持ち、全部」
「全部?」
「うん。怖いことも、わからないことも、全部」

 青柳さんが、煙草を取り出した。

「それで離れていくなら、それまで」

「でも、ちゃんと伝えなかったら、後悔するよ」

 窓を開けて、煙草に火をつける。
 煙が、夜空に溶けていく。

「……わかりました」

 この人に話せてよかった。
 本当はどう思っているかはわからないけど、俺には必要な言葉だった。

「青柳さん、ありがとうございます」

 頭を下げた。

 青柳さんが、少しだけ笑った。
「お安い御用~」

 青柳さんがじっと見つめる。

「いぶきくん、素直だから好きだよ」
「え?」
「その素直さ、その子にも見せてやれよ」
「はい」

 青柳さんは、煙草を消した。
 そしてギターを構えた。

「じゃあ俺の好きなラブソングを弾いてあげる」

 青柳さんは弦を鳴らし始めた。
 その旋律は、心の奥に優しく触れるような音だった。

 ふと唯川の顔が浮かんだ。
 あの日の、泣きそうで苦しそうにな表情。

 今あいつはどうしているのか、何を思っているのか──

 ***

 部屋を出て、駅に向かう道を歩いていた。
 スマホを取り出す。
 唯川のトーク画面を開く。

『ごめん』で止まったままの会話。

 画面に指を滑らせる。

『話したい。明日の放課後、音楽室で』

 送信を押す。

 駅に向かっている最中、スマホが震えた。

『わかった』

 胸が熱くなった。

 明日、唯川に会える。

 何を話せばいいかわからない。
 でも、全部言おうと思った。

 怖いことも、わからないことも、全部。

 改札を抜けて、ホームに向かう。

 電車が来る。
 乗り込む。

 窓に映る自分の顔が、少しだけ強ばっていた。

 でも、逃げない。

 そう、心に決めた。
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