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第19話 逃げられない
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まさか河内さんがここにまた来るとは思わなかった……。
思わず目を逸らしてしまった。
そして、ゆっくり隣に座った。
「なんでここにいる」
いつもに増して低音な声だった。
「早く借金を返そうと思いまして……」
気まずい沈黙が流れた。
「俺とそんなに別れたいのか?」
そういうわけじゃない。
だけど、不釣り合いで、将来が見えないこの関係が苦しい。
「私はただ借金をちゃんと返したいんです。せめて普通のOLになりたいんです」
この人に守られるだけじゃなく、自分でどうにかしたいんだ。
じゃないと対等じゃない。
「頑固だな……」
河内さんは呆れていた。
「じゃあ……好きにすればいい。だが……」
怪しげな瞳をしている。
「俺の専属にする」
「え!?」
それじゃ……退職する意味がなくなる!
どうしよう、ここをやめようかな……。
でも出戻ったばかりだし、この人なら次の店も来て同じことをしそう……。
結局どこに行っても追いかけてくるかもしれない。
「なんでこんな何も持たない女に執着するんですか……?」
河内さんに睨まれた。
私は蛇に睨まれた蛙になった。
「逃げるからだ。それに……」
河内さんの手が私の手に触れた。
「本気で好きになったからだよ」
──涙が溢れそうになったのを必死に堪えた。
「お前も俺を好きだと言っただろ。あれは嘘だったのか?」
なんで離れたいのに引き寄せられてしまうのだろう。
「嘘じゃないですよ」
「じゃあ戻ってこい」
「無理です」
「は?」
「出戻ったばかりで直ぐに辞められません。お店に迷惑かけたくないです。あと借金はちゃんと返したいんです」
河内さんから戸惑いと怒りを感じる。
「堂々巡りだな……ならわからせてやる」
河内さんは立ち上がった。
「俺から逃げられないことを」
河内さんはそう言い残して去っていった。
それはどういう意味……?
不安が広がった。
* * *
翌日──
「副社長、こちら確認して頂きたいのですが」
私は資料を提出した。
「ああ。これでいい」
「それと……辞表はいつ受理されるのでしょうか……」
「そんな物は知らない」
この人は……。
私は次の日もまた辞表を提出した。
河内さんは受け取るけど、次の日にはそれはなかったことになる。
「もう退職代行に頼もうかな……」
デスクで悩んだ。
でも、仕事を投げ出したようで、それは嫌だった。
仕事を辞めるなら、最後までちゃんとやり遂げたい。
私は何とか受理されるまで粘ることにした。
* * *
──そして夜。
ラウンジで客につく。
「さくらさん、指名です」
指名……嫌な予感しかしない。
恐る恐る卓に行ったら、佐久間さんがいた。
「さくらさん、こんばんは」
穏やかな笑顔だった。
「また来てくれたんですね。ご指名ありがとうございます」
「うん。また会いたいって思ってたから」
う、嬉しい……!
この仕事をやっていて初めてやりがいを感じた。
「お仕事、今もお忙しいんですか?」
「残業がない方が珍しいね……」
そんな合間を縫って来てくれたのか……。
他愛もない会話を佐久間さんとしている時間は、穏やかな気持ちでいられた。
その時、黒服が近寄って来た。
「さくらさん、ご指名です」
う……。
もう次は確定だ。
「すみません、少し席を外します……」
「うん。待ってる」
優しい顔だった。
ラウンジを見渡す限り、どこにも“その人”らしき人はいない。
「VIPルームの方です」
黒服が言った。
「え!?」
連れていかれた先には――
VIPルームで堂々と座っている河内さんがいた。
思わず目を逸らしてしまった。
そして、ゆっくり隣に座った。
「なんでここにいる」
いつもに増して低音な声だった。
「早く借金を返そうと思いまして……」
気まずい沈黙が流れた。
「俺とそんなに別れたいのか?」
そういうわけじゃない。
だけど、不釣り合いで、将来が見えないこの関係が苦しい。
「私はただ借金をちゃんと返したいんです。せめて普通のOLになりたいんです」
この人に守られるだけじゃなく、自分でどうにかしたいんだ。
じゃないと対等じゃない。
「頑固だな……」
河内さんは呆れていた。
「じゃあ……好きにすればいい。だが……」
怪しげな瞳をしている。
「俺の専属にする」
「え!?」
それじゃ……退職する意味がなくなる!
どうしよう、ここをやめようかな……。
でも出戻ったばかりだし、この人なら次の店も来て同じことをしそう……。
結局どこに行っても追いかけてくるかもしれない。
「なんでこんな何も持たない女に執着するんですか……?」
河内さんに睨まれた。
私は蛇に睨まれた蛙になった。
「逃げるからだ。それに……」
河内さんの手が私の手に触れた。
「本気で好きになったからだよ」
──涙が溢れそうになったのを必死に堪えた。
「お前も俺を好きだと言っただろ。あれは嘘だったのか?」
なんで離れたいのに引き寄せられてしまうのだろう。
「嘘じゃないですよ」
「じゃあ戻ってこい」
「無理です」
「は?」
「出戻ったばかりで直ぐに辞められません。お店に迷惑かけたくないです。あと借金はちゃんと返したいんです」
河内さんから戸惑いと怒りを感じる。
「堂々巡りだな……ならわからせてやる」
河内さんは立ち上がった。
「俺から逃げられないことを」
河内さんはそう言い残して去っていった。
それはどういう意味……?
不安が広がった。
* * *
翌日──
「副社長、こちら確認して頂きたいのですが」
私は資料を提出した。
「ああ。これでいい」
「それと……辞表はいつ受理されるのでしょうか……」
「そんな物は知らない」
この人は……。
私は次の日もまた辞表を提出した。
河内さんは受け取るけど、次の日にはそれはなかったことになる。
「もう退職代行に頼もうかな……」
デスクで悩んだ。
でも、仕事を投げ出したようで、それは嫌だった。
仕事を辞めるなら、最後までちゃんとやり遂げたい。
私は何とか受理されるまで粘ることにした。
* * *
──そして夜。
ラウンジで客につく。
「さくらさん、指名です」
指名……嫌な予感しかしない。
恐る恐る卓に行ったら、佐久間さんがいた。
「さくらさん、こんばんは」
穏やかな笑顔だった。
「また来てくれたんですね。ご指名ありがとうございます」
「うん。また会いたいって思ってたから」
う、嬉しい……!
この仕事をやっていて初めてやりがいを感じた。
「お仕事、今もお忙しいんですか?」
「残業がない方が珍しいね……」
そんな合間を縫って来てくれたのか……。
他愛もない会話を佐久間さんとしている時間は、穏やかな気持ちでいられた。
その時、黒服が近寄って来た。
「さくらさん、ご指名です」
う……。
もう次は確定だ。
「すみません、少し席を外します……」
「うん。待ってる」
優しい顔だった。
ラウンジを見渡す限り、どこにも“その人”らしき人はいない。
「VIPルームの方です」
黒服が言った。
「え!?」
連れていかれた先には――
VIPルームで堂々と座っている河内さんがいた。
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