きんいろカルテット Anotherdays

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きんいろカルテット Anotherdays 夏祭り編

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編集途中なので、お試しの投稿になります。
本作を読んでる方向けなので、説明等はありません。



あのコンペティションの日から1週間。 

世界の扉を開いた英司は、人生で1,2位を争う危機に陥っていた。 

「えへへへ・・・英司さんが悪いんですからね?」 

「ちょ、ちょっと由真ちゃん!」 

いつもの放課後の帰り道。 

由真に食事に誘われた英司は美香の店で晩御飯を済ました後、二人で帰路についていた。 

その途中、猫を見つけたと走る由真を追い、路地裏に入ったところで、由真がいきなり振り返ったと思った矢先。 

英司の目の前には衝撃の光景があった。 

添え木の取れた由真の右手には、包丁が握られていたのだ。 

「英司さんが全然振り向いてくれないから・・・もうこうするしかないんです」 

「落ち着いて由真ちゃん!どうしたのさ」 

「えへ、えへへ。英司さん。大好きですよ?」 

「ゆ、由真ちゃん!」 

明らかに虚ろな目をした由真は、包丁を掲げながらふらふらと近づいてくる。 

「由真ちゃん!一回落ち着こう!!」 

「えへへ・・・」 

どれだけ呼びかけても手をおろすことも、歩みを止めることもない。 

「と、とりあえず逃げないと・・・!」 

そう思って振り返ろうとした矢先、こちらに走り出す。 

「英司さああああん!!!」 

「ま、待って!由真ちゃ・・・!」 

 

 

「うわあ!」 

刺された場所に痛みを感じるその瞬間。 

英司は自宅のベッドで飛び起きていた。 

どうやら今までのことはリアルな夢だったようだ。 

「ったく。なんつー夢だよ・・・」 

ぐっしょりとかいた汗をぬぐいながら、そうつぶやく。 

あまりのリアルさに、体がまだ震えていた。 

「・・・水、飲むか」 

喉が渇いていたわけでもないが、そのまますぐに眠る気にはなれず、とりあえず冷蔵庫に向かう。 

「ふう・・・」 

コップに注いだ水を一気に飲みほすと、少しだけ落ち着いてくるが、その代わりに目が覚めてしまった。 

「参ったな。今何時だ?」 

カーテンを閉めているせいで外は見えないが、朝日が昇っている様子はない。 

ベッドの近くに戻り時計を見ると、時刻は5時になろうかというところだった。 

「どうすっかな・・・明日は午後からの講義だし、寝ようと思えばまだ寝れるが・・・」 

デスクの椅子に座り、何をするでもなく目を瞑るが、眠気は完全になくなっていた。 

「しかたがない。だいぶ早いが、もう起きるか。とはいえ、何をするかな・・・」 

この時間に起きてもすることがあるわけもなく、とりあえず電気をつける。 

「しかし、なんて夢を見るんだ俺は・・・」 

言いながら、さきほどの夢のことを考える。 

由真が英司に好意を寄せていること、それを断っているのも周知だ。 

そのうえで由真はまだ英司を諦めていないというのも、周知であった。 

もちろん由真のことが嫌いであるとか、そういった理由ではない。 

ただ今の自分には音楽があり、恋愛をするということがいまいち考えられないでいた。 

それはおそらく由真もわかっているだろうし、答えを先延ばしにすることに申し訳なさも感じているが、こればっかりはどうしようもない。 

「我ながら、本当に損な性格だよな・・・」 

英司から見ても由真は魅力的な少女であり、多少押しは強いが、それを含めても断る理由が明確にあるわけではない。ただ恋愛的に見れるかと言われれば違う気もしているし、そのあたり自分は経験が足りていないんだろうなというのもわかる。 

「だめだ。こんなことを考えていても仕方ないな。とりあえず気分転換でもするか」 

英司は服を着替え、外に出る。 

夏とはいえいまは早朝。日もまだ出ておらず、散歩するにはちょうどよい気温だった。 

英司が住んでいる場所は学生向けの物件をはじめ、多くの住宅があるため、普段は 

人の通りが多いのだが、この時間である。 

人の姿はなく、なんとなく新鮮な気持ちになった。 

行く当てがあるわけではないので、英司はなんとなく近所の公園へと向かう。 

10分ほど歩いているうちに、だんだんと空が白み始めてくる。 

「そういや、日の出なんて見るのはいつ以来だろうな・・・」 

日が昇る時間に起きることなど普段はない。 

起きたとしても、わざわざ日の出を見るために外に出ることはなかった。 

友人の1人が月が好きで、放課後に勇樹と自分とそいつでよく月をみた記憶はあるが、 

日の出となるとなかなか思いつかなかった。 

「せっかくだ。公園のベンチにでも座りながら日の出でも拝むか」 

途中コンビニにより、飲み物を買って、公園に向かう。 

「24時間営業って、よく考えると不思議だよな。売上出てんのかな」 

最近は24時間の営業をするコンビニも減っているそうだが、それでもやはりコンビニといえば24時間営業のイメージが強い。 

普段はそんなことを考えることもなかったが、目的もなく歩いていると些細なことが気になってくる。芸術はたくさんの事象に触れ、インプットすることが大切だ。 

英司はたまには散歩にでも行くのもいいかもなと感じた。 

そろそろ公園が見えるといったところで、英司はあるものが目に留まる。 

「提灯・・・?」 

道の両脇に提灯がぶら下がって、公園に続いている。 

普段通る道ではないが、この場所に提灯があった記憶はない。 

不思議に思いながら公園につくと、そこでは数人の大人が集まっていた。 

何やら話し合っているようだが、英司には内容が聞こえてこない。 

この時間にこんな場所でなにを話しているのか気になったが、とりあえず当初の目的通りベンチへと向かおうとする。 

すると話し合っていた1人がこちらに気づき、会釈をしながら挨拶をしてくる。 

「おはよう、早いね」 

「おはようございます。なんとなく目が覚めてしまって。やることもないので散歩をしていました。失礼ですが、そちらは?」 

「ああ、わたしたちは町内会の人間だよ。明後日の夜にこの公園で夏祭りをやるからね。 

屋台などの運び入れのために集まっているんだ」 

「へえ、夏祭りですか。毎年やっているんですか?」 

英司は今年にこの街に引っ越しをしてきた。 

それゆえこの街の行事などはすべて初体験になる。 

「ああ、そうだよ。結構大きいお祭りでね。お兄さんもよかったら来てみなよ」 

「そうですね。せっかしだし、来てみます」 

「屋台だけじゃなくて、いろんな催しもやるからね。楽しみにしててよ」 

「はい、ありがとうございます」 

「それじゃ、わたしたちは運び入れがあるからこれで」 

そう言うと、いつの間にか止まっていたトラックのもとに向かっていく。 

おそらくあの中には屋台などが積まれているのだろう。 

「祭りか。それもいつ以来だろうな。久しぶりだ」 

気づくと朝日が昇っていた。 

景色をみて美しいと思ったのも、いつ以来だろうか。 

最悪の目覚めではあったが、いい朝だと思った。 

「みんな、お待たせ!」 

舞台は変わり、昼休みの鳳凰学園中等部。 

一人だけクラスの違う貴ノ恵は弁当を片手にすでに集まっている3人のもとに駆け寄る。 

昼休みはこうして4人で集まるのが日常だった。 

「いっきーちゃん、今日はミシェルちゃんは?」 

「ミシェルは今日は師匠に呼ばれてたからパスだってよ」 

「そっか。じゃあ4人で食べよっか」 

「せやな。もうおなかぺこぺこや」 

「それじゃあ、いただきます」 

「「いただきまーす」」 

「お、今日のすずたんのとんかつ美味そうだな」 

「それじゃあいっきーちゃんのハンバーグと交換しようか」 

「やり!ありがとすずたん!」 

思い思いのおかずを交換するのも日常茶飯事だった。 

それぞれ自分の弁当に舌鼓を打っていると、不意に貴ノ恵が口を開く。 

「そういえば、なーたんはもう英たんに告ったん?」 

「にゃ、にゃんで!?」 

菜珠沙は手に持っていた箸を落としそうになりながら、うろたえる。 

「いやー、この前の大会であたしらめっちゃテンション上がったからさ。その勢いで告ったかなって」 

「あはは。たしかに勢いって大事だもんね」 

「そ、それで告白したんか、ナズ?」 

「し、してないよぉ!なんですることが前提ににゃってるの!」 

顔を真っ赤にし、噛みながら答える菜珠沙。 

「およ。でもなーたん、英たんのこと好きだろ?」 

「んあああ、えっとえっと・・・」 

ミシェルとの会話の中、そしてこの前のコンペを経て、英司への思いが異性として見られてほしいということを自覚した菜珠沙だったが、それが恋愛感情であると断定できるほど、菜珠沙はまだ大人ではなかった。 

「もちろん英司さんのことは好きだけど、それはみんなだってそうでしょ?」 

「まあなー。英たん優しいし、好きだぜ!」 

「わたしも摩周さんのこと大好きだよ」 

「うちもや」 

4人様々ではあるが、英司への感情は好意的であり、好きかと問われれば迷わず好きと言えるだろう。 

「あたしらだけじゃなくて、ミシェルも、ゆまちー先輩も、英たんのこと好きだろうし」 

「それに亜衣はんもやな」 

「宮城先輩も、摩周さんのこと好きそうだしね」 

「英司さん、モテモテだなあ」 

「お、やきもちか?なーたん」 

「んもう、そうじゃないってばあ!」 

こと英司の話題になると、なにかとからかわれる菜珠沙だった。 

「そういや、明後日の夜どうする?」 

「明後日?ああ、夏祭りのことかいな」 

「そーそー。みんなは行く?すずたんとは一緒に行くって話してたんだけど」 

「ほならうちも行こうかいな。なずはどうする?」 

「夏祭りかあ。どうしようかな」 

「なーたんも行こうぜ!英たんも誘ってさ!」 

「そうだね。摩周さんも誘って、みんなで行こうよ」 

「ほならミシェルも誘ってみよ」 

「うん、わかった。お母さんに話してみるよ」 

「へへ、楽しみだな!かき氷食べるぞ!」 

「いっきー、今昼食べ終わったところなのにもう次の食べ物かいな」 

あきれ顔で美香が言う。 

そんな会話をしていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。 

「お。もう時間か。じゃあみんな、また放課後!」 

貴ノ恵がいち早く去っていく。 

「わたしたちも行こうか」 

「うん」 

「せやな」 

そうして楽しい昼時はあっという間に過ぎていくのだった。 

 

 

そして放課後。 

英司はいつものように鳳凰学園中等部の音楽室の一角、菜珠沙たちが使っている練習室へと足を運んでいた。 

鳳凰学園はマンモス学校のため、その校舎の中は広い。 

目的の場所まで迷うことはないが、さりてと到着するまでにはそれなりに時間を要する。 

そのため自然と多くの生徒とすれ違うわけだが、最近では吹奏楽部の練習を見ている関係か、部員だけでなく、その友達と思わしき生徒からも挨拶をされる。 

生徒から見れば英司は教師と言える年齢でもなければ、先輩という年齢でもないため、なるべく怖がられないよう、もとい不審者に思われないように努めて明るく挨拶を返すようにしてはいるが、果たして上手くできているかが最近のちょっとした悩みであった。 

いくつかの階段を上り、音楽室へと着く。 

そこからさらにいくつかの扉を開けると、そこにはいつもの少女たちの姿があった。 

「おはよう、みんな」 

「「おはようございます!」」 

英司に気が付いた4人がとてとてとこちらに寄って来る。 

「英たん、明後日の夜ひま?」 

「明後日?暇と言えば暇だな。出かけるつもりではあったが。どうしたんだ?」 

「うちらミシェルも誘いまして、5人で夏祭りに行こ思いましてな。よかったらえい・・・、ま、摩周はんも一緒にどうかな思いまして!あはは」 

「コンペティションも終わりましたし、どうかなと思ったんですが。だ、だめでしょうか・・?」 

「夏祭りって、あの大きい本屋が近くにある公園でやるやつ?」 

「はい。毎年あそこで夏祭りをやっているんです。摩周さんもよかったらご一緒にどうですか?」 

英司は内心で笑った。 

出かけるつもりと言ったのは、夏祭りに顔を出してみようかと思っていたからだった。 

しかし行く相手もいないので、近くを通るくらいにするつもりだったのだが。 

「そうだな。せっかくの夏休みだ。音楽だけじゃなく、そういったイベントにみんなで行くのも、親睦を深めるのに必要だし、俺も一緒させてもらおうかな」 

思えばこの少女たちはこの街で生まれこの街で育ったのだ。 

毎年行われている祭りであれば今年も参加するのは自然だった。 

「よっしゃ。そしたら後でミシェルにも声かけてみる!」 

「あ、せや。今年もスズん家お邪魔してええか?」 

「うふふ。いいよ。お母さんに話しておくね」 

「スズの家?」 

夏祭りとスズの家に何の関係かあるのだろうか。英司は不思議に思った。 

「毎年お祭りに行くときは、スズのおうちで浴衣を借りるんです」 

「わたしの家、基本はランジェリーの取り扱いが主なんですけど、女性用のスーツとか、浴衣とかも取り扱っているんです」 

「ああ、そういうことか」 

「だから毎年スズたんのお母さんに浴衣選んでもらってんだ!」 

「まあ、選んでもろてるともいうし、着せ替え人形みたいにされてるとも言えるわな」 

涼葉はあははと苦笑しながら、「それじゃあ。明後日の練習が終わった後でわたしの家に行こうか」と言う。 

それに英司はわずかに逡巡し、4人に告げる。 

「いや。練習は休みにしよう」 

練習が終わったあとでは時間も遅い。 

中学生、ましてや女の子をその時間から祭りに参加させるとなると、いくら英司が保護者として付いているとしても、時間を気にしながらの参加になってしまう。 

4人は突然の練習休みということに一瞬戸惑ったが、確かに最近はコンペもあってほぼすべての時間を練習に使っていたこともあり、音楽以外の時間はほとんどなかった。 

「良いんですか?英司さん」 

菜珠沙の問いに、英司は笑顔で 

「ああ。音楽の上達は音楽だけをやっていればいいってものじゃない。普段触れないことをするのも大事だ。ちょうど明日明後日は土日。練習を休みにして、家族と過ごすのもよし。どこか遊びに行くのもよし。羽を伸ばそう」 

4人それぞれ少し考えるような顔をしてから「「はい!」」と元気よく返事をした。 

「その代わり、今日の練習はしっかりやろう。グレッグソン、頭から通してみようか」 

英司の言葉に、4人はファイルから楽譜を取り出し、演奏の準備を始める。 

さあいざ演奏、というその時、練習室の扉が開く。 

英司が振り返ると、そこには真里菜がいた。 

「練習中失礼します、英司さん」 

「やあ、真里菜ちゃん。どうしたの?」 

「いまから通すんですよね?終わってからでいいですよ。私も演奏聴きたいですし」 

真里菜はそのまま英司の横に立ち、貴ノ恵のほうを向きながら 

「かわいい弟子の、あのコンペの演奏がまぐれじゃなかったってことも知りたいですしね」と、少し意地悪気味な笑顔をしながら言う。 

その笑顔を見た貴ノ恵は緊張した顔になりながらも、みてろよー!と気合十分な様子だ。 

英司は二人を見ながら、真里菜の存在というのはやはり英司に、そして少女たちにとって良い影響を与えてくれるものだなと、内心で感謝をしながら、さあ、始めよう。と言ったのだった。 

 

 

演奏の出来はまずまずだった。 

英司や真里菜から見ればまだまだ甘いところも多いが、基礎力の向上した彼女たちの演奏は、出来ていない、というより改善をする。といったところが多く、音楽としては形になりつつある。 

全体の、そして個々に対しての指摘を英司と真里菜がし、その改善の練習を英司が命じると、彼女たちは各々練習に取り組み始めた。 

「ところで真里菜ちゃん。俺に何か用だった?」 

「ああ。そうでした。時期部長を誰にするかの相談をしたくて。香苗先生、由真とも話したんですが、やっぱり英司さんとも相談したほうがいいと思いまして」 

「ああ、なるほど」 

鳳凰学園は中等部から高等部に上がるため、受験の必要がなく、冬の定期演奏会を最後に引退になるのだが、部長をはじめ役職などの引継ぎは夏のコンクールを最後にしているのだ。 

まだ地区大会すら終わっていないが、角谷のいない今、部の決定事項は顧問である香苗、部長の真里菜と副部長の由真の3名で話し合って決める必要があった。 

「候補はもう決まってるの?」 

「ええ。ある程度は。あとは英司さんとの相違が無ければほとんど決定みたいなものです」 

「わかった。そしたら後で部のほうにも顔を出すから、その時に話そう」 

「ありがとうございます。香苗先生にはこちらから声をかけておきますので」 

では。と言い残し真里菜は練習室から出ていく。 

「さて。部に行くとなるとこっちの練習はどうしようか。最後に通しをしたかったんだけど・・・」 

英司は独り言ちる。 

カルテットの練習と吹奏楽部の練習が終わる時間は1時間ほど違う。 

そのためこちらの通しをしてから部に向かえば問題は無いのだが、そうなると話し合いをする時間がほとんど取れなくなってしまう。 

しかし通しの時間を早めると、当然その分の練習時間は減ってしまう。 

せっかく改善点を見出し練習している以上、1つでも多く改善した状態での通しを英司は行いたかった。 

どうしようか悩んでいると、再び練習室の扉が開く。 

何かまだ用があったのかなとそちらに顔を向けると、立っていたのは真里菜ではなくミシェルだった。その手に楽器は持っていなかった。 

「真理姉に呼ばれてきたよ、エージ」 

「え?真里菜ちゃんに?」 

「エージは最後に通しをしたいだろうけど、部活に来なきゃいけないだろうから、あたしに通しを聞いてフィードバックをしてって」 

なんと気の利くことだろう。 

英司の懸念していることを推測し、その解決策まで用意しているとは。 

「さすがは真里菜ちゃんだ。助かる。ミシェルもありがとう」 

「お礼なら今度ランチでもおごってもらおうかな」 

「おいおい・・・」 

「フルコースをおごれってんじゃないよ。レディを連れて行くに恥ずかしく無い店ならいいよ」 

「・・・ファミレスって言ったら怒るか?」 

「怒りはしないけど、呆れるかな」 

「参ったな」 

「冗談よ冗談。ナズサやユマばっかりじゃなくて、どこでもいいからたまにはあたしのこともエスコートしなさい」 

「別にその二人もエスコートしてないけどな」 

「エージの甲斐性なし」 

「勘弁してくれ」 

そんな会話をしながら、ミシェルに4人の練習のお願いをして、カルテットの4人に告げる。 

「みんな、すまない。俺は吹奏楽部のほうに行かなきゃならなくなった。 

あとの練習はミシェルに任せるから、頑張ってくれ」 

「わかりました」 

「はい」 

「おけー」 

「そうでっか」 

「さっきも言った通り、明日明後日は練習なしだ。明後日のことはまたメールするよ。 

それじゃあ、今日はお疲れ様。ミシェル、あとは頼んだ」 

そういって英司は練習室をあとにした。 

 

 

英司のいなくなった練習室では、変わらず楽器の音が鳴り響いて・・・いなかった。 

「なあミシェル、明後日の夜暇か?」 

「明後日?特に予定はないけど。何?」 

「うちらと摩周はんで夏祭りに行くんや。よかったらミシェルもどうかとおもてな」 

「ミシェルちゃんが良ければ、わたしの家で浴衣選びもしようよ」 

「祭り?浴衣?」 

「ミシェルは日本のお祭りは初めて?」 

「そうね。当然知ってはいるわよ。浴衣も。着た事はないけど」 

「それならちょーどいいじゃん!みんなで浴衣選ぼうぜ!」 

「そうね。どうせ寮にいてもすることもないし、いってあげてもいいわよ」 

「決まりだね。そしたら、英司さんにもあとでメール送っておかなきゃ」 

「ナズ、あんたいつもエージとはメールでやりとりしてんの?」 

「え?う、うん。どうして?」 

「たまには電話でもしなさいよ。普段会話してるのとはまた違って、エージも意識してくれるよ、きっと」 

「んああ、でも、電話ってちょっと恥ずかしいし・・・」 

「何言ってんよ。電話くらいで恥ずかしがってちゃユマには勝てないよ」 

「そ、それは・・・」 

たしかに由真は英司に対して積極的にアピールしている。 

英司が由真との交際を断っているのは知っているが、それは由真が嫌いという理由ではないことは菜珠沙にも理解できるし、いつ英司が由真に振り向いてもおかしくはないとさえ思っている。 

「よし。じゃあ今日の夜エージに電話しなさい」 

「ええ!?」 

「あんたが電話しないならあたしが電話するよ」 

「あ、ミシェルずるいぞ。あたしも英たんとは電話したことないし、なーたんがしないならあたしがする!」 

「そういえばうちもないな」 

「わたしも」 

英司との連絡役は菜珠沙がしていて、メールをたまにすることはあっても電話はしたことがない4人であった。 

「さあ、どうすんのナズ」 

「わかったよお。今日英司さんに電話してみる」 

電話をするのは恥ずかしいが、なんとなくみんなに後れを取るみたいで、それは悔しい菜珠沙だった。 

「よし。じゃあ練習再開するよ。エージみたいに遠慮しないで厳しくいくからね」 

 

そうして練習室には再び音楽で満たされていくのであった。 

 

 

中央管制室。 

角谷の残した遺産とでもいうのか、全練習室のモニターをしているこの部屋は、いまは部長の真里菜と副部長の由真が効率の良い練習のために役立てている。 

そこには今二人に加え、吹奏楽部の新顧問の香苗がいた。 

自身が声楽専攻ということもあり、普段部のことはほとんど二人と英司に任せている彼女だが、新部長のことや、コンクールのための遠征、部費の管理など、香苗が必要となってくる場面というのは少なからずあった。 

「それで、宮城さんと仲坂さんの意見としてはおおむね一致しているのね」 

「はい。あとは英司さんと香苗先生のご意見をうかがって、問題がなければコンクール終了後に発表したいと思います」 

「わたしは良いと思うわよ。あたしより、みんなのことに詳しいのはあなたたちの方だろうし。よっぽどおかしな人選じゃなければ信用してるわ」 

「ありがとうございます。あとは英司さんだけね。真里菜、声かけてくれたのよね?」 

「ええ。後で来てくれるそうよ」 

「そう。じゃあその前にお手洗い行かせてもらうわね」 

由真が席を立ち、室内には真里菜と香苗の二人だけになる。 

「ありがとうね、宮城さん」 

おもむろに香苗が口を開いた。 

真里菜はそのお礼の意味がわからず、首をかしげる。 

「なにがですか?」 

「カルテットの4人のことよ。今でこそ摩周さんのおかげで明るく音楽をしているけど、 

それはあなたのおかげでもある。教師として、大人として、わたしはあの子たちの力にはほとんどなれていないから」 

真里菜は珍しくきょとんとした表情を浮かべ、くすっと微笑む。 

「わたしは英司さんと香苗先生のおかげだと思っていますよ。理事長の娘だとか、吹奏楽部の部長だとか、たしかにあの子たちの力になれたことは多少なりともあるとは思いますが、香苗先生があの子たちを見捨てずにいてくれたことは、大きな助けだったと思います」 

真里菜は本気でそう思っていた。 

自分がしてきたことなど、自分の野望のためであったし、結果として彼女たちの助けになっただけであると。 

もちろん香苗は真里菜の思惑など知らないので、彼女の目にはそう映ってもおかしくないのだが。 

「それに、角谷先生のいなくなった部活を引き継いでくれたことも感謝しています。 

香苗先生が立候補してくれたと聞いていますよ」 

理事長である父から聞いた話だが、吹奏楽部の新顧問を決めるのは難航していたらしい。 

全国大会常連校という看板は、気軽に顧問を引き受けるには思い看板だったようだ。 

有力だった教師にはみな断られていたと聞いている。 

時期が時期だけに頭を悩ます理事長に、香苗が直接立候補をしていたらしい。 

「摩周さんがいてくれたからかしらね。困ったときは助けてもらおう、なんて」 

香苗はいたずらっぽい笑みを浮かべながら言う。 

「そうですね。英司さんならなんとかしてくれますね」 

真里菜も同じ笑みを浮かべて返した。 

二人とも、英司のことは音楽家として、人として信用しているのだ。 

「やあ。お待たせ」 

「あら。噂をすればですね」 

「ん?なにか話していたのか?」 

「いえ、摩周さんは頼りになるなーって。ね、宮城さん」 

「はい」 

「何の話だ・・?まあいいか。あれ、由真ちゃんは?」 

「由真は今お手洗いに行っています。もうすぐ戻ってくると思います」 

「そうか。わかった」 

言いながら英司は椅子に腰かける。 

ここで使われている椅子は教室にあるような椅子なのだが、妙に落ち着く。 

決して座りが心地が良いだとかではないのだが、小中高と12年間座ってきた椅子がゆえだろうか。 

「そうだ。亜衣ちゃんはどうしてる?コンペの方にかかりっきりで、部活の方にはあんまり顔出せてなかったと思うんだけど」 

英司としては亜衣は吹奏楽部の部員であり、亜衣の協力はありがたいと同時に多少の申し訳なさも感じていた。 

「大丈夫ですよ。あの子ほどの腕前なら、多少練習に参加できてない期間があっても 

問題なくついてこれてます。それに、亜衣にとってもいい経験になってますから」 

「そうか。それならよかったけど」 

「ええ。松本コンペティションなんて経験しようと思ってもなかなかできるものじゃありませんから」 

「まあな。俺もいい経験ができたと思ってるよ」 
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