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第一章

コーリア報告書 その2

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 復讐は復讐を生む。そんなことは分かりきっている。コーリアとして私は、『狩り』を行ってきたが決して誉められるような物でもない。褒められたいとも思っていない。これはただの私の『おせっかい』なのだから。

 さて、私が落としてきた『悪役』達のその後はどうなったのか。私は少し探りを入れた。
「だって……気になるし……」 
 婚約者のアル。前にも合った通り、マライナとの『婚約』はまだされていないらしい。あれから、数枚ほど手紙が届いたが、初めの一枚をさらっと読んで暖炉の中に放り込んだ。その後の『手紙』は全て未開封のまま暖炉の中である。
「今さら、何なの?」
婚約してから数年。周りの噂、策略にのせられて『本当のコーリア』を見向きもしなかったくせに……今さら何だと言うのだろう。自分から『私』を知ろうとさえしなかった。
「鈍すぎて話にならない」
数年の間に……おかしいとは思わなかったの?何一つ気づかなかった?
「どんなに鈍くても……ここまで来ると『罪』だわ……」
コーリアはきっとまだ……アルのことを好いている。でも、『私』が『私』で有る限り、アルを振り返ることは二度とないだろう。そして、もしコーリアが戻って来たとしても……もう
「あなたを愛すことはない……」
報われなかった『愛』はあまりにも切ない。『私』を揺らす、この胸の痛みはきっと……コーリアが『アルを愛していた』という確かな証拠なのだ。

 次にメイドのメイダ。私を『偽りの愛』で包んだ人。私は赤の他人だ。でも、コーリアの記憶と共に流れ込んできた『心』が私に語る。それが例え『偽りの愛』でも……コーリアを照らし続けた『光』に違いないということを。両親の愛が途絶えた孤独な少女の『心』を守り抜いた人なのだ。裏にどんな『悪意』が合ったとしても。両親を奪った人、本人でも。だから、私は彼女の幸せを願わずにはいられなかった。
 『狩り』をすることは止められない。回り始めた『歯車』はもう……止められないのだから。それでも、私の中の『コーリア』は言う。

『彼女を憎めない』のだと……

でも……私はやめなかった。
「憎めなくても、このままにはしておけないよ。『罪』の重さを知らなくちゃいけない。じゃないと……彼女は『罪』を繰り返す。あなたの大切な人が『罪人』になる」
その事実は眼前にある。
だから、私は『狩り』をした。
 もちろん、うっぷん張らしもなかったわけではない。私は『短気』なのだ。
「正義面してるけど……そこまで私は思いやりがある方じゃないんだ……」
結局は、うっぷん張らしが八割を占めているのだから。後付けした理由が『正義面』になっただけ。
 メイダはあれから、社交界には顔を出していない。彼女の夫の屋敷で『期限つきメイド』として働いているらしい。それが夫の出した『罰』なのだそう。離縁しない所を見ると……
「彼女は愛されていたんだ……よかった……」
 この機会に彼女『メイダ』には気づいてほしい。『コーリア』の信じた『彼女』になってほしい。目の前にある『幸せ』に気づいてほしい。
『よかった……』この胸を撫で下ろすような満ち足りた気持ちは私のものではない。きっと……『コーリア』の心だから。それを無駄になど、どうかしないで。

私はそれを……心から願っている。

 続いてはバルベルト。彼も『狩り』以来、社交界から消えた。まぁ、本当の意味で『狩り』の一匹目となった分けだか……正直彼にいい思い出は一欠片もない。コーリア自身、彼は『最悪』の対象だったため、どうしても『記憶』にモヤがかかる。
「そういうことだから……」
『私』が語ろう。ゲームの知識と思考を総動員して。
 彼こと『バルベルト』はコーリアにひとめぼれした。でも、コーリアの『心』が自分に傾くことはなく、ひねくれる。彼女を別の方法で振り向かせることにした。それが『悪役』としての『いじめ』である。
 彼の母親は早くに亡くなった。父親はいい人だったが多忙だった。残された『父と子』。そして『多忙な父』、そこに家族の『絆=愛』が存在するのは難しかった。そう、彼は『コーリア』に似ている。状況は違えど、彼も同様に……愛されたかった。『愛されたい』それだけ……ただそれだけなのだ。その『愛』を違う方向で求めた。そして、それは『コーリア』に向けられたのだ………
向けられた『愛』はあまりにも切なく、悲しい。子が親に求める『愛』。その『孤独』もコーリアは知っていた。知っていたからこそ彼のことを咎めなかった。ただ、受け止めることしかできない。

そういうことだと私は理解している。憶測ももちろんあるし、これが事実だとは言えない。ただ、この事実が『偽り』だとも言えないのだ。
 バルベルトは今、『父親』からの再教育を受けている。遠目から見る彼の顔は『幸せ』に満ち溢れていた。そして、彼を教育する『父親』も時おり、『幸せ』を顔に宿すのだ。
彼の『父親』とは面識が合った。『狩り』の後、正式に面会の申込を受け彼の『父親』、カルスと話した。彼は言った。

《この度は、我が息子がとんだ無礼をした。本当に申し訳ない。》
「いいえ、あなたが謝ることではないでしょう?カルスさん。」
《いや、謝らせてほしい。私が息子に何もしてやれなかった。父親としての役割を果たせていなかった。それが……いけなかった……》
「あなたは多忙だわ……それも仕方がないでしょう。あなただけではない。」
《っ……もちろん、息子にも顔を出させる。再教育を受けさせた後、しっかりと!》
「……いいえ。そうではないわ。カルスさん。あなたやあなたの息子だけではない。私も同じだわ。」
《…………なぜ、そう思われる?》
「私はバルベルトに何も言わなかった。分かっていたのなら、それなら……間違いを正すべきだった。」
《………………》
「確かに私はバルベルトから、傷つけられたわ。でも、私はそれに抵抗したかしら?抗った?……いいえ。違う。」
《…………違う?》
「ええ。私は逃げていた。受け止めるふりをして、何もかも諦めて。闘おうとしなかった。」
「…………それは優しさ?心の広さ?」
《どうでしょう……》
「私はね、違う……そう思うの。それはきっと『逃げ』なんだって。逃げているだけじゃ、何も解決しないんじゃないかって。」
《逃げ……か……それでも、息子の罪は変わらない。》
「そうね。でも……辛いこと、苦しいこと。悲しみや怒り。それは言葉にしなければ伝わらないわ。そして、そうしない限り『相手』が気づくことも、改めることにもつながらないのよ。優しさ、心の広さ……それだけじゃ通用しないわ。」
《…………変わられたな。コーリア嬢。立派になられた。例の件で少々心配していたが……随分、割りきられたようだ。私は誇らしいよ。》
「……ありがとう。カルスさん。だから、どうかそこまで気に止めないで。私は強くなるわ。そう決めたの。それに……カルスさん。あなた、なんだか『幸せ』そうだわ。」
《……はは。違いない。実を言うと、再教育で息子と関われる時間ができてな。息子が生まれて数年、一番の幸せを噛み締めている。やっと『父親』としての役割を果たせる。》
「そうですか……よかった。こないだ、バルベルトを遠目に見たの。幸せに満ち溢れていたわ。」
《コーリア嬢。あなたには感謝してもしきれない。私はね、こう思うんだ。あなたが今、やっていることは……》
「カルスさん。これは、『狩り』という名の『復讐』なんです。正義も綺麗事も何もありません。」
《…………そうか。でも、忘れないでくれ。あなたのお陰で、私と息子は救われたんだ。そして、きっとこれから、あなたと関わる人たちもきっと……》
「ありがとう……そして、さようなら。カルスさん。」
《………………》

 バルベルトの幸せを私は、心から願う。それはコーリアも望むことだと思う。そして『私』も信じたい。彼のこれからの『幸せ』が確かに紡がれることを。


 私の『狩り』は正義ではない。そして綺麗事なんてありはしない。

 でも……もしそれを言うならば……

「どうか『狩られる』人たちが、新しい『道』を切り開けますように」

そう……願っておこうか。








           第一章《完》


第二章へと続く……
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