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55火の国

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 火の国獅子丸大王の前に、獅子団長の裂熊丸は呼び出された。
獅子丸大王の渋い顔を向けられているのは、
裂熊丸はよくない兆しだと感じた。

 三年続きの不作で軍の備蓄は底をつき、戦どころではないので、
獅子団兵も今では訓練代わりに、
農地開墾に専念させざるをえない状態である。

「亜人協力国に併合された元ゲルググ国と元トロンボ国においては、
我が国と同じ様に三年続きの不作であるにも関わらず、
食糧は豊かに流通しているらしいが、
裂熊丸は原因を調査して、
国庫の許す限りにおいて食料を輸入出来る様に手配しろ。」

 獅子丸大王の命令は絶対であるが、国庫の中は空っぽであることは、
国の運営に携わる者全員が知っていることである。

 火の国においては他国より優れた物はなく、
とれる鉱物は硫黄だけで、
不作が続いたならば忽ち生活苦と飢えが襲う貧しい国であった。

 豊作時には、他国からの買い付け商人は国中に溢れるが、
買っていく品物は穀物だけである。

 今回みたいに三年続きの不作は初めての事であったので、
有効な対策案はなく、
火の国が出来る対策は、他国に攻め入って掠奪することである。

 強国兵での掠奪進行が出来なかったのは、
敵対国に攻め入って敵を粉砕して食料を確保したくても、
掠奪進行の経費を考えると、
周りの国は我が国よりももっと悲惨状況であった故に、
採算が取れないと判断されたためであった。

 ややましな隣国は同盟国であり、そちら側に進出することは、
自国の存続保障を捨てることにもなる自殺行為であった。 

 獅子丸大王の命令は、
亜人国に吸収された隣国の食料が豊かになった原因を調査して、
国庫の許す限りにおいて、
食料を輸入出来る様に手配しろとの言葉裏は、
豊かに流通している食料の仕組みを調査して、
それを模範にして食糧確保に努めるか、
豊かに流通している食料を、力で奪い取れの意味であり、
裂熊丸は、どちらが得であるかの判断を求められていた。

 裂熊丸は獅子団百人頭二百名を指揮する二十人の猛者頭のうち、
十五人を国の防衛の指揮と連絡係に任命した後に、
五人の猛者頭を従えて元ゲルググ国の都に向かった。

 裂熊丸は二日間を費やして、三年ぶりに元ゲルググ国の都に着くと、
街の名前は神守街と変わっていた。

 今回は野宿をやめて神守街に宿を取り、
町の雰囲気と穀物取引の相場を調査して仕入方法などを考えなければならなかった。

 街の雰囲気は三年前とはがらりと変わり、
活気があって皆が親切であり、
店頭には見たことのない果物類も並び、
その豊富さにも驚かされている。
 
 一年前は餓死者も出ていると噂の元ゲルググ国とは、
とても思えない雰囲気をも感じている様子である。

 裂熊丸は穀物取引大手のゲルググ商会の看板を確認して、
火の国獅子団、団長裂熊丸と名乗ると、
ゲルググ商会の責任者に面会を求めた。

 火の国担当責任者はすぐに表れて来ると、豪華な室に案内した。

「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「餓死者も出ていると噂の元ゲルググ国なのに、
どうして街中活気があり、
食料品が豊富なのです。」

「亜人協力国に併合されて、闇の樹海を開墾した神降臨街から、
大量の食糧と品物が入ってくるおかげです。」

「亜人協力国の噂はよく聞きますが、
亜人協力国は亜人に支配された国ではないですか?」

「亜人もガイア様に守られた人です。外見だけで差別することはない国です。」

「亜人に支配されても構わないと、聞き取れますが?」
「亜人は支配しません。共に個人の尊厳をもって対等です。」
「個人の尊厳とは聞きなれない言葉だが、
意味はかすかに理解できるが、
かすかな理解だけでの事でも、実行は不可能でしょう。」

「実行は可能です。お互いが相手を尊重して、
ガイア様の教えである、九つの徳を守ることができれば、
人を尊厳できます。」

 裂熊丸は目の前にいる男は、
完全に宗教かぶれだと判断して話を遮るように、
「火の国では食料を必要としています。
ゲルググ商会からの仕入れを、検討していますが協力願いませんか?」
「商会としては喜ばしいことですが、
お支払はどのようになさる計画ですか?」

 ゲルググ商会から計画という言葉が出た意味は、
ゲルググ商会は火の国国庫の事情を知ってのようである。

「代金は次の収穫を担保にと思っていますが、如何でしょうか?」
「次の収穫を担保とおっしゃいますが、
保証をどのようになさいますか?」
「火の国を信用していただくだけです。」
男は考え込んでしまった。

 確かに虫のいい話であるが、火の国が豊作になったならば、
ゲルググ商会を優先的に待遇する腹つもりであるからだろう。

 ようやくゲルググ商会の男は話を切り出した。

「神守街での噂をご存知か知りませんが、ゲルググ知事の特使が、
ムー帝国において殺害された事と、
スケジュ帝王は皇太子であった時に、
テテサ教皇様の暗殺を、実行したが失敗したことで、
亜人協力国との戦争状態になってしまい、
ムー帝国への亜人協力国からの、食糧販売が止められた事で、
ムー帝国での食糧不足が起きています。
ムー帝国の商人達が、多数神守街で食料を仕入れているために、
神守街では、毎日穀物の値段はウナギ上りです」

「今日の麦とイモ類の相場は、いかほどですか?」
「亜人協力国とムー帝国の中が良好であったときは、
卸値は一キロ当たり銀貨二貨でしたが、
今日は既に銀貨三貨と五銅貨でした。」

「火の国に穀物を都合して頂くとしたら、いか程でしょうか?」
「良心的に、その日の仕入価格の二割増しでしょう。」

 火の国の穀物値段は今一キロ当たり五銀貨であるので、
確かに良心的ではあるが、
支払時の豊作時平均相場は一銀貨であるので、
借入時の相場金額と金利を合わせると、
支払時の豊作時平均相場の五倍以上である。

 これは裂熊丸の独断で決めるには、重すぎる支払であるので、
猛者頭一人に手紙を託して、
裂熊丸は獅子丸大王の指示を仰ぐことにした。

 裂熊丸は、
ムー帝国では穀物が高騰しているとおしえられると、
手持ちの五金貨で買えるだけの穀物をもって情報収集を兼ねて向かうことにした。

 理由はどちらかの陣営に肩入れして漁夫の利を得るためでもあるが、
ムー帝国の実力からしたら、
ムー帝国に加担しても配当利益は薄いであろうと予測していた。

 それにムー帝国は火の国の同盟国側から見ると、
脅威すべき強敵国である。

 裂熊丸等は五金貨で買えた穀物を持って、
ムー帝国の都に向かいながら野宿二日目の朝、
ムー帝国の都の市場に午前中に着きたいが為に、
薄明かりの雨の中を、ムー帝国の都へ急いでいる途中、
エミューに矢が飛んで来て、荷車が横転した。

 荷車の操作席から何人かは放り出されたが、
強者揃いの猛者頭たちはすぐに起きだして、迎撃態勢をとった。

「エミューがだめになったので、穀物の運搬人が必要になった!
なるべく殺すなよ。」
と、裂熊丸は掛け声で注意したと同時に、
人技と思えない速さで、黒い影の男が飛び出して来た。

 元陸戦隊は小雨降る中で、既に陽は登っているであろうが、
まだ周りが薄ら暗い時に鹿島にコーA.Iから無線が入り、
武装した盗賊団らしき十二人が森に潜んで、
鹿島達の進行方向に向かってくる荷車を襲う素振りが有るらしいとの連絡が来た。

 荷車との距離は、遥か二キロメートル先のようである。
 
陸戦隊全員も通信を聞いたらしく、ホルヘが酔狂に似た声をだして、
「二キロメートル先だと間に合わないでしょう」
と叫んだが、鹿島は救出救護命令を出すと、駆け出すように号令した。

 号令と共に鹿島は全力で駆け出し、荷車を目指した。

 鹿島は、全力疾走するほどに体は軽くなり、
全身から汗が噴き出す喜びを感じたのは初体験である。

 長距離走の経験者がよく言う、ハイな気持ちかと思いながら、
鹿島はさらに加速した。

 荷車は既に倒されていた。
引き手のエミューには、多くの矢が撃ち込まれており、
足を痙攣させながらあおむけに倒れているエミューの脇では、
粗末な鎧を付けただけの者たちは、剣と槍を持って威嚇している。

荷車を守るように、剣を構えている防具無しの者達に、
槍を突き出しながら襲い掛かりだした。

 鹿島は飛び込むように、先頭の槍を構えた男を袈裟懸けに身二つにすると、
鹿島の剣はすでに赤く発動していて、次の獲物を追うように三人の目星をつけた。
連続切りしながら、目に入る者たちをすべて切り伏せた。

 粗末な鎧を付けただけの者たちは、既に残りは七人になり、
鹿島は、矢を構えた四人を目指して切り込んだ。

 四人の放った矢は、空中に浮いているだけの様子に見えた鹿島は、矢を叩き落すと、
弓を持っている四人を、袈裟懸けと首を落としで落命させた。

更に、槍を構えてひるんでいる残り三人を、所かまわず身二つにした。

 鹿島は戦闘中にちらりと、荷車を守るように身構えている五人を観察すると、
身なりは商人風だけど、剣の構えは熟練者だと思えるし、
持っている剣も盗賊団の剣よりは高級で、焼きの入った炭素鋼鋼材だと見抜いた。

 裂熊丸は、十二人の盗賊団は粗末とはいえ、鎧ごと身二つに切り伏せられたのを見て、
顔は人だが、鬼神か魔神か見分けがつかない鹿島には驚かされもしたが、
剣が戦闘中真っ赤に燃え上がっているのに気が付いた。

 裂熊丸は鬼神か魔神と思える鹿島に、圧倒されながら、
「傭兵らしくない鎧であるが、剣も先ほどは伝説の勇者の剣をも思わせる、
真っ赤な剣でしたが、今は透き通るように磨き上げたような刃ですが、
あなた様は何者でしょうか?」
「亜人協力国の守り人と呼ばれています。」
「魔物を倒した。ガイア様に愛された異国人ですか?」
「そうゆう噂は聞いていますが、否定しません。
仲間と共に二頭の魔物を倒して、この剣と鱗甲冑を手に入れました。
これは鱗甲冑ではないが、鱗甲冑は六百領以上保有しています。」

 裂熊丸は鹿島の素性を誰何したが、神守街の噂で聞いていたガイア様の眷属勇者である、亜人協力国の守り人と応えたのには驚かされた。
さらに魔物を二頭倒したとも言いだしたが、鬼神か魔神の動き方を見せつけられたら、
信じるしかないと裂熊丸は受け止めた。

 裂熊丸は鹿島に圧倒された興奮から、目を覚ました様子で、
「あ、この度は助勢していただき有り難うございました。
我らは火の国の者たちで、穀物の買い付け中の商人です。」

「ここらは穀物が豊富でしょうから、買い入れやすいでしょう。」
「ところが、間もなく戦が始まりそうなので、
穀物販売者が売惜しみをしだしたそうで、難儀しています。
それで、ムー帝国に向かっている途中に、賊に襲われました。運が尽きたようです。」

 裂熊丸は亜人協力国の守り人に皮肉を込めて、運が尽きたようですと言ったら、
「いや~。運がいいかも?」
と返してきたが、根拠のない返答は、倒してやったので恩に着ろとの意味であろうかと、裂熊丸は鹿島を見据えて身構えた。

 倒れた荷車を起こし終えた、身なりは商人風の男たちは、
「親父、車軸が折れていて、荷車は使い物にならなくなった様です。
買い付けた穀物は背負って行くしかありません。
盗賊を使いたくても、生きている野郎はいやがらねう。」

 鹿島の手助けは迷惑だったと聞こえる。
「私は余計な乱入者でしたか?」
「いえいえ。そういう事はありません。俺らの方も何人かはケガしていただろうから。」
と、裂熊丸は遠慮気に答えたが、しかし裂熊丸にとっては、
鹿島の介入は余計な事であった。

 エミューのいない荷車は使えないので、五金貨で仕入れた二百キロ以上の穀物を、五人で運ばなければならない。

 生きて盗賊を捕らえたならば、ムー帝国の都で罪人奴隷として売ることができたし、
懸賞首であったならば、裂熊丸達に取っては儲けものであったはずである。

 身なりは商人風の男達五人にとっては、十二人の盗賊を倒せたはずだったと、言いたげな様子に鹿島は、断りなしの介入したことは、大きなお世話野郎と聞こえるのは、
考え過ぎだろうかと思わせた。

「皆さんは、商人ではなく、剣術熟練者だと思いますが、どうでしょうか?」
「はは、分かりますか。俺らは火の国獅子団で俺は団長裂熊丸だ。
周りのみんなは獅子団猛者頭達です。」

自分たちは商人ではなくて、熟練指導者の戦士であると言い出したことに、
やはり余計な乱入者であった様子だと鹿島は悟った。

 裂熊丸に報告しに来た男は、エミューの解体場であれこれ指示をしている様子から、
副団長格のようで黒豹丸様と呼ばれていた。 
 
 獅子団猛者頭達がエミューの肉を硫黄で蒸して保存食を作っていると、
鹿島と同じ黒い鎧をつけた、陸戦隊が次々と駆けながら現れた。
 
最後の十人目の男はホルヘであったが、かなり遅れて来て、
「隊長ひどいですよ。わざわざキャルドの群れの中を駆け抜けていくから、
みんなは十頭以上の群れなのに、一頭ずつしか仕留めていかないので、
残りの三頭を一人で相手させられました。」
と、愚痴をこぼしながらへたり込んだ。

 仲間にからかわれているホルヘは、最下級の立場なのかと獅子団猛者頭達には、思えたようである。

 一人でキャルド一頭を相手にするのは、猛者頭でも無理があるのに、
裂熊丸から見ても、三頭を倒したという男は、猛者頭の体格よりもかなりきゃしゃな身である。

 そして、その言葉を聞いていた猛者頭筆頭の黒豹丸は、
きゃしゃな身の男ホルヘを睨み付けている。

 裂熊丸の悪い予感は的中した。

 きゃしゃな身の男ホルヘは、硫黄で蒸している肉の燻製中を覗き込み、
「くせ~。こんなのを食べるとは、気がしれない。」
と、侮辱の言葉を吐いた瞬間、黒豹丸は剣を抜きざま切り込んだ。

 きゃしゃな身の男の体格では、三頭のキャルドを相手したことが信じられないので、
黒豹丸は確かめたかったのだろう。

 黒豹丸の刃をホルヘは転がり避けて剣を抜くと、
尾刃剣は赤く作動して、ホルヘの顔も殺気だっていた。
「やめろ」
と鹿島は叫んだが、黒豹丸はさらに切り込んでいったのちに、
黒豹丸の刃は鍔の根元から折られて、エミューの肉の方へ飛んで行った後、
きゃしゃなホルヘは黒豹丸の首めがけて足を回して、黒豹丸の首に蹴りを入れた。

 気を失った黒豹丸はあおむけ状態であるが、周りの介護で直ぐに息を吹き返した。

 並の武人であったら、首の骨は折れていても不思議ではない強さであるのに、
黒豹丸は足の動きに気付き身を固くして、更に蹴りの衝撃を防げるように、
蹴られる方向に身を下げようとしたが、それでも間に合わない速さのために、
強い衝撃を受けた様子だが、命に別状は無かった。

 鹿島はきゃしゃな男ホルヘに、
「侮辱の言葉を言ったのは、悪いことだから。謝れ!」
と説いたが、他の黒い鎧の集団陸戦隊は、
尾刃剣の柄に手をかけて既に戦闘態勢をとっていた。

「いや黒豹丸もいきなり切りかかり、申し訳なかった。」
と裂熊丸は言って、緊張を解くことに務めたのは、
全員黒い鎧なので、全員が鬼神か魔神としか思えなかったからである。

 きゃしゃなホルヘは倒れている黒豹丸に近づき、手を差し出して黒豹丸をおこした。
「済まなかった。」
と一言い返したが、黒豹丸は何が起きたのかと、周りを見渡しているだけである。

「神降臨街に来るならば、食糧不足のことは相談に乗ろう。」
と裂熊丸に言って、鹿島達黒い鎧の陸戦隊は立ち去った。
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