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87密約

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 鹿島達が白石と柳生指南との間でなごみ出した頃、
話弾んでいる客間に巴姫が現れたの報告がなされている最中に、
足早に駆け出している足音と共に巴姫が現れた。

 巴姫は部屋に入るなりヤンに駆け寄り、

「婚約発表は先になるが、父上の承諾は戴いたぞ!」
とヤンの首に手をまわして抱きついた。

「姫君がドレス姿?」
 と白石と柳生指南二人はハモって、顔を見合わせた。

 巴姫の姿は、
既に甲冑は脱いでいたが、きらびやかで窮屈そうな短めのドレスに、
ガンベルトと尾刃剣を差している変てこな出立である。

 巴姫も少し恥じらうように、ドレスの端を持ち上げると、
貴婦人の挨拶で部屋に居る一同に腰を下げた。
そして、そのドレス姿をヤンに披露するように、
ドレスの端を持ち上げたまま、
ヤンの前で可愛げなステップを踏んで見せた。

 日出国帝が現れたとの知らせで、
白石は鹿島達に断りの言葉を残して、急ぎ足で部屋を出ていった。

 その後に、台車に乗せた浅い木製の四角い箱を持った書生が現れて、
鹿島達の武器を箱に入れるように催促した。

 一国の指導者に会うためには、仕方のないことで、
鹿島達全員は承諾した。

 そして、矢張り巴姫にも同じ様に求めている。

 鹿島達が案内されたきらびやかな部屋には、
既にテーブルの上には、食事と酒の他に色んな果物が置かれている。

 白石によく似た日出国帝は長いテーブルの中央に鎮座していて、
その前の席に鹿島は案内された。

「初めまして、シン.カジマです。」
 と言って、向いの日出国帝に手を差し出した。

 日出国帝は当惑したように白石の方を向くと、

「今日は互いに私の客人ですので、身分は伏せたままです。
亜人協力国の挨拶です。手をつないで下さい。」
と白石は日出国帝に催促した。

 白石の催促に笑顔で頷いて、日出国帝は鹿島の手を握り返した。

 鹿島達がそれぞれ席に座ると、
鹿島達の武器とすべての持ち物を乗せた手押し台車が横後ろに置かれたが、全員のタブレットパソコンに書生は首を曲げて、
手に取り確認したいが、眼だけを注視させて、それを取り確認するには、
鹿島たちの物に呪いを恐れているかのように気後れしているようである。

 周りには護衛の者らの気配はなくなり、
鹿島達の心感に触れさせない用心のためか?
無用な心配をさせないためかは分からないが、
かなりの気づかいであることは理解している。

 多くの料理が運ばれて、鹿島達四人も酒をも勧められるが、
酒は三度に一度だけは受けたが、
既に日出国帝と白石はほろ酔い顔で上機嫌である。

 巴姫も日出国帝の隣でほろ酔い顔になっているが、
ヤンの酒をたしなんでいないことに気が付き、

「ヤン様、お酒は嫌いですか?」
 とにこやかに聞いてきた。
「嫌いではないが、このような宴席でのたしなみ方を知らないので、
控えさせてください。」
とヤンはやんわりと頭を下げた。

 巴姫はにこやかな顔をヤンに向けていたが、
振り向く様に給仕娘に耳打ちした。

 給仕娘が席を離れると、巴姫は席を立ちヤンの隣に着席する。
 
 全員が巴姫に注目すると、白石は立ち上がり右手を横に払った。

 その場にいた書生と給仕娘に料理人であろう男らは、
部屋から出ていった。

 そこに先程の巴姫に耳打ちされた娘が、腰ほどの陶器類を持ち込み、
後ろには陶器の杯を持った娘らが現れた。

 巴姫は腰ほどの陶器類を持ち上げて、全員に配られた陶器杯に、
中に入った溶液を継いで回った。

 正面の皆が飲み干すので鹿島も飲み干すと、
パトラがカナリア街で出した秘蔵のキャベツ味ジュースであった。

「守り人殿達には飲み慣れたエルフ種族の秘伝の飲み物でしょうが、
酔い覚ましには最高の秘薬ですので、我らは重宝しています。」
と、大石は陶器製の杯を上げた。

 パトラの秘蔵飲み物が、すでに日出国まで流通している様子である。

 先程までほろ酔い顔であった日出国帝と白石は、
入り口ドアと反対側のドアに向かい、二人だけで入っていった。

 残った巴姫と柳生指南は改めて酒を勧めて、
なおも鹿島達にテーブルの上にある果物の説明をしながら、
南国の甘い果物を勧める。

 鹿島達は、ほんとに甘すぎると思うぐらいの、
柿味する珍しい果物に驚いている。

 奥の部屋に入った大石が出てきて、柳生指南を呼んで手を挙げた。

 大石と巴姫は鹿島達の荷物が入った台車を両手で押しながら、
鹿島達を奥の部屋に案内した。

 鹿島達が部屋に入ると、
日出国帝は口をへの字に曲げ、腕を組んで思案中である。

 鹿島達が席に着くと、日出国帝は柳生指南に向き、
「巴が豚似コヨーテに襲われた時の状況を聞いた。誠であるか?」
「すべて真実です。」
 と、柳生指南は胸を張った。

「朕の命令があれば、亜人のいや、亜人協力国の下で働くと?」
「帝の仰せのままに。この身一つは何時でも、
そして、柳生一族は帝の意のままに。」

 日出国帝は暫く黙とうして、
「柳生宗矩。そちを朕の旗本から解任して、巴の旗本に任命する。
異論あるか?」
「帝の護衛は?」
「ハンゾー.イガにすべて任せる。」
「しかしながら、ハンゾーだけでは心もとないので、
せめてジューベーだけでも。」
「余には白石が付いている。大丈夫だ!
それよりも巴の行く末が心配なのだ。頼む!」

「只今より、我が身、我が一族の命、ガイア女神さまに誓い、
巴姫様に忠誠と命を預けます。」

「巴。誓いの儀式を宗矩に贈れ!」

 巴姫は箱に置かれている尾刃剣を取り握ると、
発動させてないで刃を抜くと、柳生指南の肩に当てた。

「汝の力を我の民と家族に加護を、我の配下に手助けを、
我の身と汝は命尽きるまで共に一心同体で、
我もそなたを命がけで護守る。」
「我、柳生宗矩とわが一族全員の命をガイア女神さまに誓い、
全てを巴姫様に捧げます。」
と、臣属儀式が行われた。

「巴。宗矩を柳生領地に帰らせて、亜人協力国の駐屯兵を迎えさせよ。
更に亜人協力国兵に合力させよ。」
「宗矩。聞いての通りだ。明日の見送りはいらぬ。直ぐに施行せよ!」
 と命じて、直ぐに巴姫は日出国帝を向いて、

「父上様、柳生領は生産が低く、蓄えは少ないと思います。
宗矩にいくばくかの軍事費をください。」
 と、初めての旗本に気遣っている。

「分かった。明日帰領する際に王城へ出向け。
十分の軍資金を用意しておく。」
「お言葉に甘えて寄らせていただきます。」

「この後巴の事で話がある。朕と亜人協力国の取り決めを確認するので、
それまで付き合え!」
と言って、白石に後の言葉を託すように、顎をしゃくりあげた。

「提督閣下殿。ヤン殿が巴姫と婚姻したならば、
亜人協力国からの庇護はどの様に?」
「巴姫殿が守りたい全てを、代行できます。
巴姫殿がやりたい事、すべてに手を貸します。」

「要求は?」
「ヤンとは損得勘定などない。
だから巴姫殿はヤンの命と一心同体だと思うので、代わりの要求はない。」
「要求はないと?」

「ヤンの細君に、何の要求ができよう。
全てはヤンの安全であり、その家族の安全を優先します。
ヤンと巴姫殿の希望には、すべてにわれらは行動優先します。」

 ヤンは立ち上がると、
「私の希望は、巴姫殿と共に世界へ羽ばたきたい。」
「わらわも、ヤン殿と一緒に最強の船団を作って見せます。」

 日出国帝イエミツは立ち上がり、
「日出国の願望は、若い二人なら実現可能であろう。
婚約発表は、柳生領の砦完成に合わせるので、
それまでは隠密に行動しなければならない。
明日は宗矩の人事変更を行い、巴等が帰港した暁には結婚させる。」

 巴姫は感激したようで、日出国帝に抱き着いて泣き出した。

 同時に、白石と柳生指南は拍手をしだしたので、
鹿島達もその拍手に加わると、
ヤンはみんなに頭を下げたままで、
下を向いたまま涙をこらえているようである。

 日出国帝イエミツの決断は、巴姫の先々を憂虞しての想いであろう。

 鹿島のねじれた心では、
『じゃじゃ馬娘ほど可愛い。』のだろうと思えた。

 そして今すぐにでも蒸気機関船の建造は可能であるが、
遠洋に出るのであれば、
ディーゼル機関船の建造を急がねばならないだろうと、
鹿島の想いは、ヤンの姿は海の船舶上にあった。
 
 非公式な鹿島と日出国帝イエミツとの会談は終わり、
巴姫と柳生指南共にイエミツも帰っていき、
鹿島達の宿泊場所はこの白石邸をあてがわれた。

 鹿島は、教会娘たちによる失禁洗礼を受けた後での、
湯殿を進められたことは地獄に仏と思われた。

 教会に残してきた服と下着の処分の行方に、
鹿島は改めて不安を感じてもいる。

 不安の種をマーガレットとパトラに気づかれたであろうし、
重荷の体に変な誤解をされないかが心配である。

 湯船の前には薄い透けた襦袢だけの四人の娘が居たが、
惜しいながらも鹿島は自分で洗えると丁寧に断っている。

 鹿島は二人の妻を持った助平野郎との噂が、
世間一般から思われているようである。

 鹿島は娘たちにごめんなさいと思えたが、後腐れがないのであれば、
本心は助平ですと、男って奴の心を告白したいが、
只、理性が働いたのは、
マーガレットとパトラに嫌われるのが怖いだけである。

 朝、豪華な朝食の接待を受けている最中に、
鱗甲冑に身を包んだ元気な様子の巴姫が現れた。
すでに朝食は済ましたと言っていたが、ヤンの隣で肉の塊を食べ始めた。

 よほど気に入ったのか、腰にはガンベルトに尾刃剣を差している。
 
 桟橋にはスクーナー型二本マストの帆船が待っており、
高いマストには、
朝日を模した日章旗をはためかせているのは日出の象徴だろう。

 日出国では、
よくこの綺麗なマークを目にした記憶が鹿島によみがえった。

 草原で出会った少年達がヤンを迎えていてくれた。

 少年達は荷車に乗せてある亜人協力国の商品を、
全て帆船に積み込み始めた。

 巴姫はヤンを帆船船長と教官たちに、
『我ら命の恩人が乗船したいとのことで、父上の許可をいただいて、
乗船を許可した。』
と、紹介していた。

「噂は既に存知しています。ヤン殿、感謝と共に歓迎します。」
と言って、
船長と教官たちはヤンに手を差し出している。

 鹿島達はヤンと巴姫を見送り、
既に柳生邸で購入してもらった塩を受け取った後は、
神降臨街に向かう予定である。

 柳生邸では、既に引っ越し最中であったが、
副指南のジューベーが待っていていた。
そして塩はキチンと麻袋に入れられていた。

 ポールは、副指南のジューベーに塩三十袋六百キロ分の代金、
金貨二十貨を差し出したが、
日出国での相場は塩二キロ一銀貨なのでと、
ジューベーは三金貨しか受け取らなかった。

 鹿島たちが日出国でこれ以上の漫遊は、
日出国に迷惑がかかる懸念があるので、
火の国経由で帰国する事にした。

 ジューベーは亜人協力国まで送るといったが、
火の国の国境で強く辞退した。

 鹿島とトーマスは常に厄災を引くとの噂が、
銀河連合鉱山防衛後から陸戦隊での噂話になっていた事が有るので、
その厄災に日出国人まで巻き込みたくなかったのだろう。


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