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二章
第19話 生きるために必要なもの
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「なにぃ、兵を寄越せだと?」
ロッドミンスター城下の広場で、ウルフレッドは将校のエリクセンからもたらされた報告に対して不快感をあらわにした。
制圧したばかりのロッドミンスター城とその城下町では、マシューデル派に対する残党狩りのため、兵士たちが起こす音で溢れている。
「断りますか」
エリクセンが顔色を変えずに言うと、ウルフレッドは「いやいや、まて」と眉間に手を当てて考え込む様子を見せた。
「……今どれくらい動かせる?」
「王都を奪還できたとはいえ、まだマシューデル軍の残党が東に残っていますからな。そうでなくとも、奴らに兵など一人もくれてやりたくはありません」
「そういうわけにもいかんだろう、こっちだって国を統一してすぐにナプスブルクと戦争なぞできん」
「ならば、いくら送りますか」
「……百、といいたいところだがそれじゃケチだと思われる」
「では、二千?」
「全軍の半分なんて冗談じゃない。そんな余裕どこにあるんだよ。おお、ホランド良いところに来た」
残党狩りの一隊を指揮していた将校のホランドが呼び止められた。
「ナプスブルクへの援軍の将はお前に任せる。ちょうど良い感じに戦ってくれ、な?」
「はあ?」
「兵力はエリクセンとよく相談して決めてくれ。ジドゥーバルには言うなよ、あいつなら自分が行くと言い出しかねん」
突然呼び止められたと思ったら予想外の命令を告げられたホランドは、何か言いたそうな顔を続けたがウルフレッドはそれを無視した。
そして「さて」と呟き、先程から自分の目の前で両手を縛られて膝をつかされている初老の男性を見下ろした。今の自分にとってはナプスブルクへの援軍よりも、こちらが大事だ。ウルフレッドはそう考えている。
ウルフレッドは目の前で跪く男に声をかけた。
「正直なところここまで苦戦させられるとは思わなかったぞ、コービン。さすがは兄上の軍師だった男だな」
コービン参謀はマシューデルの相談役であり事実上の軍師として付き従い、一連の内乱劇でも常に傍らにいた。
そしてマシューデル亡き後、敗軍を取りまとめマシューデルの幼い息子と妹を保護していたのがこの男だった。
コービンの背後には処刑人が重々しい斧を携えて立ち、主の命令を待っている。
声をかけられたコービンは極めて落ち着いた様子でウルフレッドを睨みあげて言った。
「殿下のご子息と妹君はすでに東に脱出された。いくら探しても見つからぬぞ」
ウルフレッドはその言葉に特に反応を示さなかった。そして真剣な眼差してコービンに語りかけた。
「お前の見事な手腕を買い上げたい。俺には軍師が必要なんだ。もし兄上の息子のことが気がかりなら悪いようにはしない。だから、頼まれてくれないか」
ウルフレッドのその言葉は素直な本心だった。
東方に脱出した妹はウルフレッドにとっても母親違いの妹であり最初から命を取ろうという思いなどなく、マシューデルの幼い息子についても殺す必要はないと考えており、二人ともどこか田舎に小さな領地でも与えて静かに暮らさせるつもりであった。
そして自分には軍師が必要。これはこの一連の戦いで最もウルフレッドが痛感していることだった。
ジドゥーバルら三人の将校は優れた戦闘指揮官に成長しつつあり、また個人の武勇においても頼もしい存在といえた。しかし軍略、政略といった分野になると第一線級とは言い難い。
本来ならば自分がその役割を果たさねばならないとウルフレッドは考えていたが、しかし王族でありながらも学が無く、そういった知恵者の役割には自信がないというのが正直なところだった。
ならば自分には何ができるのか、そのような問いかけを自身にしていることが多い昨今だが、結局は目の前の問題を対処に追われてしまっている。
だからウルフレッドにはコービンが必要だった。
コービンはウルフレッドの言葉を聞くと、目を閉じて黙り込んだ。ウルフレッドは静かに彼の言葉を待つ。
やがてコービンを目を開き、穏やかな口調で返答をした。
「例えこの命が奪われようとも、民の家々を焼き討つような人物を主君に戴くことは、ありえません」
「そう、か……」
人望すら兄上には遠く及ばないのか。ウルフレッドはめまいにも似た感覚を覚えた。そして生きるためとはいえ、己が成した悪行の重さを痛感し始めている。
あの日、何故中立を宣言していたはずの親衛騎兵隊がマシューデルの側についていたのか。ウルフレッドはその答えを捕らえた親衛騎士団長から聞いていた。
あくまで情勢注視のために赴いていた彼らの部隊が反ウルフレッドの意志を固めたのも、ウルフレッドの焼き討ちをその目で見たからだった。
ウルフレッドはしばらくの間黙して立ち尽くした。
やがてコービンを見つめ、言った。
「……お前の家族は罪に問わない」
するとコービンはホッとしたような顔を浮かべた後、少し意地悪そうな表情を作ってこう言った。
「そうですか。それは、どうも」
ウルフレッドが処刑人へ合図を出す。斧が大きく振り上げられ、その鋼鉄の重さを速さに乗せてコービンの首へと振り下ろされた。
ウルフレッドは目の前の鮮血を目にして考えた。
どうしてこうもままならないのだ。生き残るためには、足らぬものが多すぎる。慈悲が足らないというのなら、その慈悲こそが俺を殺すのではないか。
ロッドミンスター城下の広場で、ウルフレッドは将校のエリクセンからもたらされた報告に対して不快感をあらわにした。
制圧したばかりのロッドミンスター城とその城下町では、マシューデル派に対する残党狩りのため、兵士たちが起こす音で溢れている。
「断りますか」
エリクセンが顔色を変えずに言うと、ウルフレッドは「いやいや、まて」と眉間に手を当てて考え込む様子を見せた。
「……今どれくらい動かせる?」
「王都を奪還できたとはいえ、まだマシューデル軍の残党が東に残っていますからな。そうでなくとも、奴らに兵など一人もくれてやりたくはありません」
「そういうわけにもいかんだろう、こっちだって国を統一してすぐにナプスブルクと戦争なぞできん」
「ならば、いくら送りますか」
「……百、といいたいところだがそれじゃケチだと思われる」
「では、二千?」
「全軍の半分なんて冗談じゃない。そんな余裕どこにあるんだよ。おお、ホランド良いところに来た」
残党狩りの一隊を指揮していた将校のホランドが呼び止められた。
「ナプスブルクへの援軍の将はお前に任せる。ちょうど良い感じに戦ってくれ、な?」
「はあ?」
「兵力はエリクセンとよく相談して決めてくれ。ジドゥーバルには言うなよ、あいつなら自分が行くと言い出しかねん」
突然呼び止められたと思ったら予想外の命令を告げられたホランドは、何か言いたそうな顔を続けたがウルフレッドはそれを無視した。
そして「さて」と呟き、先程から自分の目の前で両手を縛られて膝をつかされている初老の男性を見下ろした。今の自分にとってはナプスブルクへの援軍よりも、こちらが大事だ。ウルフレッドはそう考えている。
ウルフレッドは目の前で跪く男に声をかけた。
「正直なところここまで苦戦させられるとは思わなかったぞ、コービン。さすがは兄上の軍師だった男だな」
コービン参謀はマシューデルの相談役であり事実上の軍師として付き従い、一連の内乱劇でも常に傍らにいた。
そしてマシューデル亡き後、敗軍を取りまとめマシューデルの幼い息子と妹を保護していたのがこの男だった。
コービンの背後には処刑人が重々しい斧を携えて立ち、主の命令を待っている。
声をかけられたコービンは極めて落ち着いた様子でウルフレッドを睨みあげて言った。
「殿下のご子息と妹君はすでに東に脱出された。いくら探しても見つからぬぞ」
ウルフレッドはその言葉に特に反応を示さなかった。そして真剣な眼差してコービンに語りかけた。
「お前の見事な手腕を買い上げたい。俺には軍師が必要なんだ。もし兄上の息子のことが気がかりなら悪いようにはしない。だから、頼まれてくれないか」
ウルフレッドのその言葉は素直な本心だった。
東方に脱出した妹はウルフレッドにとっても母親違いの妹であり最初から命を取ろうという思いなどなく、マシューデルの幼い息子についても殺す必要はないと考えており、二人ともどこか田舎に小さな領地でも与えて静かに暮らさせるつもりであった。
そして自分には軍師が必要。これはこの一連の戦いで最もウルフレッドが痛感していることだった。
ジドゥーバルら三人の将校は優れた戦闘指揮官に成長しつつあり、また個人の武勇においても頼もしい存在といえた。しかし軍略、政略といった分野になると第一線級とは言い難い。
本来ならば自分がその役割を果たさねばならないとウルフレッドは考えていたが、しかし王族でありながらも学が無く、そういった知恵者の役割には自信がないというのが正直なところだった。
ならば自分には何ができるのか、そのような問いかけを自身にしていることが多い昨今だが、結局は目の前の問題を対処に追われてしまっている。
だからウルフレッドにはコービンが必要だった。
コービンはウルフレッドの言葉を聞くと、目を閉じて黙り込んだ。ウルフレッドは静かに彼の言葉を待つ。
やがてコービンを目を開き、穏やかな口調で返答をした。
「例えこの命が奪われようとも、民の家々を焼き討つような人物を主君に戴くことは、ありえません」
「そう、か……」
人望すら兄上には遠く及ばないのか。ウルフレッドはめまいにも似た感覚を覚えた。そして生きるためとはいえ、己が成した悪行の重さを痛感し始めている。
あの日、何故中立を宣言していたはずの親衛騎兵隊がマシューデルの側についていたのか。ウルフレッドはその答えを捕らえた親衛騎士団長から聞いていた。
あくまで情勢注視のために赴いていた彼らの部隊が反ウルフレッドの意志を固めたのも、ウルフレッドの焼き討ちをその目で見たからだった。
ウルフレッドはしばらくの間黙して立ち尽くした。
やがてコービンを見つめ、言った。
「……お前の家族は罪に問わない」
するとコービンはホッとしたような顔を浮かべた後、少し意地悪そうな表情を作ってこう言った。
「そうですか。それは、どうも」
ウルフレッドが処刑人へ合図を出す。斧が大きく振り上げられ、その鋼鉄の重さを速さに乗せてコービンの首へと振り下ろされた。
ウルフレッドは目の前の鮮血を目にして考えた。
どうしてこうもままならないのだ。生き残るためには、足らぬものが多すぎる。慈悲が足らないというのなら、その慈悲こそが俺を殺すのではないか。
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