中古一国記

安川某

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二章

第33話 ライル・ハンクシュタイン

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 焼け残った数少ない陣幕の中で、摂政ロイと一人の黒髪の女性が向き合っている。

「……こうして私は行き倒れていたところを老夫婦に救われ、今日まで生き延びたのです」

「村の男たちは戦に慣れていた様子だったと聞いた。それは君がしたことなのか」

「村の者を使い自警団を組織しました。ならず者相手ならばともかく、セラステレナの軍勢が敵ではそれも無力でした」

 ロイは自ら目の前に現れた”矢文の主”にを改めて見た。

 村に拾われた女が男たちを兵士に仕立て上げ、村を守らせていた。元々外者である彼女がそこまでの信頼を得るには、村長の義理の娘という立場以上の何か出来事があったのだろう。

 女はボサボサの髪に、やややつれた目を静かにこちらに向けている。歳は二十五だと言った。あまりに若い。髪を整え、化粧をしたならば、王族ですら欲しがるほどの美貌だろう。だが瞳の奥に、一昼夜ではなし得ない冷ややかさと、闇を感じる。知者の目だ。城に住う女たちとは明らかに異質な様相。夜襲を警告した矢文の主であるという以上に、ロイはそこに興味を抱いた。

「夜襲を私に警告したな。なぜそれを知った」

「軍の動きを村の者たちに見張らさせていました。あなたが摂政に就任されたその日から、セラステレナの動きも全て。指揮官ヨハン・クリフトアスはナプスブルクの侵攻を予期していました」

 やはり敵の指揮官は枢機卿ヨハン・クリフトアスか。そして足の不自由なこの女がそれを伝えられたのは、村の者を使ったのだろう。

「ならばなぜ詳細に警告しなかった。敵が手薄の我が本営を狙うとわかれば、私は無様を晒さずに済んだかも知れないな?」

「理由は二つ。一つはフィアット軍の壊滅を避けるため。そのためには罠であっても援軍が必要でした。さらにナプスブルク軍の陣容は薄く、本営の守備とフィアットへの援軍、二手に分かれて勝利できる将がおりません。そのため目的は一つに絞る必要がありました」

 ジュリアンは経験が浅く、援軍の将のホランドに大役は任せられない。血鳥団は少数。するとランドルフしかいないということか。そしてフィアットが壊滅していたなら、勝敗はすでに決している。この女、よく見ている。

「ではなぜ罠にかかるとわかって警告したのだ」

「それが理由の二つ目です。私はあなた様に、私が有用であることをあの一件で示す必要がありました」

 そう言って女はゆっくりと、陳謝するように深々と頭を下げた。

「私が怒り、君を罰するかもしれない可能性については?」

「その程度の器量ならば、私は自分の洞察の甘さを呪うだけです」

「言ってくれるな。だがこちらは今や食うも食わずの状態だ、君が思うほどの器量があるか、自信をなくしていたところだ」

 女は黙ってそれを聞いている。

「ところで、なぜ私に仕官しようと考えた。”笑い男”に対する復讐が目的であるなら、仕える国は大国である方が良いのではないか」

「片足の動かぬ元娼婦の女など、仕官を許す国はありません」

「私ならば違うと?」

「あなた様は元奴隷。そして書記官であったグレーナー殿や敵将であるロッドミンスターのメランを登用、懐柔されたことから、極めて実際的な人物とお見受けしました」

 そこまで知っているのか。ロイはこの女に対する警戒心が強まるのを感じた。

「確かに、私には誇るべき誇りなどないな」

「だからこそ私にはナプスブルクしか、いいえ、摂政ロイ・ロジャー・ブラッドフォード様に仕える道しかありません」

「……全ては復讐のためか」

 女は改めて頭を下げると、言った。

「片足の生を失った女の身であの男に勝つには、力では不可能です」

「ならば何を求める」

「権力。私は権力を望みます。それは女が持ちうる唯一の力です。この大陸に住うありとあらゆる人間に対し、行使できる権力を。たとえ森に潜む一匹の虫であっても探し出せる権力を。あるいはある日猛虎が目の前に現れたとしても、恐れぬ権力を」

「奴を捕らえ、殺すために」

「あの男の全てを奪うために」

 女の目が初めて生気を宿したように見えた。
 そして女は不自由な片足をぎこちなく動かすと、ロイの前で跪き、こう言った。

「ロイ・ロジャー・ブラッドフォード様。この身の全てをあなたに捧げます。私の全てが焼け落ちるその日まで。なにとぞ、仕官をお許しください」

 ロイは跪く女を見ながら、感じた。この女には大義や国家への忠誠など微塵もない。全てが私情によって突き動かされている。そして潜む狂気ともいえる情は、自分も同じであるということ。

 何者かの望みが果たされることは、心のどこかで望んでいる。

 もしこれから自分がなすことによって地獄が生まれるとしても、それがいつかせめてもの救いになるのではないか。

 ロイは女に対し、言った。

「ライル・ハンクシュタイン。今、なぜそう名乗っているのかはあえて問うまい。だが今の我らは危機の真っ只中。苦労はしてもらうぞ」

 そしてロイはニヤリと笑って、ライルに言った。

「君の仕える主は、なにせ戦下手だ」

 ロイの言葉を聞いたライルは顔を上げ、目の前で自虐気味に微笑む主を見た。

 ライルの顔に、初めて笑みが宿った。
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