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二章
第46話 ダカン平原の会戦⑥
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ライルは左翼の部隊を交戦状態に入らせると、直隷兵の一隊に身を守らせながら馬上より戦場を見渡した。
正面ランドルフ隊、やや優勢。右翼ホランド隊、数に勝る敵に押し込まれている。潰走しないのはさすがといえる。
同じく右翼ダルシアク隊、突出しているため様子がわからない。おそらくは苦戦しているだろう。でも、今そちらを支援してやることはできない。
右隣のカルティエ隊は見事だ。砦の守備隊がこれほどの練度を持った兵とは予想外だった。
指揮官のカルティエ将軍は先頭をきって敵の一団に斬り込むことで兵を鼓舞し、配下の兵が戦闘状態になるとそれとなく身を引き指揮に専念している。歴戦の人物でなければ出来ない芸当。これほどの人物がこちらに降ったことは望外の僥倖といえる。
一方フィアット軍も善戦している。数に勝る敵軍を相手に互角の戦いをしているようにみえる。
だが現状は非常に危険だ。たとえ他の部隊が善戦しようとも、摂政が討たれればナプスブルク軍は崩壊する。
だからこちらの敵を素早く撃退し、摂政の援護に向かわなくては。
それに敵の動きに気になる点がある。
敵は右翼で軽装騎兵を展開させたが、最も強力な重装騎兵の姿がまだ見えない。
重装騎兵が確実に存在している保証はないが、正規軍でありアミアン総督のクリフトアス率いる軍団であれば、いると見て間違いない。
つまり敵はまだその切り札を温存していることになる。
対してこちらはこれへの対抗策に欠いていると言わざるを得ない。
ランドルフ将軍が自由であればそれが可能だが、それは無い物ねだりというものだろう。
敵の重装騎兵が姿を現すまでにこの本陣の混乱を収拾しなくてはならない。
ライルは未だ見えぬ騎兵隊の姿を思い描いた。
***
「馬鹿、音を立てるな」
戦場左方の森をグレボルト率いる血鳥団二百名は慎重に進んでいた。
目的は戦場中央に構える敵本陣の横に潜むこと。そして”機がやってきたならば”その本陣を横撃すること。
んなことできるか馬鹿野郎。グレボルトはそう何度も舌打ちした。
森の中は隣の戦場とは別世界のように静まり返っていた。ああ、いっそこのままどこかへ消えてしまえれば良いのに。
「隊長、あれを」
配下の一人が耳打ちする。目をやると茂みの切れ間に何かが見える。
グレボルトは咄嗟に”伏せろ”と合図を出し、自らも身を隠した。
「ふざけるなよ、おい……」
グレボルトは思わずそう声をこぼした。
騎兵、それもただの騎馬では無い。
目の前を悠々と進んでいくのは全身を強固な鎧で身を包んだ重装騎兵。間違いなく敵の精鋭。
グレボルトは瞬時に思考する。
どうする、奇襲をかけるか? 騎兵相手とはいえ森の中でならこちらが有利だ。
しかしそれでも全員討ち取れるかは微妙なところだ。
もし一人でも討ち漏らせば、間違いなくこちらの存在が敵本陣に伝わる。そうなれば本陣への奇襲はその時点で失敗。
つまりは摂政の娘の救出は絶望的になるということ。
ああ、駄目だ駄目だ。それじゃ戦に勝ったとしても間違いなくこの首が飛ぶ。文字通りに。
「動くな、やり過ごす……」
この騎兵たちの行き先はわかりきっている。
フィアット軍を叩く気だ。おそらく側面から。
ならいいか。俺には関係ねえ。
自分の力でできることなんてたかが知れてるんだ。どれか一つだけ思い通りになればそれで御の字だ。
摂政さんよ、ご要望どおりやってやろうじゃねえか。
だが”機”を作るのはあんたの仕事だ。
それができなければ、契約はここで終わりだ。
***
フィアット軍司令官、バルディーニ大公は目を見張った。
ほんの数分前まで、自らの軍団は敵を見事に押し留めていた。
すなわち前線のエリオとレツィアの隊の善戦によって戦闘は膠着状態になっていたのだ。
そのエリオの隊が、消滅した。
戦場左方の森より突如として現れた重装騎兵の一団は無防備だったエリオ・ジラルディーノ隊の横腹を完全に貫いた。
敵の重装騎兵はそのまま方向を変え、バルディーニのいる本陣へと突進をかけてきた。
重傷を負い一時戦線を離脱していたベルテ・ニーロ将軍が咄嗟に歩兵を並べて抗戦を試みたが、分厚い装甲に身を包んだ騎兵の突撃を防ぐことは叶わず轢き殺される。
「馬鹿な、あの傭兵部隊はあれを見逃したというのか……」
せめて伝令の一人でも放つことはできたはずだ。
バルディーニがそう呪いの言葉を吐いたとき、参謀長のマリノ・ジレッティが敵の放った投げ槍に胸を貫かれる姿が見えた。
「ごきげんよう」
呆然とするバルディーニ大公の前に、敵騎兵隊の将と思われる男が馬を進めて言葉をかけてきた。
「パウロスと申す。驚かれるのも無理はない。この馬こそは大聖馬オリンピオス。この見事な馬体を一度目にすれば、人馬一体の渇望をいかなる人間でも抱いてしまう。それが至極当然」
逃げるべきか。ここで自分が討たれればフィアット軍は潰走するほかなくなる。
「貴殿がフィアットの王弟であることはこのパウロス、よく存じておる。高貴なる身であるがゆえに、もうあと数秒ほどこのオリンピオスの馬体を眺めることを許す」
──いや。騎兵相手に逃げ切れるものではない。
乱入した騎兵はせいぜい二百騎。周囲の兵たちが体勢を立て直せば充分に撃退できる。
だとすれば今己がやるべきことは、ただ一つだ。
「全軍、聞け!」
バルディーニは大声で付近の兵士に向けて言い放った。
「これよりフィアット軍の指揮権は、ナプスブルク摂政ロイ・ロジャー・ブラッドフォード卿に委譲する! 全隊はその命あるまで、撤退を許可しない! 奮戦せよ! ここで逃げれば千年の汚名となる!」
「さて大公殿下。あとは首だけになってから、もう一度この馬体をゆっくりとご覧いただこう」
パウロスとその騎兵隊がバルディーニ大公に襲いかかった。
正面ランドルフ隊、やや優勢。右翼ホランド隊、数に勝る敵に押し込まれている。潰走しないのはさすがといえる。
同じく右翼ダルシアク隊、突出しているため様子がわからない。おそらくは苦戦しているだろう。でも、今そちらを支援してやることはできない。
右隣のカルティエ隊は見事だ。砦の守備隊がこれほどの練度を持った兵とは予想外だった。
指揮官のカルティエ将軍は先頭をきって敵の一団に斬り込むことで兵を鼓舞し、配下の兵が戦闘状態になるとそれとなく身を引き指揮に専念している。歴戦の人物でなければ出来ない芸当。これほどの人物がこちらに降ったことは望外の僥倖といえる。
一方フィアット軍も善戦している。数に勝る敵軍を相手に互角の戦いをしているようにみえる。
だが現状は非常に危険だ。たとえ他の部隊が善戦しようとも、摂政が討たれればナプスブルク軍は崩壊する。
だからこちらの敵を素早く撃退し、摂政の援護に向かわなくては。
それに敵の動きに気になる点がある。
敵は右翼で軽装騎兵を展開させたが、最も強力な重装騎兵の姿がまだ見えない。
重装騎兵が確実に存在している保証はないが、正規軍でありアミアン総督のクリフトアス率いる軍団であれば、いると見て間違いない。
つまり敵はまだその切り札を温存していることになる。
対してこちらはこれへの対抗策に欠いていると言わざるを得ない。
ランドルフ将軍が自由であればそれが可能だが、それは無い物ねだりというものだろう。
敵の重装騎兵が姿を現すまでにこの本陣の混乱を収拾しなくてはならない。
ライルは未だ見えぬ騎兵隊の姿を思い描いた。
***
「馬鹿、音を立てるな」
戦場左方の森をグレボルト率いる血鳥団二百名は慎重に進んでいた。
目的は戦場中央に構える敵本陣の横に潜むこと。そして”機がやってきたならば”その本陣を横撃すること。
んなことできるか馬鹿野郎。グレボルトはそう何度も舌打ちした。
森の中は隣の戦場とは別世界のように静まり返っていた。ああ、いっそこのままどこかへ消えてしまえれば良いのに。
「隊長、あれを」
配下の一人が耳打ちする。目をやると茂みの切れ間に何かが見える。
グレボルトは咄嗟に”伏せろ”と合図を出し、自らも身を隠した。
「ふざけるなよ、おい……」
グレボルトは思わずそう声をこぼした。
騎兵、それもただの騎馬では無い。
目の前を悠々と進んでいくのは全身を強固な鎧で身を包んだ重装騎兵。間違いなく敵の精鋭。
グレボルトは瞬時に思考する。
どうする、奇襲をかけるか? 騎兵相手とはいえ森の中でならこちらが有利だ。
しかしそれでも全員討ち取れるかは微妙なところだ。
もし一人でも討ち漏らせば、間違いなくこちらの存在が敵本陣に伝わる。そうなれば本陣への奇襲はその時点で失敗。
つまりは摂政の娘の救出は絶望的になるということ。
ああ、駄目だ駄目だ。それじゃ戦に勝ったとしても間違いなくこの首が飛ぶ。文字通りに。
「動くな、やり過ごす……」
この騎兵たちの行き先はわかりきっている。
フィアット軍を叩く気だ。おそらく側面から。
ならいいか。俺には関係ねえ。
自分の力でできることなんてたかが知れてるんだ。どれか一つだけ思い通りになればそれで御の字だ。
摂政さんよ、ご要望どおりやってやろうじゃねえか。
だが”機”を作るのはあんたの仕事だ。
それができなければ、契約はここで終わりだ。
***
フィアット軍司令官、バルディーニ大公は目を見張った。
ほんの数分前まで、自らの軍団は敵を見事に押し留めていた。
すなわち前線のエリオとレツィアの隊の善戦によって戦闘は膠着状態になっていたのだ。
そのエリオの隊が、消滅した。
戦場左方の森より突如として現れた重装騎兵の一団は無防備だったエリオ・ジラルディーノ隊の横腹を完全に貫いた。
敵の重装騎兵はそのまま方向を変え、バルディーニのいる本陣へと突進をかけてきた。
重傷を負い一時戦線を離脱していたベルテ・ニーロ将軍が咄嗟に歩兵を並べて抗戦を試みたが、分厚い装甲に身を包んだ騎兵の突撃を防ぐことは叶わず轢き殺される。
「馬鹿な、あの傭兵部隊はあれを見逃したというのか……」
せめて伝令の一人でも放つことはできたはずだ。
バルディーニがそう呪いの言葉を吐いたとき、参謀長のマリノ・ジレッティが敵の放った投げ槍に胸を貫かれる姿が見えた。
「ごきげんよう」
呆然とするバルディーニ大公の前に、敵騎兵隊の将と思われる男が馬を進めて言葉をかけてきた。
「パウロスと申す。驚かれるのも無理はない。この馬こそは大聖馬オリンピオス。この見事な馬体を一度目にすれば、人馬一体の渇望をいかなる人間でも抱いてしまう。それが至極当然」
逃げるべきか。ここで自分が討たれればフィアット軍は潰走するほかなくなる。
「貴殿がフィアットの王弟であることはこのパウロス、よく存じておる。高貴なる身であるがゆえに、もうあと数秒ほどこのオリンピオスの馬体を眺めることを許す」
──いや。騎兵相手に逃げ切れるものではない。
乱入した騎兵はせいぜい二百騎。周囲の兵たちが体勢を立て直せば充分に撃退できる。
だとすれば今己がやるべきことは、ただ一つだ。
「全軍、聞け!」
バルディーニは大声で付近の兵士に向けて言い放った。
「これよりフィアット軍の指揮権は、ナプスブルク摂政ロイ・ロジャー・ブラッドフォード卿に委譲する! 全隊はその命あるまで、撤退を許可しない! 奮戦せよ! ここで逃げれば千年の汚名となる!」
「さて大公殿下。あとは首だけになってから、もう一度この馬体をゆっくりとご覧いただこう」
パウロスとその騎兵隊がバルディーニ大公に襲いかかった。
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