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1章
FrontroomsからBackroomsへ
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来てしまった。私はついにこの場所へ。
どこか広いビルのワンフロア。黄色く古びた壁紙。床に敷かれている古びたカーペットも黄ばんでおり、そこから湿ったほのかに甘い臭いが立ち昇って私の鼻をつく。
天井には古い蛍光灯がつけられており、ブーンという”ハム音”を時折立てながら部屋内を照らしている。
”Level 0”
そう書かれたプレートが壁にかかっている。
間違いない、ぜったいにそうだ。
ここは、The Backroomsだ。
私達が普段生活している世界が表なら、ここは裏の世界。
私達の世界である”The Frontrooms”から何かがきっかけて”外れ落ちる”とやってきてしまう世界、それが”The Backrooms”。
一度この世界に迷い込んでしまえば脱出は極めて困難。
私は制服のスカートからスマホを取り出して、画面のロックを外す。
そして、ネット環境がないところでも情報を取り出せるように予め端末にダウンロードしていたThe Backroomsの情報サイトであるwikiを開く。
”あなたが注意を怠って、おかしな所で現実から外れ落ちると、古くて湿ったカーペットの匂いと、単調な黄色の狂気と、最大限にハム音を発する蛍光灯による永遠に続く背景雑音と、約十五兆 m2 を超えて広がるランダムに区分けされた空き部屋に閉じ込められるだけの ”The Backrooms” に行き着くことになるのです。
もし、近くで何かがうろうろしているのが聞こえたら、それはきっとあなたが出す音に気付いていることでしょう。あなたに神の救いを”
ダウンロードしたwikiのトップページにはそのような文言が書かれている。
私はスマホを操作してこのLevel 0に関するページを開いた。
------
Level 0: "The Lobby" (ロビー)
理解度 90%
危険度 1/5
概要
Level 0 は The Backrooms における 0 番目の階層である。
Level 0 は、小売店のバックヤードのように直線的ではなく、黄ばんだ壁紙と湿ったカーペットとハム音を鳴らす蛍光灯という特徴を備え、そこを訪れた人々に恐怖感と共に懐かしさを感じさせる空間である。 Level 0 での構造は一様であるかのように見えるが、空間構造が異常を起こしていて、完全に同じ構造は二度とないようである。また、壁で完全に囲まれており入口を持っているという形態の部屋は極めて少なく、その殆どが別の空間へ開いている。
Level 0 では空間構造が異常を起こしていて、ある地点と別の地点を結ぶ道を一度往復するだけでも周囲の構造が大きく変化する。このため、二手に分かれた人々が再合流することは困難である。また、コンパスや GPS などは、あなたが地球上のあちこちを不規則にテレポーションしているかのように、その計測値を変化させる。さらに、無線通信などは短距離でしか働かず信頼性がないものとなる。
壁紙とカーペットは全体的に黄ばんでいて古びているかのように見える。カーペットは湿っており、わずかに甘い奇妙な匂いを発している。カーペットを濡らす液体を摂取することは高熱や下痢などの症状をもたらすようである。壁を破壊しても特に何もないが、床を破壊することは危険な行為である。
天井には不規則に蛍光灯が配置されていて、一定の周波数でハム音(ブーンとかいう音)を発し続けている。このハム音は、通常の蛍光灯よりも明らかに大きく、かなり耳障りである。なお、蛍光灯は不規則に点滅することがある。また、蛍光灯が配置されておらず暗闇になっている箇所もある。
Level 0 に加えられた様々な変更は、あなたがそこから少し目を離すだけで消えてなくなり、元々のランダムな構造に置き換わってしまう。この特徴から Level 0 に基地を作ろうとする試みは無謀なものになっている。
つるのような手足を持ったエイリアンのようなものや犬のようなものなどがいるという情報もあるが未検証である
--------------
さて、もしここが本当にthe BackroomsのLevel 0なら、出口は下記のいずれかになる。
1,Level 0 の内部で外れ落ちるか床に向かって外れ落ちると、 The Frontrooms に移動する。
2,Level 0 の内部で延べ 100 km ほどの距離を移動すると、 The Manila Room に移動する。
3,Level 0 の内部で階段を降りたり穴に飛び降りたりすると、 Level 1 に移動する。
4,Level 0 の階段を進むと、 Level 1 η に移動することがある。
5,Level 0 の内部で壁に向かって外れ落ちると、 Level -1 に移動する。
6,Level 0 の内部で床を物理的に破ると、 Level 27 へ移動する。
ここを訪れた多くの人に最も希望があるのは、元の世界に戻れる1の出口だ。
だけど私はこれを選ぶことができない。理由は3つ。
”外れ落ちる”のは現実的ではない。このLevel 0の広さはほぼ無限にあると考えられていて、外れ落ちて、つまりこの空間のどこかにあるバグのような場所に踏み込んで元の世界であるThe Frontroomsへ転移するようなことは、はっきり言って奇跡のような運がなければ不可能。
第二に、外れ落ちるのはリスクを伴う。
wikiによると、その階層のバグのようなものである場所や物に触れて外れ落ちた場合、大抵はどこか別のthe Backroomsの階層へ転移させられるが、稀に”The Void”へ落ちてしまうことがある。
”The Void: (虚空)”とは、その名の通り何も存在しない真っ暗闇の空間とされていて、ただ重力が一定の方向に流れている。
どこかの階層ではずれ落ちた場合、一定の割合でThe Voidへ転移してしまい、もしそうなったならば助かる方法はなく、The Voidに飛ばされた人間は餓死するまで無限に広がる闇の空間を落下し続けることになる。転移の度に一定確率でたどり着いてしてしまういわば”ハズレ部屋”の中でも最悪の部類で、ここに転移してしまったら助かる見込みはない。
だから意図的に階層を外れ落ちるのは慎重に考えてからにしなければならない。
そして、第三の理由……これは私独自の理由だけれど、これが最も大きい理由。
私が自ら望んでやってきたこのthe Backroomsからすぐに生還を目指せない大事な動機。
それは親友のアユミをこのthe Backroomsから見つけ出し、無事現実世界へ連れ帰ること。
もともとthe Backroomsは海外の掲示板サイトで作成されたフィクションに過ぎないはずだった。
一つの世界観が提示され、それにそった設定をみんなで継ぎ足し発展させていく、いわゆるクリーピーパスタと呼ばれるシェアコンテンツがthe Backrooms。
次第にその設定は雪だるま式に膨れ上がり、the Backroomsを誰もが想像しなかったような迷宮へと育て上げた。
それが日本でも認知され始め、ネットで私が見つけたのが数ヶ月前だった。
もちろん私はフィクションとしてそれを楽しんでいた。
どこにでもあるような現代の風景がダンジョンのようになっていて、危険が化け物がいたり、絶望的な環境が潜んでいたりすることを、私はワクワクして想像を膨らませながら楽しんでいたのだ。
そんな私の考えが変わったきっかけが、先週の出来事だった。
アユミが私の目の前で”外れ落ちた”のだ。
高校の部活の終わりにいつもと変わらない帰り道を歩いていたはずだった。田んぼに囲まれた坂道でひぐらしゼミの鳴き声を聞きながら自転車を押して、クラスメイトのアユミと一緒に話しながら歩いていた。
もう一年が半分以上終わったんだよ、とか。来年でもう三年生とか早すぎるよね、とか。そんな話をしていた。
南木神社の脇を通りかかったときにアユミが「あれ……?」と怪訝そうな声をあげて立ち止まった。
その目線の先に何か特別なものがあったようには思えなかったけれど、彼女は何かを気にしていたようだった。
アユミは自転車を止めて、神社の方へ小走りにかけていくと、
「ねえイチカ、これ──」
と私に向かって何かを言いかけ、”ストンと落ちた”。
そう、まるで急に足元に穴でも空いたようにストンとアユミの身体が地面の中へ消えたのだ。
私が呆気に取られて立ち尽くしたのは言うまでもない。
だって、そんなことが目の前で起こったとして、いったい何ができるだろう。
ただそれからの私は地獄だった。
私の両親とアユミの両親、高校の先生、警察、あらゆる人たちからアユミの行方について問い詰められ、その度に精一杯見たままのことを伝えた私は怒られるか、しまいには呆れられるだけだった。
ショックで頭がおかしくなってしまった。そう結論付けられた私はまるで腫れ物のような扱いをされることになった。
私は家のベッドの上であの日起きた出来事を何度も思い浮かべ、悩み続けた。
そしてあらゆる可能性を考えた結果、自分でも信じられないとは思うけれど、思い当たる唯一の可能性がこのthe Backroomsだったのだ。
the Backroomsは海外の掲示板サイトで作成されたフィクションに過ぎない。そのはずだ。
それでもあの日彼女に起きた現象は、海外の掲示板で語られるthe Backroomsへの転移時の現象とまったく同一だった。
だから私は、あれからずっとこの南木神社に足を運んでは、the Backroomsへの入り口を探した。わずかにでも彼女の行方のヒントがあるならという気持ちで。
・周囲よりもなぜか暗いと感じる場所
・なぜか嫌な感覚を覚える場所
・はっきりとは思い出せないがいつもとは違うと感じる場所
そんな場所がthe Backroomsへと外れ落ちることができるポイントになっているという。
だから私は、あの日アユミが言いかけていた違和感の正体を求めて、一人神社に足を運び続けていたのだった。
ストンと落ちたのは、今日。つまりアユミが失踪してからちょうど一週間。
正直なところ私も半信半疑、いや、半分以上は疑っていた。
でも、それでも無理矢理にでも信じなければ、あの日目の前でみた現象を理解することができなかったのだ。
ここに来ることができて確信した。アユミはまだ生きている可能性がある。
このthe Backroomsのどこかできっと、まだ。
でも彼女はthe Backroomsについて何も知らない。
だから一刻もはやく彼女を見つけ、一緒にここからでなければ。
このwikiの情報は生きて現実世界に戻るために必要不可欠なものだ。
現実世界に戻る方法はいくつか存在する。
そのうち、Level 0から戻る方法は先にも言ったとおり、奇跡が起きなければ不可能。
であれば私が目指すべき方法はもうひとつの手段。
──Level 3999の”ゲームセンター”に到達してそこにある”窓”から現実世界へ帰ること。
wikiには各階層の詳細情報が多く載っている。すべてを網羅しているわけではないにしろ、危険は予め避けることができる。
決して不可能ではない……そう思ってはいるけれど、それでもこうして現実にここへやってくると気持ちが揺らいでしまう自分がいる。
「しっかりしないと……」
私は言い聞かせるようにそうつぶやき、スマホの画面を再び見た。
Level 0にやってきたアユミが、次にどこへ向かったを考えないと。
Level 0の出口を改めて確認する。
1,Level 0 の内部で外れ落ちるか床に向かって外れ落ちると、 The Frontrooms に移動する。
2,Level 0 の内部で延べ 100 km ほどの距離を移動すると、 The Manila Room に移動する。
3,Level 0 の内部で階段を降りたり穴に飛び降りたりすると、 Level 1 に移動する。
4,Level 0 の階段を進むと、 Level 1 η に移動することがある。
5,Level 0 の内部で壁に向かって外れ落ちると、 Level -1 に移動する。
6,Level 0 の内部で床を物理的に破ると、 Level 27 へ移動する。
もちろんこれが判明しているすべてではないと思う。
しかし、多くの情報が寄せられているLevel 0 ならばアユミはこのいずれかの出口に向かった可能性が高い。
1と2は現実的ではない。
5の可能性がないわけではないが、そうだと踏む確証も無い。
6は彼女の力では……というか大抵の道具を持たない人間では不可能。
だから可能性が高いのは、
3,Level 0 の内部で階段を降りたり穴に飛び降りたりすると、 Level 1 に移動する。
4,Level 0 の階段を進むと、 Level 1 η に移動することがある。
このいずれか。
4のLevel 1 η はLevel 1の別バージョン、亜種のようなものと理解していい。
とすると3も4も階段が関係していて、階段を進むうちにLevel 1か一定割合でLevel 1 η へ進むことになる。
穴を飛び降りれば確実にLevel 1に移動できるが、あの小心者なアユミがそんな勇気のいることをあえてするとも思えない。
化け物に追われていてとっさに、とかでなければだけど……。
であれば最も可能性が高いアユミの行き先は階段。そしてLevel 1かLevel 1 ηは確率での分岐ということになる。
運の要素が絡んでしまうけれど、これが最も合理的な判断。
「よし……階段を探そう」
どこか広いビルのワンフロア。黄色く古びた壁紙。床に敷かれている古びたカーペットも黄ばんでおり、そこから湿ったほのかに甘い臭いが立ち昇って私の鼻をつく。
天井には古い蛍光灯がつけられており、ブーンという”ハム音”を時折立てながら部屋内を照らしている。
”Level 0”
そう書かれたプレートが壁にかかっている。
間違いない、ぜったいにそうだ。
ここは、The Backroomsだ。
私達が普段生活している世界が表なら、ここは裏の世界。
私達の世界である”The Frontrooms”から何かがきっかけて”外れ落ちる”とやってきてしまう世界、それが”The Backrooms”。
一度この世界に迷い込んでしまえば脱出は極めて困難。
私は制服のスカートからスマホを取り出して、画面のロックを外す。
そして、ネット環境がないところでも情報を取り出せるように予め端末にダウンロードしていたThe Backroomsの情報サイトであるwikiを開く。
”あなたが注意を怠って、おかしな所で現実から外れ落ちると、古くて湿ったカーペットの匂いと、単調な黄色の狂気と、最大限にハム音を発する蛍光灯による永遠に続く背景雑音と、約十五兆 m2 を超えて広がるランダムに区分けされた空き部屋に閉じ込められるだけの ”The Backrooms” に行き着くことになるのです。
もし、近くで何かがうろうろしているのが聞こえたら、それはきっとあなたが出す音に気付いていることでしょう。あなたに神の救いを”
ダウンロードしたwikiのトップページにはそのような文言が書かれている。
私はスマホを操作してこのLevel 0に関するページを開いた。
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Level 0: "The Lobby" (ロビー)
理解度 90%
危険度 1/5
概要
Level 0 は The Backrooms における 0 番目の階層である。
Level 0 は、小売店のバックヤードのように直線的ではなく、黄ばんだ壁紙と湿ったカーペットとハム音を鳴らす蛍光灯という特徴を備え、そこを訪れた人々に恐怖感と共に懐かしさを感じさせる空間である。 Level 0 での構造は一様であるかのように見えるが、空間構造が異常を起こしていて、完全に同じ構造は二度とないようである。また、壁で完全に囲まれており入口を持っているという形態の部屋は極めて少なく、その殆どが別の空間へ開いている。
Level 0 では空間構造が異常を起こしていて、ある地点と別の地点を結ぶ道を一度往復するだけでも周囲の構造が大きく変化する。このため、二手に分かれた人々が再合流することは困難である。また、コンパスや GPS などは、あなたが地球上のあちこちを不規則にテレポーションしているかのように、その計測値を変化させる。さらに、無線通信などは短距離でしか働かず信頼性がないものとなる。
壁紙とカーペットは全体的に黄ばんでいて古びているかのように見える。カーペットは湿っており、わずかに甘い奇妙な匂いを発している。カーペットを濡らす液体を摂取することは高熱や下痢などの症状をもたらすようである。壁を破壊しても特に何もないが、床を破壊することは危険な行為である。
天井には不規則に蛍光灯が配置されていて、一定の周波数でハム音(ブーンとかいう音)を発し続けている。このハム音は、通常の蛍光灯よりも明らかに大きく、かなり耳障りである。なお、蛍光灯は不規則に点滅することがある。また、蛍光灯が配置されておらず暗闇になっている箇所もある。
Level 0 に加えられた様々な変更は、あなたがそこから少し目を離すだけで消えてなくなり、元々のランダムな構造に置き換わってしまう。この特徴から Level 0 に基地を作ろうとする試みは無謀なものになっている。
つるのような手足を持ったエイリアンのようなものや犬のようなものなどがいるという情報もあるが未検証である
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さて、もしここが本当にthe BackroomsのLevel 0なら、出口は下記のいずれかになる。
1,Level 0 の内部で外れ落ちるか床に向かって外れ落ちると、 The Frontrooms に移動する。
2,Level 0 の内部で延べ 100 km ほどの距離を移動すると、 The Manila Room に移動する。
3,Level 0 の内部で階段を降りたり穴に飛び降りたりすると、 Level 1 に移動する。
4,Level 0 の階段を進むと、 Level 1 η に移動することがある。
5,Level 0 の内部で壁に向かって外れ落ちると、 Level -1 に移動する。
6,Level 0 の内部で床を物理的に破ると、 Level 27 へ移動する。
ここを訪れた多くの人に最も希望があるのは、元の世界に戻れる1の出口だ。
だけど私はこれを選ぶことができない。理由は3つ。
”外れ落ちる”のは現実的ではない。このLevel 0の広さはほぼ無限にあると考えられていて、外れ落ちて、つまりこの空間のどこかにあるバグのような場所に踏み込んで元の世界であるThe Frontroomsへ転移するようなことは、はっきり言って奇跡のような運がなければ不可能。
第二に、外れ落ちるのはリスクを伴う。
wikiによると、その階層のバグのようなものである場所や物に触れて外れ落ちた場合、大抵はどこか別のthe Backroomsの階層へ転移させられるが、稀に”The Void”へ落ちてしまうことがある。
”The Void: (虚空)”とは、その名の通り何も存在しない真っ暗闇の空間とされていて、ただ重力が一定の方向に流れている。
どこかの階層ではずれ落ちた場合、一定の割合でThe Voidへ転移してしまい、もしそうなったならば助かる方法はなく、The Voidに飛ばされた人間は餓死するまで無限に広がる闇の空間を落下し続けることになる。転移の度に一定確率でたどり着いてしてしまういわば”ハズレ部屋”の中でも最悪の部類で、ここに転移してしまったら助かる見込みはない。
だから意図的に階層を外れ落ちるのは慎重に考えてからにしなければならない。
そして、第三の理由……これは私独自の理由だけれど、これが最も大きい理由。
私が自ら望んでやってきたこのthe Backroomsからすぐに生還を目指せない大事な動機。
それは親友のアユミをこのthe Backroomsから見つけ出し、無事現実世界へ連れ帰ること。
もともとthe Backroomsは海外の掲示板サイトで作成されたフィクションに過ぎないはずだった。
一つの世界観が提示され、それにそった設定をみんなで継ぎ足し発展させていく、いわゆるクリーピーパスタと呼ばれるシェアコンテンツがthe Backrooms。
次第にその設定は雪だるま式に膨れ上がり、the Backroomsを誰もが想像しなかったような迷宮へと育て上げた。
それが日本でも認知され始め、ネットで私が見つけたのが数ヶ月前だった。
もちろん私はフィクションとしてそれを楽しんでいた。
どこにでもあるような現代の風景がダンジョンのようになっていて、危険が化け物がいたり、絶望的な環境が潜んでいたりすることを、私はワクワクして想像を膨らませながら楽しんでいたのだ。
そんな私の考えが変わったきっかけが、先週の出来事だった。
アユミが私の目の前で”外れ落ちた”のだ。
高校の部活の終わりにいつもと変わらない帰り道を歩いていたはずだった。田んぼに囲まれた坂道でひぐらしゼミの鳴き声を聞きながら自転車を押して、クラスメイトのアユミと一緒に話しながら歩いていた。
もう一年が半分以上終わったんだよ、とか。来年でもう三年生とか早すぎるよね、とか。そんな話をしていた。
南木神社の脇を通りかかったときにアユミが「あれ……?」と怪訝そうな声をあげて立ち止まった。
その目線の先に何か特別なものがあったようには思えなかったけれど、彼女は何かを気にしていたようだった。
アユミは自転車を止めて、神社の方へ小走りにかけていくと、
「ねえイチカ、これ──」
と私に向かって何かを言いかけ、”ストンと落ちた”。
そう、まるで急に足元に穴でも空いたようにストンとアユミの身体が地面の中へ消えたのだ。
私が呆気に取られて立ち尽くしたのは言うまでもない。
だって、そんなことが目の前で起こったとして、いったい何ができるだろう。
ただそれからの私は地獄だった。
私の両親とアユミの両親、高校の先生、警察、あらゆる人たちからアユミの行方について問い詰められ、その度に精一杯見たままのことを伝えた私は怒られるか、しまいには呆れられるだけだった。
ショックで頭がおかしくなってしまった。そう結論付けられた私はまるで腫れ物のような扱いをされることになった。
私は家のベッドの上であの日起きた出来事を何度も思い浮かべ、悩み続けた。
そしてあらゆる可能性を考えた結果、自分でも信じられないとは思うけれど、思い当たる唯一の可能性がこのthe Backroomsだったのだ。
the Backroomsは海外の掲示板サイトで作成されたフィクションに過ぎない。そのはずだ。
それでもあの日彼女に起きた現象は、海外の掲示板で語られるthe Backroomsへの転移時の現象とまったく同一だった。
だから私は、あれからずっとこの南木神社に足を運んでは、the Backroomsへの入り口を探した。わずかにでも彼女の行方のヒントがあるならという気持ちで。
・周囲よりもなぜか暗いと感じる場所
・なぜか嫌な感覚を覚える場所
・はっきりとは思い出せないがいつもとは違うと感じる場所
そんな場所がthe Backroomsへと外れ落ちることができるポイントになっているという。
だから私は、あの日アユミが言いかけていた違和感の正体を求めて、一人神社に足を運び続けていたのだった。
ストンと落ちたのは、今日。つまりアユミが失踪してからちょうど一週間。
正直なところ私も半信半疑、いや、半分以上は疑っていた。
でも、それでも無理矢理にでも信じなければ、あの日目の前でみた現象を理解することができなかったのだ。
ここに来ることができて確信した。アユミはまだ生きている可能性がある。
このthe Backroomsのどこかできっと、まだ。
でも彼女はthe Backroomsについて何も知らない。
だから一刻もはやく彼女を見つけ、一緒にここからでなければ。
このwikiの情報は生きて現実世界に戻るために必要不可欠なものだ。
現実世界に戻る方法はいくつか存在する。
そのうち、Level 0から戻る方法は先にも言ったとおり、奇跡が起きなければ不可能。
であれば私が目指すべき方法はもうひとつの手段。
──Level 3999の”ゲームセンター”に到達してそこにある”窓”から現実世界へ帰ること。
wikiには各階層の詳細情報が多く載っている。すべてを網羅しているわけではないにしろ、危険は予め避けることができる。
決して不可能ではない……そう思ってはいるけれど、それでもこうして現実にここへやってくると気持ちが揺らいでしまう自分がいる。
「しっかりしないと……」
私は言い聞かせるようにそうつぶやき、スマホの画面を再び見た。
Level 0にやってきたアユミが、次にどこへ向かったを考えないと。
Level 0の出口を改めて確認する。
1,Level 0 の内部で外れ落ちるか床に向かって外れ落ちると、 The Frontrooms に移動する。
2,Level 0 の内部で延べ 100 km ほどの距離を移動すると、 The Manila Room に移動する。
3,Level 0 の内部で階段を降りたり穴に飛び降りたりすると、 Level 1 に移動する。
4,Level 0 の階段を進むと、 Level 1 η に移動することがある。
5,Level 0 の内部で壁に向かって外れ落ちると、 Level -1 に移動する。
6,Level 0 の内部で床を物理的に破ると、 Level 27 へ移動する。
もちろんこれが判明しているすべてではないと思う。
しかし、多くの情報が寄せられているLevel 0 ならばアユミはこのいずれかの出口に向かった可能性が高い。
1と2は現実的ではない。
5の可能性がないわけではないが、そうだと踏む確証も無い。
6は彼女の力では……というか大抵の道具を持たない人間では不可能。
だから可能性が高いのは、
3,Level 0 の内部で階段を降りたり穴に飛び降りたりすると、 Level 1 に移動する。
4,Level 0 の階段を進むと、 Level 1 η に移動することがある。
このいずれか。
4のLevel 1 η はLevel 1の別バージョン、亜種のようなものと理解していい。
とすると3も4も階段が関係していて、階段を進むうちにLevel 1か一定割合でLevel 1 η へ進むことになる。
穴を飛び降りれば確実にLevel 1に移動できるが、あの小心者なアユミがそんな勇気のいることをあえてするとも思えない。
化け物に追われていてとっさに、とかでなければだけど……。
であれば最も可能性が高いアユミの行き先は階段。そしてLevel 1かLevel 1 ηは確率での分岐ということになる。
運の要素が絡んでしまうけれど、これが最も合理的な判断。
「よし……階段を探そう」
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