ARROGANT

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「……自分はこの先10年でも20年でも結婚することはないとは思いますが、」
「そんなことは、先のことは誰にも、」
 飯川さんが反論しようとするのを首を振って抑えて原田が続けた。

「結婚はないんですが、自分はバイクに乗るので事故で突然死するリスクの方が大きいです」
 まぁ、と飯川さんが呟き、原田が続ける。

「結構飛ばす方なので現場で即死の可能性が高く、俺があの世で鬼でもぶっちぎってる最中に家に残された子供は餓死です」
「バリ伝か」
「僕がいるよ!」
 大和と君島がそれぞれ突っ込む。
 そんなものを無視して、原田が続ける。

「まぁ事故ならまだ俺の身元がわかるからきっと警察も家を確認に来るでしょうし子供の餓死はないでしょうけど、ツーリングはロングもショートも常に単独なので山でキャンプ張ってるところを熊に襲われて誰にも知られず突然死というリスクもあります。自分は大柄だから熊も一度には食い切れなくて多分巣穴に持ち帰って保存食にするでしょうから遺体が出ずに死亡の確認すらされず家に残された子供は餓死です」
「三毛別か」
「僕がいるよ!」
 大和と君島がまた突っ込むが、構わず原田が続ける。

「そうじゃなくても、一般的なリスクとして明日にでも不治の病が発見されるかも知れないですから、そうなったら長期入院の末に死亡ということで残された子供は餓死です」
「いい加減にしろよ!その程度のリスクは世界中の人間が抱えてるよ!」
 君島が立ち上がった。

 それに驚いて健介が原田の膝から逃げてソファを降り、少し離れた隣の席に座っている朱鷺にしがみついた。
 え?と君島が驚くので原田が教えた。

「こいつ、お前の怒鳴り声が嫌いなんだよ。だから朱鷺の方が好きらしい」

 えー……、と君島ががっかりして席に座った。

 そして大和もステーキを口に入れたまま斜め前の席の原田にフォークの先を向けて反論する。
「あのな。お前が会社に出て来なかったら俺が気付くだろ。一人で生きてると思うなよ。俺が健介見に行くよ」
「そうなったら社長が引き取ってくれるんですか?」
「お袋に訊いてみる」
「本当にマザコンですよね」
「うん」
 橘家の息子は全員母に頭が上がらない。


 そして再び飯川さんに目を向けてみると、また目を潤ませて、今度は心から楽しそうに笑っている。
 その様子を訝しみながらも原田が続けようとした。
 つまり、とまで言うと飯川さんが頷きながら晴れやかに被せてきた。

「わかりました!」

 少し面喰って原田も君島もじっと見詰めていると、飯川さんが頷きながら続けた。


「つまり、命ある限りこの子を守るとおっしゃってくださってるんですねっ!」



 え?
 え?
 言ったか?
 俺そんなこと言ったか?
 と、原田が目を剥く。



「そうですね。そうですよね。誰だって完璧じゃないですよね。明日何があるかなんて誰にもわからないんですよね。10年後困るかもしれないからこの子の今の幸せを取り上げるなんて、そんな権利私の方になかったです!」
 そう晴れやかに言って飯川さんがまた一粒涙を零す。

「そ、そ、そうでしょ?そうでしょ?とにかく健介の幸せが第一でしょ?」
 よくわからないものの、君島が合わせる。

「はい。あなたたちがそれを一番に考えて下さってるとよくわかりました!」


 いや、言ってない。
 俺はそんなこと言ってないはず。
 と、原田は絶句している。


「子供を引き取りたいという人は、普通は、目先の心配、少し先の心配、将来の心配をたくさん口にします。それもとても大事なことですけど、でもあなたたちは、この子の命のことだけ心配してます」
 そう言いながら飯川さんはくすくす笑い、また涙を落とす。
「それが一番大事なんです。何年もこの仕事してきたのに、今日また改めて気付きました。一番大事なのは子供の命です」
 そして涙を拭いて、飯川さんが笑った。

「突然死しない限り、この子を見捨てないとおっしゃってるんですよね?こんな心強い保護者はいないですよ」



 そんな曲解をされたのか。
 と、原田は愕然としている。


 君島も予想外の展開に驚きながらも、チャンスなので飯川さんの気が変わらないうちに事を進めようと焦る。

「じゃ!早く食べてヤマちゃんちに行こう!」
「その前に紫田の施設に寄っていただいて、まこと君の着替えや万が一のお薬なんかを持って行ってもらいたいです」
 飯川さんも協力的だ。
「そうだね!あ、ハブラシとかあるの?」
「あるはずですが、そういえばタオルや下着なんかも一揃え必要ですからお店にも寄りましょうか」
「そうだね!」
 そう応えて君島も急いでご飯をかきこむ。


 朱鷺の膝に逃げた健介に目をやると、朱鷺のグラタンを食べさせてもらっている。動く気はないようだ。
 悪いな、と原田が健介のリゾットを朱鷺のテーブルに移動させる。
 もう冷めたリゾットも朱鷺に食べさせてもらい、健介がやっと笑った。
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