晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略── やり直しじゃない。ここからが、僕の本番だ

七乃白 志優

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第一章:目覚めのゲート

006話『草原に潜む牙と影』

視界を埋め尽くす光が引くと、そこに広がっていたのは——
まるで絵本の中から切り取ったような草原だった。

澄み切った青。風にそよぐ緑。
耳に届くのは草の擦れる音だけ。
さっきまでいたコンクリートの廃墟が、まるで夢だったように思える。

「……ここが、第二層か?」

「ええ、どうやらそうみたいね」

コユキが僕の隣で尻尾をふわりと揺らす。
けれど、その声音にはかすかな警戒がにじんでいた。

……その理由は、すぐに分かった。

「……どうした?」

「……影が、小さいのよ」

そう言われて足元を見る。
たしかに、太陽が真上にあるせいで、影は足元に小さく縮こまっていた。
輪郭がほとんど見えず、地面に溶けるように貼りついている。

「環境要因ね。これじゃ影移動シャドウ・シフトは封じられるわ」

「つまり、主力スキルが使えない……か」」

雲ひとつない快晴。真上の太陽。自然環境の偶然が重なって、結果的に僕たちの主力スキルが通じなくなった。

ダンジョンが意図して仕掛けたわけじゃないかもしれない。
けれど、自然環境ひとつで僕たちの戦力はここまで変わる。

そんな不自由さに、少しだけ悔しさを覚えながらも——
僕の心には、不思議な高揚感があった。

目の前に広がる草原。
頬を撫でる風。空の広さ。
都会のコンクリートに囲まれていた日常じゃ、到底味わえなかった“生きた自然”の匂いがした。

毎日、会社と家を往復するだけの生活。
最近の休日は、漫画を読んだり、アニメを観たり、ゲームをしたり……ひたすら家にこもっていた。

空の広さも、風の匂いも、こんなに気持ちのいいものだったなんて——すっかり忘れていた。

「……こんな景色、久しぶりだな」

「顔、緩んでるわよ」

「うるさい。お前だって尻尾の動き、いつもより軽い」

「……気づいた?」

コユキがわずかに笑った、そのとき——

“風向き”が変わった。

「……コユキ。さっきと風の流れ、逆じゃないか?」

「ッ、そこッ!」

次の瞬間、草原の一部が“逆立つ”。
草が弾け飛び、そこから、草そのものが変形したようなモンスターが跳び出した。

「《グラスシェイド》——擬態型モンスターよ!」

その姿は、昆虫と植物の中間のようだった。
干からびた草にそっくりな脚、苔のような質感をした体表、蔦のように絡まる外皮——
まるでこの草原に溶け込むためだけに存在しているかのようだ。

——完全に、気づかず踏み込んでたら危なかった。

「気配も希薄だし、影もない。こんな環境で……これは、マジで厄介すぎる!」

影移動シャドウ・シフトが使えない。
時間視界クロノサイトを展開するにも、反応が間に合わない。

それでも、体が先に動いた。

鉄パイプを振り抜く。
ぶつかる手応え。
そして、草の音が不自然に止まる。

「一体……倒したか」

「まだよ。風が……歪んでる」

コユキの声。
次の瞬間、別方向から“サッ”という接近音。
目で捉える前に、草が揺れる。

複数体——群れだ。
気配は消えていても、草と同化して見えないだけで、奴らはそこら中に潜んでいる。

「こんな初見殺し……いきなり難易度跳ね上がりすぎだろ……!」

「冷静に、マスター!」

コユキの声が、僕の耳に届く。
その一言だけで、不思議と視界がクリアになった気がした。

僕は大きく息を吸い、そして吐いた。

風と草を読む。
揺らぎに逆らう“わずかなノイズ”を見逃さない。
時間視界クロノサイト、展開——

一体、また一体と、僕は奴らを倒していく。

「……やるじゃない」

徐々に身体の反応もついてきた。
以前なら躓いていたであろう草むらでも、今は足が滑らない。

レベルが上がり身体能力が強化された実感が、動きの端々に現れていた。

そして——

「……終わったか?」

「ええ。もう、反応はないわ」

風が戻ってきた。
草原が穏やかに揺れる音が耳に優しく届く。

(……まだいるか?)

耳を澄ます。
さっきまで戦っていたあたりの草が、かすかに揺れたように見えた。
けれど、風のせいかもしれない。

(……いや、考えすぎか。とはいえ油断は禁物だな)

僕は鉄パイプを握り直し、もう一度辺りを見渡す。
それでも静寂しか返ってこない。

「……鉄パイプ振り回していれば、なんとかなるもんだな」

「うん、よくやったわよ」

いつもより少しだけ柔らかい声に、僕は照れ隠しで視線を逸らした。

「……あの丘、登ってみるか。何か見えるかもしれない」

「いい判断ね。視界が開ければ、状況整理もできる」

僕たちは、草をかき分けて丘を目指す。
少しだけ風が強くなり、草の海が波のように揺れていた。

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