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第二章:現実という名の迷宮
017話『小さな仲間たちとレベリング』
「……ふぁぁぁ……」
朝、俺はのびをしながらベッドから這い出た。
(……昨日、濃すぎたよな)
死の体験はトラウマレベルである......
そして、ディアの反則的な可愛さ......
気持ちを切り替えるみたいに、息を一つ吐いた。
「さて……今日も仕事だ」
ベッドから起き上がり、顔を洗ってリビングへ向かう。
机には昨夜にセットしたノートPCと資料が整然と並んでいた。
“いつもの日常”。
でも、そこにはもう——非日常の仲間がいる。
「おはよ、秀人」
ソファで丸くなっていたコユキが、軽く尻尾を揺らす。
「おはよう。今日から頼みたいことがある」
差し出したのはタブレット。
「ゲート関連の情報を集めてほしい。公式発表、SNS、掲示板……ざっとでいい。パターンが見えたら共有して」
「了解。任されたわ」
前足で器用にスワイプし始めるコユキ。
こうして“仕事を振れる相棒”がいるの、地味にありがたい。
(……おい、最初の検索“睡眠 時間 猫 最適”ってなんだ)
「統計よ、統計。データは大事でしょ?」
「仕事前に猫の好奇心出すのやめてくれ」
コユキは知らんぷりをした。
午前の会議をひとつ終え、コーヒーを片手に小さく伸びをしたとき——
ぽふっ。
何の前触れもなく、ブレスレットの上に粒子が集まり、ミニチュアのディアが姿を現した。
「じゃーんっ。朝の人間界、見学に来たわ!」
「いや、出てくるの急すぎない?」
「だって暇なんだもの。あなたたちだけ楽しそうでしょ?」
羽をぱたぱたさせながら、テレビのリモコンを持って試したり、ソファの背もたれに座ったり。
もし誰かに見られたら説明不能だが、見ていて笑えてくる。
(……なんか、こういう日常も悪くないな)
午前の勤務時間が過ぎ、在宅のタスクを終える。
午後半休の申請も問題なく通っている。
「ふぅ……終わった」
ノートPCを閉じて立ち上がると、急にお腹が鳴った。
キッチンに向かい、冷凍パスタを電子レンジに放り込む。
こういう日に限って料理する気力が湧かない。
温めている間にソファを見ると、コユキが尻尾を揺らしながら言う。
「ご飯? 私も食べる」
「はいはい。お昼は手抜きだぞ?」
「手抜きでも、用意してくれるだけで十分よ」
ツンデレの破壊力、高い。
「お昼、そろそろ?」
ふわりと、ミニディアがテーブルの上に浮かぶ。
「一緒に食べる?」
そう声をかけると――
「……残念だけど、“分体”の私は食べられないの。消化機能もないのよ。だから、雰囲気だけ楽しむわ」
ミニディアは空のティーカップを両手で持ち上げながら、しょんぼりした顔をする。
「じゃあ、今度は本体のディアとちゃんと一緒に食べるよ」
そう言うと、ミニディアの顔がぱぁっと明るくなった。
「うんっ! それ、すごく嬉しい!」
あれだけ規格外の力を持ってるのに、中身は驚くほど可愛い。
「じゃ、食べよっか。……いただきます」
「いただきます」
「雰囲気だけど、私も“いただきます”」
三者三様にランチをとり始める。
コユキは夢中で食べ、ミニディアは空のティーカップを使って“参加”する。
(こういうの、悪くないな)
昼食を片付けたタイミングで、コユキがタブレットを閉じてこちらを見た。
「じゃ、午後からはレベル上げでしょ?」
「うん。準備しよう」
パックに食料、水、応急セット、チョコレートとシュークリーム、そしてナイフと金属バットを詰め直す。
すると、ミニディアがふわっと浮かんだ。
「見ててね。午前中に、ちょっと練習してたの」
「練習?」
「コユキを“影の中”に沈めるやつよ」
その隣では、コユキが複雑な顔をしている。
「いや……急に影に沈められると、さすがに怖いのよ」
「でも大成功だったでしょ?意識ははっきりしてたし」
そう言ってディアが胸を張る。
どうやら、午前の勤務中、僕に黙って何度か試していたらしい。
(……こういう“先回りの準備”ができる人?って、仕事でも強いんだよな)
必要になってから慌てるんじゃなく、必要になりそうな瞬間を先に見越して動く。
それだけで、あとが驚くほどスムーズに進むものだ。
僕は思わず、感心してしまう。
「これなら……人混みでもコユキを連れて行けるな。ほんと助かる」
僕が素直に礼を言うと、ミニディアは「当然よ」と微笑み、コユキは照れ隠しのようにそっぽを向きながらも、尻尾が小さく揺れていた。
そして、僕たちは午後のレベル上げに向け、物置部屋のサブゲートの前に立っていた。
赤黒い光が、ゆらゆらと不安定に揺れている。
「じゃ、行くか」
「うん」
「気をつけてね、また後で」
ミニディアは、いったんブレスレットに戻った。
俺は深呼吸一つして、ゲートに足を踏み入れた。
——ぐにゃりと空間が歪む感覚。
次の瞬間、94階層、あの薄暗い夜空の下へと降り立った。
「おかえりなさい」
そう言って、今度は本体のディアが城の入り口で出迎えてくれた。
「ただいま、ディア」
そう返すと、彼女は満面の笑みで胸を張る。
「今日はね、いい感じに“倒しがい”のある子を揃えておいたわ。ほどよく強くて、ちゃんと経験値になるやつ。それと……可愛いのも混ぜておいたの!」
「いや、可愛いのは別にいらない」
「えぇ~、可愛いと戦ってる方が癒されるじゃない?」
茶目っ気たっぷりに羽を揺らすディア。
以前の“威厳ある吸血鬼”の面影は薄れつつあるが、それがまた彼女らしかった。
「……ディア、楽しんでるだろ?」
僕が少しジト目で尋ねると、彼女はあっさり頷いた。
「もちろんよ。こんなふうに笑い合えるの、すっごく久しぶりなんだから」
ふんわり、照れたような微笑み。
その一言で、彼女の長い孤独がふっと断片的に伝わり、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「さ、行きましょう。あなたたちを案内したくて、うずうずしてたの」
そんな軽口を交わしながら広場へ進むと、獣型・鳥型・ゴーレム型のモンスターが数体待ち構えていた。
“練習相手”というには十分すぎる緊張感が漂う。
「気を抜くと痛い目見るわよ、秀人!」
「分かってる」
僕は金属バットのグリップを握り直し、一歩前へ踏み出した。
空気がピンと張り詰める。
——バットを握る。
コユキとディアの念話が、頭の中に同時に響く。
(右から二体!)
(後ろ、ゴーレムが振りかぶったわ!)
《時間視界》が発動し、敵の動きがわずかにスローに歪む。
影に踏み込み、距離を詰め、
足を払うように一撃——
ガキィィン!
そこから一体ずつ確実に崩していく。
判断が冴える。動きが噛み合う。
徐々に強くなっていく実感。
(……これだ。この目に見えて“成長してる感”がたまらない)
社会では、努力しても評価は一歩遅れで、成長の変化なんて即座にはほとんど気づかない。
だからこそ——
ゲームみたいに、やればやっただけ目に見えて強くなるこの世界は、反則級に気持ちいい。
三時間が過ぎ、四時間が過ぎ——
ついにステータスに“12”の数字が浮かんだ。
(よし……レベル12達成)
達成感がゆっくりと胸に広がっていく。
「そろそろ帰るか」
「賛成」
「また明日も来ていいのよ?」
名残惜しそうに微笑むディアに見送られ、僕とコユキはサブゲートをくぐった。
帰宅してシャワーを浴び、夕食の準備を始める。
メニューはカレーとサラダと味噌汁。
普通のメニューなのに、異世界で戦ったあとはやけに美味い。
「お疲れ!」
「お疲れ」
「お疲れさま」
……と、ここでミニディアが、当然のようにグラスを掲げて参加してきた。
さっき本体の方で名残惜しそうに手を振ってたのに、数十分後にはこうして“こっそり食卓に混ざる”あたりが、なんともディアらしい。
飲めもしないのに、嬉しそうにグラスをカチンと合わせてくるその姿に、思わず笑ってしまう。
(……この時間が、たまらなく落ち着く)
そんな余韻に浸っていたとき——
——ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「……ん?」
時計を見ると、夜の九時前。こんな時間に誰だろう……?
胸の奥が、わずかにざわついた。
ゆっくり立ち上がりながら、まずコユキとミニディアに視線を送る。
「念のため、隠れて」
「了解」
「分かったわ」
コユキは影へすっと沈み、ミニディアは粒子になってブレスレットへ戻る。
リビングが静かになったのを確認してから、インターフォンのモニターを覗き込む。
映ったのは、スーツ姿の男性。
胸元には、それらしい腕章。
「どちら様でしょうか?」
インターフォン越しに問いかけると、礼儀正しく声が返ってきた。
『政府関係機関の者です。少々、お時間をいただきたく——』
(……やっぱり、来たか)
というより、「そりゃ来るよな」と腹の底で納得する感覚だった。
心臓が一拍だけ早くなりかけるのを、意識して押し戻す。
こういうときこそ、冷静に、慎重に。
仕事で何度も学んだことだ。
「最近は詐欺も多いので、政府関係者である証明を、このカメラ越しにお願いできますか」
必要なことだけを落ち着いて言う。
身分証明書、所属、フルネーム。ひと通り確認する。
「確認しました。ご要件を伺ってもよろしいでしょうか」
モニター越しで一拍の沈黙が落ちる。
『はい。……先日の“ゲートからのご帰還”について、正式に確認したい事項がございまして』
やっぱり、そこか。
だが、続く言葉は僕の予想より踏み込んでいた。
『つきましては、一度、政府施設までお越しいただきたく……』
(……強制じゃないけど実質“呼び出し”だ)
すぐに「はい」とは言わない。
こういう時、大事なのは “即答しない姿勢” だ。
落ち着いて、淡々と切り返す。
「ご要件は分かりました。ただ——平日の夜に突然のお声がけをいただいても、仕事の都合があります。そちらの施設に伺うにしても、業務の段取りをつける時間が必要です」
仕事を理由に断るのは正攻法だ。相手も強くは押せない。
一瞬、モニターの向こうで声が小さくなり、誰かと相談しているようだった。
『……でしたら、日曜日の午前はいかがでしょうか?10時であれば、こちらも調整できます』
(よし。最低限の猶予は確保できた)
「日曜日でしたら仕事も休みですし伺えます」
『ご協力に感謝します。それでは、日曜日の10時にお迎えにあがります』
「承知しました」
会話を終え、インターフォンを切った。
「……ふぅ」
肺の奥に溜めていた空気を吐き出すと、影の中からコユキがすっと姿を現し、ブレスレットからはミニディアがぽんっと浮かび上がった。
「かなり慎重な対応だったわね」
ミニディアは腕を組み、興味深そうにモニターの方を見る。
その口ぶりは“心配”というより、人間界のやり取りを観察する学者のようだった。
「いきなり踏み込んでこないあたり、人間のルールは面白いわ。強制力があるなら、もっと乱暴に来るのかと思ったもの」
僕は苦笑してソファに腰を下ろす。
「いや……現代日本はそう簡単に踏み込めないんだよ。こっちにも仕事があって、生活があって……“相手の事情を無視する”のはとんでもなく嫌われる」
コユキが頷く。
「それで、日曜までに準備するわけね」
「うん、質問されそうなことは全部洗い出しておく。今日みたいなやり取りは、事前準備が物を言うから」
ディアがにこっと笑う。
「ふふ。そういうの、あなた得意そうだものね。“知恵の戦い”って感じで、見ててちょっとワクワクしたわ」
(……しっかり見られてるな)
「そして、もう一つは“保険”だ。もし向こうが強硬な手に出ても、逃げられるくらいには強くなっておきたい。だから、日曜までに少しでもレベルを上げておく」
ディアが満足げに頷く。
「なるほど。“言葉”と“力”。両方そろえておくわけね」
「そういうこと」
コユキが尻尾を揺らしながら言う。
「じゃあ、日曜までに準備しときましょ。向こうが本気なら……こっちも油断しちゃダメよ」
僕は頷いた。
こうして僕たちは静かに、しかし確実に——
“日曜の交渉”へ備え始めた。
朝、俺はのびをしながらベッドから這い出た。
(……昨日、濃すぎたよな)
死の体験はトラウマレベルである......
そして、ディアの反則的な可愛さ......
気持ちを切り替えるみたいに、息を一つ吐いた。
「さて……今日も仕事だ」
ベッドから起き上がり、顔を洗ってリビングへ向かう。
机には昨夜にセットしたノートPCと資料が整然と並んでいた。
“いつもの日常”。
でも、そこにはもう——非日常の仲間がいる。
「おはよ、秀人」
ソファで丸くなっていたコユキが、軽く尻尾を揺らす。
「おはよう。今日から頼みたいことがある」
差し出したのはタブレット。
「ゲート関連の情報を集めてほしい。公式発表、SNS、掲示板……ざっとでいい。パターンが見えたら共有して」
「了解。任されたわ」
前足で器用にスワイプし始めるコユキ。
こうして“仕事を振れる相棒”がいるの、地味にありがたい。
(……おい、最初の検索“睡眠 時間 猫 最適”ってなんだ)
「統計よ、統計。データは大事でしょ?」
「仕事前に猫の好奇心出すのやめてくれ」
コユキは知らんぷりをした。
午前の会議をひとつ終え、コーヒーを片手に小さく伸びをしたとき——
ぽふっ。
何の前触れもなく、ブレスレットの上に粒子が集まり、ミニチュアのディアが姿を現した。
「じゃーんっ。朝の人間界、見学に来たわ!」
「いや、出てくるの急すぎない?」
「だって暇なんだもの。あなたたちだけ楽しそうでしょ?」
羽をぱたぱたさせながら、テレビのリモコンを持って試したり、ソファの背もたれに座ったり。
もし誰かに見られたら説明不能だが、見ていて笑えてくる。
(……なんか、こういう日常も悪くないな)
午前の勤務時間が過ぎ、在宅のタスクを終える。
午後半休の申請も問題なく通っている。
「ふぅ……終わった」
ノートPCを閉じて立ち上がると、急にお腹が鳴った。
キッチンに向かい、冷凍パスタを電子レンジに放り込む。
こういう日に限って料理する気力が湧かない。
温めている間にソファを見ると、コユキが尻尾を揺らしながら言う。
「ご飯? 私も食べる」
「はいはい。お昼は手抜きだぞ?」
「手抜きでも、用意してくれるだけで十分よ」
ツンデレの破壊力、高い。
「お昼、そろそろ?」
ふわりと、ミニディアがテーブルの上に浮かぶ。
「一緒に食べる?」
そう声をかけると――
「……残念だけど、“分体”の私は食べられないの。消化機能もないのよ。だから、雰囲気だけ楽しむわ」
ミニディアは空のティーカップを両手で持ち上げながら、しょんぼりした顔をする。
「じゃあ、今度は本体のディアとちゃんと一緒に食べるよ」
そう言うと、ミニディアの顔がぱぁっと明るくなった。
「うんっ! それ、すごく嬉しい!」
あれだけ規格外の力を持ってるのに、中身は驚くほど可愛い。
「じゃ、食べよっか。……いただきます」
「いただきます」
「雰囲気だけど、私も“いただきます”」
三者三様にランチをとり始める。
コユキは夢中で食べ、ミニディアは空のティーカップを使って“参加”する。
(こういうの、悪くないな)
昼食を片付けたタイミングで、コユキがタブレットを閉じてこちらを見た。
「じゃ、午後からはレベル上げでしょ?」
「うん。準備しよう」
パックに食料、水、応急セット、チョコレートとシュークリーム、そしてナイフと金属バットを詰め直す。
すると、ミニディアがふわっと浮かんだ。
「見ててね。午前中に、ちょっと練習してたの」
「練習?」
「コユキを“影の中”に沈めるやつよ」
その隣では、コユキが複雑な顔をしている。
「いや……急に影に沈められると、さすがに怖いのよ」
「でも大成功だったでしょ?意識ははっきりしてたし」
そう言ってディアが胸を張る。
どうやら、午前の勤務中、僕に黙って何度か試していたらしい。
(……こういう“先回りの準備”ができる人?って、仕事でも強いんだよな)
必要になってから慌てるんじゃなく、必要になりそうな瞬間を先に見越して動く。
それだけで、あとが驚くほどスムーズに進むものだ。
僕は思わず、感心してしまう。
「これなら……人混みでもコユキを連れて行けるな。ほんと助かる」
僕が素直に礼を言うと、ミニディアは「当然よ」と微笑み、コユキは照れ隠しのようにそっぽを向きながらも、尻尾が小さく揺れていた。
そして、僕たちは午後のレベル上げに向け、物置部屋のサブゲートの前に立っていた。
赤黒い光が、ゆらゆらと不安定に揺れている。
「じゃ、行くか」
「うん」
「気をつけてね、また後で」
ミニディアは、いったんブレスレットに戻った。
俺は深呼吸一つして、ゲートに足を踏み入れた。
——ぐにゃりと空間が歪む感覚。
次の瞬間、94階層、あの薄暗い夜空の下へと降り立った。
「おかえりなさい」
そう言って、今度は本体のディアが城の入り口で出迎えてくれた。
「ただいま、ディア」
そう返すと、彼女は満面の笑みで胸を張る。
「今日はね、いい感じに“倒しがい”のある子を揃えておいたわ。ほどよく強くて、ちゃんと経験値になるやつ。それと……可愛いのも混ぜておいたの!」
「いや、可愛いのは別にいらない」
「えぇ~、可愛いと戦ってる方が癒されるじゃない?」
茶目っ気たっぷりに羽を揺らすディア。
以前の“威厳ある吸血鬼”の面影は薄れつつあるが、それがまた彼女らしかった。
「……ディア、楽しんでるだろ?」
僕が少しジト目で尋ねると、彼女はあっさり頷いた。
「もちろんよ。こんなふうに笑い合えるの、すっごく久しぶりなんだから」
ふんわり、照れたような微笑み。
その一言で、彼女の長い孤独がふっと断片的に伝わり、胸の奥が少しだけ熱くなる。
「さ、行きましょう。あなたたちを案内したくて、うずうずしてたの」
そんな軽口を交わしながら広場へ進むと、獣型・鳥型・ゴーレム型のモンスターが数体待ち構えていた。
“練習相手”というには十分すぎる緊張感が漂う。
「気を抜くと痛い目見るわよ、秀人!」
「分かってる」
僕は金属バットのグリップを握り直し、一歩前へ踏み出した。
空気がピンと張り詰める。
——バットを握る。
コユキとディアの念話が、頭の中に同時に響く。
(右から二体!)
(後ろ、ゴーレムが振りかぶったわ!)
《時間視界》が発動し、敵の動きがわずかにスローに歪む。
影に踏み込み、距離を詰め、
足を払うように一撃——
ガキィィン!
そこから一体ずつ確実に崩していく。
判断が冴える。動きが噛み合う。
徐々に強くなっていく実感。
(……これだ。この目に見えて“成長してる感”がたまらない)
社会では、努力しても評価は一歩遅れで、成長の変化なんて即座にはほとんど気づかない。
だからこそ——
ゲームみたいに、やればやっただけ目に見えて強くなるこの世界は、反則級に気持ちいい。
三時間が過ぎ、四時間が過ぎ——
ついにステータスに“12”の数字が浮かんだ。
(よし……レベル12達成)
達成感がゆっくりと胸に広がっていく。
「そろそろ帰るか」
「賛成」
「また明日も来ていいのよ?」
名残惜しそうに微笑むディアに見送られ、僕とコユキはサブゲートをくぐった。
帰宅してシャワーを浴び、夕食の準備を始める。
メニューはカレーとサラダと味噌汁。
普通のメニューなのに、異世界で戦ったあとはやけに美味い。
「お疲れ!」
「お疲れ」
「お疲れさま」
……と、ここでミニディアが、当然のようにグラスを掲げて参加してきた。
さっき本体の方で名残惜しそうに手を振ってたのに、数十分後にはこうして“こっそり食卓に混ざる”あたりが、なんともディアらしい。
飲めもしないのに、嬉しそうにグラスをカチンと合わせてくるその姿に、思わず笑ってしまう。
(……この時間が、たまらなく落ち着く)
そんな余韻に浸っていたとき——
——ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「……ん?」
時計を見ると、夜の九時前。こんな時間に誰だろう……?
胸の奥が、わずかにざわついた。
ゆっくり立ち上がりながら、まずコユキとミニディアに視線を送る。
「念のため、隠れて」
「了解」
「分かったわ」
コユキは影へすっと沈み、ミニディアは粒子になってブレスレットへ戻る。
リビングが静かになったのを確認してから、インターフォンのモニターを覗き込む。
映ったのは、スーツ姿の男性。
胸元には、それらしい腕章。
「どちら様でしょうか?」
インターフォン越しに問いかけると、礼儀正しく声が返ってきた。
『政府関係機関の者です。少々、お時間をいただきたく——』
(……やっぱり、来たか)
というより、「そりゃ来るよな」と腹の底で納得する感覚だった。
心臓が一拍だけ早くなりかけるのを、意識して押し戻す。
こういうときこそ、冷静に、慎重に。
仕事で何度も学んだことだ。
「最近は詐欺も多いので、政府関係者である証明を、このカメラ越しにお願いできますか」
必要なことだけを落ち着いて言う。
身分証明書、所属、フルネーム。ひと通り確認する。
「確認しました。ご要件を伺ってもよろしいでしょうか」
モニター越しで一拍の沈黙が落ちる。
『はい。……先日の“ゲートからのご帰還”について、正式に確認したい事項がございまして』
やっぱり、そこか。
だが、続く言葉は僕の予想より踏み込んでいた。
『つきましては、一度、政府施設までお越しいただきたく……』
(……強制じゃないけど実質“呼び出し”だ)
すぐに「はい」とは言わない。
こういう時、大事なのは “即答しない姿勢” だ。
落ち着いて、淡々と切り返す。
「ご要件は分かりました。ただ——平日の夜に突然のお声がけをいただいても、仕事の都合があります。そちらの施設に伺うにしても、業務の段取りをつける時間が必要です」
仕事を理由に断るのは正攻法だ。相手も強くは押せない。
一瞬、モニターの向こうで声が小さくなり、誰かと相談しているようだった。
『……でしたら、日曜日の午前はいかがでしょうか?10時であれば、こちらも調整できます』
(よし。最低限の猶予は確保できた)
「日曜日でしたら仕事も休みですし伺えます」
『ご協力に感謝します。それでは、日曜日の10時にお迎えにあがります』
「承知しました」
会話を終え、インターフォンを切った。
「……ふぅ」
肺の奥に溜めていた空気を吐き出すと、影の中からコユキがすっと姿を現し、ブレスレットからはミニディアがぽんっと浮かび上がった。
「かなり慎重な対応だったわね」
ミニディアは腕を組み、興味深そうにモニターの方を見る。
その口ぶりは“心配”というより、人間界のやり取りを観察する学者のようだった。
「いきなり踏み込んでこないあたり、人間のルールは面白いわ。強制力があるなら、もっと乱暴に来るのかと思ったもの」
僕は苦笑してソファに腰を下ろす。
「いや……現代日本はそう簡単に踏み込めないんだよ。こっちにも仕事があって、生活があって……“相手の事情を無視する”のはとんでもなく嫌われる」
コユキが頷く。
「それで、日曜までに準備するわけね」
「うん、質問されそうなことは全部洗い出しておく。今日みたいなやり取りは、事前準備が物を言うから」
ディアがにこっと笑う。
「ふふ。そういうの、あなた得意そうだものね。“知恵の戦い”って感じで、見ててちょっとワクワクしたわ」
(……しっかり見られてるな)
「そして、もう一つは“保険”だ。もし向こうが強硬な手に出ても、逃げられるくらいには強くなっておきたい。だから、日曜までに少しでもレベルを上げておく」
ディアが満足げに頷く。
「なるほど。“言葉”と“力”。両方そろえておくわけね」
「そういうこと」
コユキが尻尾を揺らしながら言う。
「じゃあ、日曜までに準備しときましょ。向こうが本気なら……こっちも油断しちゃダメよ」
僕は頷いた。
こうして僕たちは静かに、しかし確実に——
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