晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略── やり直しじゃない。ここからが、僕の本番だ

七乃白 志優

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第二章:現実という名の迷宮

018話『静かな夜の作戦会議』

僕たちはリビングのテーブルを囲んで座っていた。

「——さて、作戦会議しようか」

「なにこの空気。今日も一日頑張って疲れているよね?」

コユキが小さくあくびを噛み殺す。正直、僕も眠い。
それでも、ここをサボるわけにはいかない。

相手は、国家権力だ。

「結論から言うよ」

僕は指を一本立てた。

「政府に開示するのは——“契約モンスターがいる”という事実だけ。スキル構成や、具体的な能力までは出さない。今は、そこを防波堤にする」

「賛成」

「異論なし」

コユキとミニディアが同時に頷く。

「そもそも、コユキを真正面から見せたら、徹底的に調べられるわね。“可愛すぎる”って意味でも、“喋る猫が未知すぎる”って意味でも」

ミニディアがしたり顔で言い、コユキはわざとらしくぷいっとそっぽを向きながらも尻尾の先だけ揺らした。

(方向性は一致。ここがぶれてないのは大きいな)

——交渉は、席に着く前に八割決まる。
何を話すかより、「どこまでを話さないか」を決めておく方が、実は大事だったりする。

「最近の情報はどう?」

僕が問うと、コユキがタブレットを傾けた。

「SNSと掲示板、公式発表をざっと追ったわ。で——ちょっと物騒なワードが出てきてる」

「物騒?」

「“帰還者管理庁”って名前の機関。正式発表はまだだけど、内閣直轄で準備が進んでるってリークが回ってる」

「……帰還者を、“管理”する庁、か」

胸の奥が、静かに冷える。

表向きの説明がどうあれ、名前がすべてを物語っていた。
放っておけば、そのうち “自由に動ける帰還者” なんて幻想になる。

「だからこそ、ね」

ミニディアが、テーブルの上で脚を組む。

「あなたは“利用されるだけの駒”にも、“わがままな暴走者”にもならず、“対等なパートナー”を狙う。今日の受け答えを聞いていて、そう感じたわ」

「ハードル高いな、それ」

苦笑しつつも、否定はできない。
社会でも、力がある側とない側が組むとき、一番危ういのは「イエスマン」か「反抗だけの人材」だ。

僕はスマートスピーカーに向かって声をかけた。

「木曜・金曜、二日連続で“午後半休”の申請。理由は“家庭の事情”。」

『承知しました。申請を送信します』

「家庭の事情、ね」

「広い意味では、間違ってないでしょ?」

僕は苦笑しながら肩をすくめる。

(会社のみんな、ごめん。これは、ほんとに生きるため)



翌日、水曜日。

朝のオンラインミーティングを終えたタイミングで、僕は東京の上司にメッセージを入れた。

「ゲート関連で少し通院や行政対応が入りそうなので、数日間、午後だけ半休を取らせていただきたいです」

しばらく黙ったあと、上司は言った。

『体調は?仕事は回るか?』

「体調は問題ないです。午前中に指示出しとレビューを固めて、あとはサブマネとリーダーに任せます。遅れは出さないよう段取りします」

少し間が空き、やがて短い返信が届く。

『……わかった。無理だけはするな』

(ありがたいな、本当に)

やりがいは薄れていても、人には恵まれている——そう思わせてくれる瞬間だった。

午前の仕事を締めて、午後はそのままサブゲートへ向かった。

そこから先は、ディアの城——94階層でのレベリングタイムだ。

「よし、スイッチ入れ直すか」

「もう入ってるじゃない。目がちょっと輝いてるし」

「やめろ、テンション上がってるのバレる」

そんなやり取りをしながら、午後はほぼフルで“職業:帰還者”として過ごした。



事件が起きたのは、金曜日の訓練中だった。

牙の生えた獣型モンスターの突進を、ほんの一瞬、読み違えた。

「っ——!」

肩口に鋭い痛み。
そこから、ぬるい熱が全身へじわりと広がっていく。

「身体が……重い……?」

足元がふらつき、視界の端がかすれた。

「毒ね」

ディアの声が、やけに遠くに聞こえる。

「秀人、いったん下がって!」

コユキの念話が飛んできた瞬間、条件反射で影移動シャドウ・シフトを発動。
自分の足元の影に滑り込み、数メートル後ろの安全地帯へ抜ける。

膝をつきかけたところで、冷たい光が視界を覆った。

「大人しくしてなさい」

ディアの魔力が、肩から全身へと流れ込んでいく。
焼けるような痛みが、氷水をかけられたみたいに静かに引いていった。

「……助かった」

「動かないで。……もう大丈夫よ」

ディアは軽く肩をすくめる。

呼吸を整えながら、僕は改めて思い知る。
——レベルが上がっても、「油断したら即アウト」の世界であることに変わりはない。

その日の休憩中、ディアが言った。

「ねえ、秀人。スキル構成、少し入れ替えましょう」

「入れ替え?」

「ええ。いったん“影を縫う”あのスキルは返してもらうわ。代わりに——これを貸す」

ディアは僕のブレスレットにそっと指先を触れた。

状態異常耐性アブノーマルシールド。毒・麻痺・混乱……精神系も含めて、ある程度までなら弾けるはず」

「……そんなものまで持ってるのか」

「始祖格をなめないでちょうだい」

冗談めかしつつも、瞳は真剣だ。

「交渉前に倒れられても困るしね。今は“便利さ”より、“生き残るための保険”を優先しましょう」

「了解。影縫いは、しばらくお預けってわけか」

少しだけ寂しさはあるが、迷いはなかった。

ビジネスでもそうだ。“あったら便利な機能”より、“落ちたら終わるポイント”への投資が先だ。

そうして、木曜・金曜は——
午前中に在宅で仕事を片づけ、午後は94階へ向かい、スキルでの戦闘リズムを確かめながら、レベリングに集中する日々となった。



そして土曜日。
仕事がない分、朝から夕方までほとんどの時間をレベリングにあてた。
安全確認、動きの最適化、判断の癖の修正……。
積み重ねるほどに、少しずつ“戦える自分”が形になっていくのを実感する。

夜。
シャワーを浴びてベッドに横になり、暗い天井を見上げる。

(明日、10時か……)

胸の奥に、鈍い緊張と、うっすらした高揚が同居している。

この三日間で、僕はレベルも、戦闘経験も、それなりに積んだ。
でも、それ以上に大きいのは——

「ちゃんと準備してきた」という実感だ。

情報も整理した。
想定問答も作った。
最悪のパターンも、一応イメージした。

そして、何かあったときに「物理的に押し切れる」くらいには、強くなった。

(ビジネスでも交渉でもそうだけど——)

僕は目を閉じる。

立場が弱い側ほど、“準備”と“自信”がないと、あっさり飲み込まれる。

明日は、ただ話し合いをする日じゃない。
僕たちの立ち位置を、正式に決める第一ラウンドだ。

「……絶対に、丸呑みにはされない」

隣で丸くなっているコユキの寝息を聞きながら、僕は静かに、心の中でそう繰り返した。

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