66 / 124
第六章:仮面の告発者
065話『境界の面談』
水曜の午前は、がっつり仕事だった。
ゲートも政府も、いったん頭の外に押し出して。
目の前のタスクだけを、ひたすら潰す。
チャットの通知、資料の差し戻し、営業からの相談。
レビュー、軽い火消し。
ついでに、もう一件火がつく。
でも、こういう“現実”は、僕の身体は慣れている。
指が勝手に動いて、言葉が勝手に整う。
13時。ようやく椅子に深くもたれた。
「……午前の部、完了」
息を吐いて、時計を見る。
午後は政府施設で九条さんとの面談――その“紹介つき”だ。
(出発まで、まだ少しある)
ちょうどいい空き時間を、お昼を食べながら僕は“整理”に使った。
42階までの進行記録。
出現モンスターの傾向、頻度、地形、難所ポイント。
音声メモからAIで文章化したデータに、危険度をざっくりつけつつレビューする。
そして、いつも通り。
こちらのスキルや戦闘の中身は、一切書かない。
14時過ぎ。
作業を切って身支度を整える。
今日はスーツじゃない。
ジャケットとシャツ。
失礼にならない程度に、少しだけ柔らかい装い。
ブレスレットの中にディア。
影の中にコユキ。
スーラは――一昨日から94階だ。
『……あまり長引かないといいわね』
ディアの声は落ち着いている。
その落ち着きが逆に、今日が軽い話じゃなくなるのではと思わせる。
『ボクは影。静かにしてる。……たぶん』
「“たぶん”やめろ」
影の中で、小さく鼻で笑う気配がした。
電車で淀屋橋へ向かう。
SNSを開くと、相変わらずゲートの話題で埋まっている。
“攻略レース”“帰還者ランキング”――
どこかゲームみたいな文字列に、胃の奥が少しだけ冷える。
(……42階まで行った僕が、まだ未報告扱い。皮肉だな)
スマホを伏せて、窓の外へ視線を逃がした。
15時20分。
政府施設。
受付で名前を告げる。
「時任秀人です。九条さんとお会いする約束をしております」
案内された廊下は静かで、音が吸われるみたいだった。
エレベーターを抜け、指定された会議室の前で立ち止まる。
(……さて。今日はどんな話になるのか)
ノックする手に、わずかに力が入った。
扉の向こうは、予想より静かだった。
入った瞬間、視界に九条さん、柊さん――そこまでは想定通り。
そして。
「……一ノ瀬?」
柔らかく微笑む一ノ瀬透花。
そのそばに、エルフのリィナが静かに立っている。
(……雰囲気、少し変わった?)
さらに視線を移すと、見知らぬ二人。
一人は黒いスーツの女性。
姿勢が綺麗で、空気が冷静。
もう一人は体格のいい男性。
立ち方が“現場”のそれで、無駄がない。
九条さんが一歩前に出た。
「来てくれて助かった。紹介しよう」
簡潔に、でも重みのある声。
「ゲート対処特務班の責任者――八代理子さん。そして同班の戦闘指揮を務める隊長、五十嵐烈士だ」
「……はじめまして。時任秀人です」
八代さんは、丁寧な角度で会釈した。
「初めまして。八代理子です。今日はお時間、感謝します」
温度の低い丁寧さ。
礼儀の中に“観察”が混ざっている。
五十嵐さんは立ち上がり、短く頭を下げた。
「五十嵐烈士です。よろしくお願いします」
声は低く、余計な飾りがない。
ただそれだけで、場が締まる。
(……見たことがある)
どちらも、ニュースで――“特務班”の顔として映っていた。
九条さんが続ける。
「勧誘じゃない。おまえが組織に縛られるのを嫌うのも含めて、八代さんには伝えてある。安心しろ」
……助かる。
僕は小さく頷いた。
八代さんが、真正面から僕を見る。
「あなたのことは、限られた報告と九条さんの評価で把握しています。率直に言うと――興味深い存在ですね」
一ノ瀬の視線が、静かにこちらに乗る。
リィナは表情を変えない。
八代さんが続けた。
「ただ――あなたに関する情報は、政府内でもごく一部にしか共有されていないわ。ここにいる五十嵐にも、一ノ瀬にもね」
会議室の空気が、ほんの少し硬くなる。
「このあと、踏み込んだ話をします。望まないなら、五十嵐と一ノ瀬には席を外してもらうこともできます」
僕は一拍置いてから、口を開いた。
「一つだけ、確認させてください」
「どうぞ」
「ここにいる五十嵐さんと一ノ瀬さんは、あなたが“秘匿できる”と断言できる方ですか。漏れた場合の責任は、持ってもらえますか」
一瞬、空気が張り詰めた。
八代さんの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「……食えない人ね」
そして、はっきり言った。
「ええ。私は部下を信頼しています。もし漏れたなら、私が責任を取るわ。――それでいい?」
「……十分です。では同席でお願いします」
九条さんが、短く息を吐いた。
柊さんは黙ってメモを取っている。
(本当は、最初の一手で“責任”を突きつけるやり方は好かれない。信頼を積んでからやるのが、まともな順番だ。……でも今日は、その順番を待てなかった)
八代さんが本題に入る。
「アメリカと中国が、20階をクリアしたニュースは見たかしら?」
「はい。見ました」
「正確には、10日前ね。両国ともほぼ同時に突破。公式発表され、国際的にも評価された大きな功績です」
(……ここまでは公開情報だ)
八代さんは続ける。
「ただ――あなたはその約2週間前に、20階を突破していたと聞いている」
五十嵐さんの肩が、わずかに動いた。
目が、こちらに刺さる。
僕は小さく頷いた。
「その件、情報の更新があります」
「更新?」
……言うべきか、一瞬迷う。
ここで出せば話は早い、出戻りも減る。
ただ、言った瞬間に――この場の前提が変わる。
それでも、黙って引き延ばす方が後で面倒になる。
「はい。本来は九条さんと柊さんに個別でお伝えする予定でしたが――この場で共有します」
全員の視線が集まる。
「先週の金曜午後から日曜夕方まで、約50時間。ゲートに潜りました」
一瞬、空気の密度が変わった。
「……現在のクリア階層は、42階です」
静寂。
言葉のない静けさが、数秒続いて――
「……そんな馬鹿な」
五十嵐さんの声が漏れた。
八代さんが、鋭く言う。
「五十嵐。口を慎みなさい」
静かな声なのに、逆らえない。
五十嵐さんは口を閉じた。
八代さんは僕を見つめる。
驚きというより、分析の目だ。
僕は苦笑する。
「40階で死にかけました。正直、やりすぎでした」
九条さんの眉が寄る。
「気をつけろと言ったはずだ」
「……耳が痛いです」
柊さんが、少し引き気味に言う。
「各階層のデータはありますか?」
「地形傾向と出現モンスターをまとめてあります。あとで提出します。参考程度にはなるかと」
「……受け取ります」
柊さんが、少し引き気味の声でそう返してくる。
ゲートも政府も、いったん頭の外に押し出して。
目の前のタスクだけを、ひたすら潰す。
チャットの通知、資料の差し戻し、営業からの相談。
レビュー、軽い火消し。
ついでに、もう一件火がつく。
でも、こういう“現実”は、僕の身体は慣れている。
指が勝手に動いて、言葉が勝手に整う。
13時。ようやく椅子に深くもたれた。
「……午前の部、完了」
息を吐いて、時計を見る。
午後は政府施設で九条さんとの面談――その“紹介つき”だ。
(出発まで、まだ少しある)
ちょうどいい空き時間を、お昼を食べながら僕は“整理”に使った。
42階までの進行記録。
出現モンスターの傾向、頻度、地形、難所ポイント。
音声メモからAIで文章化したデータに、危険度をざっくりつけつつレビューする。
そして、いつも通り。
こちらのスキルや戦闘の中身は、一切書かない。
14時過ぎ。
作業を切って身支度を整える。
今日はスーツじゃない。
ジャケットとシャツ。
失礼にならない程度に、少しだけ柔らかい装い。
ブレスレットの中にディア。
影の中にコユキ。
スーラは――一昨日から94階だ。
『……あまり長引かないといいわね』
ディアの声は落ち着いている。
その落ち着きが逆に、今日が軽い話じゃなくなるのではと思わせる。
『ボクは影。静かにしてる。……たぶん』
「“たぶん”やめろ」
影の中で、小さく鼻で笑う気配がした。
電車で淀屋橋へ向かう。
SNSを開くと、相変わらずゲートの話題で埋まっている。
“攻略レース”“帰還者ランキング”――
どこかゲームみたいな文字列に、胃の奥が少しだけ冷える。
(……42階まで行った僕が、まだ未報告扱い。皮肉だな)
スマホを伏せて、窓の外へ視線を逃がした。
15時20分。
政府施設。
受付で名前を告げる。
「時任秀人です。九条さんとお会いする約束をしております」
案内された廊下は静かで、音が吸われるみたいだった。
エレベーターを抜け、指定された会議室の前で立ち止まる。
(……さて。今日はどんな話になるのか)
ノックする手に、わずかに力が入った。
扉の向こうは、予想より静かだった。
入った瞬間、視界に九条さん、柊さん――そこまでは想定通り。
そして。
「……一ノ瀬?」
柔らかく微笑む一ノ瀬透花。
そのそばに、エルフのリィナが静かに立っている。
(……雰囲気、少し変わった?)
さらに視線を移すと、見知らぬ二人。
一人は黒いスーツの女性。
姿勢が綺麗で、空気が冷静。
もう一人は体格のいい男性。
立ち方が“現場”のそれで、無駄がない。
九条さんが一歩前に出た。
「来てくれて助かった。紹介しよう」
簡潔に、でも重みのある声。
「ゲート対処特務班の責任者――八代理子さん。そして同班の戦闘指揮を務める隊長、五十嵐烈士だ」
「……はじめまして。時任秀人です」
八代さんは、丁寧な角度で会釈した。
「初めまして。八代理子です。今日はお時間、感謝します」
温度の低い丁寧さ。
礼儀の中に“観察”が混ざっている。
五十嵐さんは立ち上がり、短く頭を下げた。
「五十嵐烈士です。よろしくお願いします」
声は低く、余計な飾りがない。
ただそれだけで、場が締まる。
(……見たことがある)
どちらも、ニュースで――“特務班”の顔として映っていた。
九条さんが続ける。
「勧誘じゃない。おまえが組織に縛られるのを嫌うのも含めて、八代さんには伝えてある。安心しろ」
……助かる。
僕は小さく頷いた。
八代さんが、真正面から僕を見る。
「あなたのことは、限られた報告と九条さんの評価で把握しています。率直に言うと――興味深い存在ですね」
一ノ瀬の視線が、静かにこちらに乗る。
リィナは表情を変えない。
八代さんが続けた。
「ただ――あなたに関する情報は、政府内でもごく一部にしか共有されていないわ。ここにいる五十嵐にも、一ノ瀬にもね」
会議室の空気が、ほんの少し硬くなる。
「このあと、踏み込んだ話をします。望まないなら、五十嵐と一ノ瀬には席を外してもらうこともできます」
僕は一拍置いてから、口を開いた。
「一つだけ、確認させてください」
「どうぞ」
「ここにいる五十嵐さんと一ノ瀬さんは、あなたが“秘匿できる”と断言できる方ですか。漏れた場合の責任は、持ってもらえますか」
一瞬、空気が張り詰めた。
八代さんの口元が、ほんの少しだけ緩む。
「……食えない人ね」
そして、はっきり言った。
「ええ。私は部下を信頼しています。もし漏れたなら、私が責任を取るわ。――それでいい?」
「……十分です。では同席でお願いします」
九条さんが、短く息を吐いた。
柊さんは黙ってメモを取っている。
(本当は、最初の一手で“責任”を突きつけるやり方は好かれない。信頼を積んでからやるのが、まともな順番だ。……でも今日は、その順番を待てなかった)
八代さんが本題に入る。
「アメリカと中国が、20階をクリアしたニュースは見たかしら?」
「はい。見ました」
「正確には、10日前ね。両国ともほぼ同時に突破。公式発表され、国際的にも評価された大きな功績です」
(……ここまでは公開情報だ)
八代さんは続ける。
「ただ――あなたはその約2週間前に、20階を突破していたと聞いている」
五十嵐さんの肩が、わずかに動いた。
目が、こちらに刺さる。
僕は小さく頷いた。
「その件、情報の更新があります」
「更新?」
……言うべきか、一瞬迷う。
ここで出せば話は早い、出戻りも減る。
ただ、言った瞬間に――この場の前提が変わる。
それでも、黙って引き延ばす方が後で面倒になる。
「はい。本来は九条さんと柊さんに個別でお伝えする予定でしたが――この場で共有します」
全員の視線が集まる。
「先週の金曜午後から日曜夕方まで、約50時間。ゲートに潜りました」
一瞬、空気の密度が変わった。
「……現在のクリア階層は、42階です」
静寂。
言葉のない静けさが、数秒続いて――
「……そんな馬鹿な」
五十嵐さんの声が漏れた。
八代さんが、鋭く言う。
「五十嵐。口を慎みなさい」
静かな声なのに、逆らえない。
五十嵐さんは口を閉じた。
八代さんは僕を見つめる。
驚きというより、分析の目だ。
僕は苦笑する。
「40階で死にかけました。正直、やりすぎでした」
九条さんの眉が寄る。
「気をつけろと言ったはずだ」
「……耳が痛いです」
柊さんが、少し引き気味に言う。
「各階層のデータはありますか?」
「地形傾向と出現モンスターをまとめてあります。あとで提出します。参考程度にはなるかと」
「……受け取ります」
柊さんが、少し引き気味の声でそう返してくる。
あなたにおすすめの小説
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ダンジョンをある日見つけた結果→世界最強になってしまった
仮実谷 望
ファンタジー
いつも遊び場にしていた山である日ダンジョンを見つけた。とりあえず入ってみるがそこは未知の場所で……モンスターや宝箱などお宝やワクワクが溢れている場所だった。
そんなところで過ごしているといつの間にかステータスが伸びて伸びていつの間にか世界最強になっていた!?
アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記
ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。
そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。
【魔物】を倒すと魔石を落とす。
魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。
世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。
巻き込まれ召喚・途中下車~幼女神の加護でチート?
サクラ近衛将監
ファンタジー
商社勤務の社会人一年生リューマが、偶然、勇者候補のヤンキーな連中の近くに居たことから、一緒に巻き込まれて異世界へ強制的に召喚された。万が一そのまま召喚されれば勇者候補ではないために何の力も与えられず悲惨な結末を迎える恐れが多分にあったのだが、その召喚に気づいた被召喚側世界(地球)の神様と召喚側世界(異世界)の神様である幼女神のお陰で助けられて、一旦狭間の世界に留め置かれ、改めて幼女神の加護等を貰ってから、異世界ではあるものの召喚場所とは異なる場所に無事に転移を果たすことができた。リューマは、幼女神の加護と付与された能力のおかげでチートな成長が促され、紆余曲折はありながらも異世界生活を満喫するために生きて行くことになる。
*この作品は「カクヨム」様にも投稿しています。
**週1(土曜日午後9時)の投稿を予定しています。**
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…