晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略── やり直しじゃない。ここからが、僕の本番だ

七乃白 志優

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第六章:仮面の告発者

083話『上がいるという現実』

整備された広さ。
規則正しい導線。
そして――遠くからでも分かる、派手な“音”。

広場に近づいた瞬間、視界が跳ねた。

火花みたいなスキルの残光。
衝撃波。
契約モンスターの咆哮と、地面を叩く重い音。

(……トラブル?)

反射的に足が止まる。
でも次の瞬間、気づく。
動きが整いすぎている。
範囲が管理されている。
何より、周囲に“慌て”がない。

訓練だ、演習だ。

人間とモンスターが暴れているのに、全部が“予定通り”の空気。
それが逆に怖い。

僕が広場の縁に立ったところで、三人がこちらへ歩いてきた。

八代さん。九条さん。柊さん。

柊さんが、僕を見て一拍だけ固まる。
仮面が原因だろう。

「……お越しいただいてありがとうございます。えっと……その、今日のそれは……」

柊さんが言い淀む横で、九条さんが肩をすくめた。

「舞踏会か?目立つな。確認だ。“シュナ”で合ってるな?」

「はい――“シュナ”です。仮面の効果で印象が変わった感じがすると思います」

八代さんは真顔のまま、要点だけ刺してくる。

「……想像より黒いですね」

僕は仮面のまま、軽く手を上げた。

「事情があって。ここに来る途中、ずっとこれってわけじゃないです」

九条さんが眉を上げる。

「……途中?」

「駅でこのまま待ち合わせは、さすがに視線が辛いので。サングラスとマスクで誤魔化して、車内で着けました」

一拍。

柊さんが小さく息を吐いた。

「……ですよね。駅はさすがに、目立ちますし……」

八代さんが頷く。

「判断は正しい」

九条さんは笑うでもなく、軽く手を振った。

「次からは“舞踏会”の招待状も用意しとけ」

「要りません」

「まぁ、いい。こっちとしても“素性を隠す”のは重要だ」

八代さんが、広場の方へ顎を向けた。

「今やってるのは、演習です。自衛隊の方に、帰還者の実力を正確に見てもらっています」

柊さんが続ける。

「帰還者がもし暴走した場合、何が起きるか。自衛隊として、何ができて何ができないか。――それを“現実”として確認している段階です」

僕は広場を見た。
スキルの一撃で、地面が抉れる。
モンスターの一振りで、距離が崩れる。

(……確かに、必要だな)

怖いことほど、見ないと判断できない。
判断できないまま運用すると、事故の形で学ぶことになる。

八代さんが、僕に向き直った。

「今日は、お願いします。“シュナ”さん」

仮面越しに息を吸う。
声が別人の響きで返ってくる。

「……承知しました」

そして僕は、広場の中心へ歩き出した。

鋼鉄の床を蹴る音。
魔力の発光。
獣の咆哮。
――全部が“訓練”という名の、制御された暴力だ。

見せるための演習だ。
見せられる側――自衛隊の視線が、端から端まで並んでいる。

その中央で、ひときわ分かりやすい“力”が暴れていた。

五十嵐さんだ。

彼の拳が振り抜かれるたび、空気が撓む。
音が遅れて追いつく。
契約モンスターの咆哮が重なり、衝撃が地面から足裏へ跳ね返ってくる。

(五十嵐さん――見た目通り。真っ向から叩き潰す、パワーファイターだな)

的にされた訓練用の大型標的が、紙みたいに飛んだ。

――派手だ。
そして、説得力が暴力の形をしている。

周囲の自衛官たちの目が変わるのが分かった。
“危険”を想像する顔。
“理解したい”と“理解できない”が同居した顔。

(……これが暴走したら、止められない)

冷えた感想が先に出る。
否定じゃない。
事実の確認だ。

――ゲートが出て、2ヶ月も経っていない。
法も運用も装備も、“想定”すら追いついていない。

警察も自衛隊も、前提が“人間”だ。
壁も鎖も車両も弾薬も、帰還者の前では“条件が揃えば破れる”に落ちる。

対処がないんじゃない。
概念が、まだ追いついていない。

僕がそういう現実を噛んでいる間に、八代さんが前に出た。
声は大きくない。
なのに、広場のざわつきが一段で収束する。

「――集合」

12人の帰還者と、各々の契約モンスター。
視線がこちらへ揃う。
自衛官の視線も一斉に寄ってくる。

……頼むから、仮面だけ見て変な空気になるな。
いや、なるに決まってる。

八代さんは迷いなく続けた。

「今日は、現実を揃える日だ。自衛隊には“帰還者が暴れたら何が起きるか”を。特務班には“上がいる”って事実を。国内でも上位の帰還者であっても――慢心は最短で死に繋がる」

一拍。

「紹介する。“シュナ”さんだ。指導役として来てもらった」

(指導役――聞いてない。……まあ、八代さんならそうするか)

内心だけで叫んで、表に出さない。
仮面の奥で眉が動いただけだ。

僕は一歩出て、軽く頭を下げる。
声は日本語でも、わざと調子を崩した。

「シュナ、デス。……短い時間、よろしくお願いシマス」

――これでいい。
仮面の変調と認識阻害のスキルがある以上、普段どおりに喋っても、どこかカタコトに聞こえるはずだ。
それが今はありがたい。

「まず、確認から入ります」

僕はそう言って、視線をゆっくり動かす。

解析眼アナライズ・サイト
仮面の薄い表示が、並んだ人影を順番に拾っていく。

状態は、正常。
バッドステータスは、なし。
精神干渉の気配もなし。

――全員、正常。

ただし。

(……情報量が多すぎる)

スキル欄が流れる。
本人の所持スキルに加えて、契約モンスター側の構成まで含めると、閲覧が終わらない。
理解が追いつかない。

一人ひとり、時間をかけて整理するしかない。
そう思った瞬間、頭の奥に念話が差し込んできた。

『先ず、帰還者たちはスキルを見た感じ全員シロ』

コユキの声。
淡々としているのに、いつもより真面目だ。

続いて、少し遅れてディア。

『契約モンスターの方も見たわ。そっちも全員シロよ』

……胸の奥が、すっと落ち着く。

“いなかった”。
その事実だけで、肩から余計な力が抜けた。

僕は小さく息を吐く。

『ありがとう』

――じゃあ、次は、指導役。
どうやって“慢心”を削るか。

一人ずつ相手をして、弱点を指摘して回る。
それもいい。
だが時間が足りない。

最短で効くのは――

「皆さんを見てわかりました。全員、同時に来てください」

広場が、わずかにざわつく。

「契約モンスターも含めて。全力で。遠慮はいりません」

誰かが「本気で……?」と小さく呟いた。
視線が八代さんへ流れる。

八代さんは短く頷いた。

「本気で行きなさい。――手加減は許しません」

その一言で、空気が変わる。
帰還者側の目が、訓練の目から“戦う目”へ寄る。
モンスターたちの気配が濃くなる。

(……うん。これでいい)

慢心を折るのに、説教はいらない。
体に覚えさせればいい。

僕は黒想鋳具アーマメント・フォージを展開した。

掌の上に、黒い素材が湧く。
形は棒。
余計な装飾はない。
――表の手札は、これだけで十分だ。

「……来い」

次の瞬間、12人と12体が一斉に動いた。

飛ぶ。
裂ける。
燃える。
凍る。
音が重なる。
視界が飽和する。
熱と土の匂いが、一拍遅れて喉に刺さった。

けれど――攻撃が“届かない”。

僕は最小で動き、最短で位置をずらす。
棒で弾く。
受けるんじゃない。
角度を変えて流す。
足場をずらし、踏み込みを空振りにする。

(見えてる。全部)

時間視界クロノサイトの補助が、世界の“先”を薄くなぞる。
勇刻励起ブレイヴ・インパルスで、反応の立ち上がりを速くする。
跳躍強化ジャンプブーストで、距離の概念だけをズラす。

それだけじゃない。
技能共有結コードリンク越しに共有されている“常時発動”のバフもある。

――でも、使っていてもそれは見せない。
見せるのは、“届かない”という印象だけだ。

最初の一人を、棒の一打で崩す。
骨は折らない。
意識も飛ばさない。
ただ、足が出なくなる角度で、膝を落とす。

「……降参です!」

次。

空間斬糸スペース・スレッドを一本。
見えない線が、足元を縛る。
踏み込みが止まった瞬間に、棒で肩を軽く叩く。

「う、動け……っ」

「降りて」

「……くそ。降参!」

次。次。次。

——息は乱れていない。
視界の端で世界が少しだけ先に進み、僕の身体はそれに合わせて“間に合う側”へ寄る。
見せない。
見せるのは、落ち着きだけ。

その落ち着きを、真正面から割りに来たのが——

五十嵐さんだ。

見た目どおりのパワーファイター。
近づけば終わる圧がある。
契約モンスターの唸りも、地面の底から来る。

僕は棒を構え直した。
逃げない。
外さない。
ここは“届かない”じゃなく、届いても折れないところを見せる。

「……来い」

五十嵐さんが来る。
拳が振り抜かれ、風圧が頬を叩く。

——受ける。

棒を横に寝かせて、真正面から噛み合わせた。
金属でもないのに、空気が硬い音を出して撓む。
足裏が沈み、芝が潰れた。

「っ……!」

五十嵐さんの拳が押し切ろうとする。
重い。強い。真っ直ぐだ。

でも、僕は押し返す。

力比べで逃げない。
服下のスーラの重みが前腕に“芯”を通し、僕の身体は一歩も退かない。

押し合ったまま、棒の角度をほんの少し変える。
受けているようで、芯だけをずらす。

次の瞬間——
僕は、棒を滑らせるように押し上げた。
拳の軌道がわずかに浮く。
肩が開く。
胸が空く。

そこへ、真正面から一打。

腹じゃない。
顔でもない。
胸の前——呼吸の中心を、叩く。

“痛い”より先に、“息が抜ける”。

「ぐっ……!」

五十嵐さんの上体が半歩、浮いた。
その半歩は、戦闘では致命的だ。

僕は容赦しない。
二打目で足を止める。
三打目で腰を落とす。

棒の先が、地面へ向かう重心を“指示”するみたいに落ちる。
五十嵐さんの膝が、反射で沈む。

——うちのめす、というより、立ち上がれない形にする。

「……っ、まだ……!」

気合は残ってる。
でも、体が言うことを聞かない。

僕は一歩近づいて、棒を肩に置いたまま、淡々と告げる。

「続けるなら、次は倒します」

言葉に温度はない。
脅しじゃない。
ただの結果報告だ。

五十嵐さんが、歯を食いしばったまま——笑った。悔しそうに。

「……参った。……正面で、持っていかれた」

その言葉が落ちた瞬間、周囲の空気が変わる。
“パワーで押し切る人”が真正面で折れた。
それだけで十分な説得力だった。

僕は棒を下ろして、短く頷く。

「ありがとう。次」

僕はそれだけ言って、視線を次へ送った。

次。次。次。

壊さない。
傷つけない。
なのに、戦意だけが折れていく。

最後に残ったのが――一ノ瀬と、リィナだ。

一ノ瀬の動きは速い。
雷を纏ったみたいな加速。
目が追う前に、距離が詰まる。

(そうだ。10階で雷系スキルを取ったって話、聞いてたな)

“聞いてた”が、“見せつけられる”に変わる。

同時に、リィナの支援が重なる。
防御、加速、視界妨害、回復――層が厚い。
判断が遅れた瞬間、持っていかれる構成だ。

(……いい連携だ)

一ノ瀬が腕を振り抜く。
空気が裂け、雷撃が一直線に走った。

――遅れて、風が来る。
リィナの風が雷の“道”を押し固めるみたいに重なり、拡散しかけた光が刃になる。
雷と風の合わせ撃ち。
避ける方向まで誘導してくる。

棒で弾く。
金属音じゃない、圧の音。
受けた瞬間に手首を逃がして、熱と衝撃だけを外へ流す。

空間斬糸でラインを引く。
一ノ瀬の踏み込みを一拍だけ遅らせ、リィナの補助の“穴”に合わせて間合いを外す。

白熱して見える。
実際、速い。
巧い。
怖い。

……でも。

僕は息を切らしていない。

一ノ瀬が、最後に踏み込んで――止まった。
視線が僕の胸元に一瞬だけ落ち、そして笑う。

「……参りました」

静かな降参だった。
誇りがあるからこそ、引き際が綺麗だ。

広場に残っていた熱が、すっと落ちる。
周りの帰還者たちが、自分たちの呼吸の荒さと、僕の呼吸の平坦さを見比べる。

――手加減されていた。
それが、全員に伝わる。

僕は棒を消す。
黒い素材が霧みたいにほどけて、掌に戻る。

(……よし。ここまでが“見せる圧”)

次は、八代さんが締める番だ。

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