サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽

Pero

文字の大きさ
14 / 208

サバイディー、南方上座部仏教国の夕陽 ⑭

しおりを挟む
     第一章 2001年 春

 ビエンチャンのメコン川土手の今昔(笑)、20年近くも経てば当然変わりますね~、でも旅人はいつまでも昔のままであって欲しいとわがままな気持ちなんです。






       十四

 メコン川はラオスの南西側を北は中国国境からくだり、ミャンマーとタイとのゴールデントライアングルを経てタイとの国境を雄大に流れ、カンボジアとの国境で別れる。

 首都・ビエンチャンのメコン川土手から、川や河川敷とまわりの人々とを眺めていると、その大河の流れはラオス人の暮らしの中に隅々まで流れ込んでいるように思えた。

 土手から降りたところの綺麗に舗装されたファーグム通りでは、けたたましい音を鳴らしてバイクを走らせる若者が目立つ。

 バイクといっても日本でいうカブのようなものだが、うしろに女性を乗せている若者も多く、得意顔で走っている。
 考えてみれば今日は土曜日だった。みんな週末なので破目をはずしているのだ。

 若者は日本でもラオスでも同じなんだなと、当たり前のことを僕は少し酔った気分で微笑ましく思うのであった。

 N君とふたりで、散歩をするように土手をゆっくりと歩いていると、一軒の屋台ジュース屋に目が留まった。

 そのジュース屋にはすごく綺麗な女の子がふたりいて、ガラスケースに入っているフルーツをその場で搾って客に手渡していた。
 屋台の周りには何人かが搾りたてのジュースを待っていた。

 屋台が人気なのはフレッシュなジュースが魅力だからか、女の子たちが綺麗だからは分からないが、僕達もマンゴーのような果物を指差してシェイクしてもらい、土手のテーブル席に座った。

 土手下にメコン川の静かな宵闇が見え、遥か川向うにはタイのシーチェンマイの町の明かりが揺れていた。

 川と反対側の大通りを行き交う人々は次第に増えていき、メコンの向こうに夕陽が沈んだあとのビエンチャンの街は、凌ぎやすい気温に下がったようにも感じられた。
 週末の夜はこれからだ。

 ふと見ると、僕たちの隣のテーブルにはふたりの可愛いラオス女性が涼んでいた。

 僕はN君に、「ほら、隣のふたり。現地の女性に違いないね。ちょっと声をかけてみようか」と提案した。

 ところが彼は「僕はそんな勇気はありませんよ。藤井さんが声をかけてください」と、僕のような中年男に任せるというのだ。

 でも結局、機会を窺って隣をチラチラ見ていると、やがてバイクに乗って三人の男性が現れ、彼女達のテーブルに近づいてなにやらラオス語で親しげに話しはじめた。

「何だ、彼氏が来たよ。仕方がないね」

 僕が残念そうに言うと、N君はニヤニヤしながら若者たちのグループを見ていた。

 しばらくして、中学生くらいの少年に手を引かれた盲目の老婆が土手をゆっくり歩いて来た。
 土手に並んでいるテーブル客たちは、その老婆が近づいて来ると少年が手に持っていたアルミのような器に幾ばくかの紙幣を入れていた。 

 ラオスでもタイでもそうだが、このような身体に障害のある物乞いに対して、皆嫌な顔ひとつ見せずにお金を渡している光景をしばしば目にする。

 難しい理屈などを並べる必要もなく、恵まれている者が恵まれない者に少しでも手を差し伸べることが、素朴な人間の本来の姿なのだと思った。

 隣のテーブルの男女五人も、老婆達が来た時にはそれぞれが紙幣を出して器に入れていた。

 厳つい顔をした日本で言うところの「族のカシラ」っぽい男性も、ポケットに手を突っ込んでくしゃくしゃの紙幣を取り出し、少年の器にそれを入れて胸の前で手を合わせるのであった。

 その光景を見ていて、僕はちょっとしたカルチャーショックに似たものを感じた。

 ラオスは社会主義国だが仏教国でもある。ラオスの歴史については、今回の旅の前に少しだけかじる程度に書物などを読んだだけだ。

 しかし浅い知識の中でも、ラオスはこれまで波乱の歴史を潜り抜け、近年でもフランスのインドシナ支配からベトナム戦争の影響を大きく受け、現在のラオス人民民主共和国に至るまでには、多くの国民の犠牲が刻まれていることは知っている。

 そのような歴史的背景を、この国の人々は当然理解しているのだろう。
 歴史の犠牲者が兵士であるなしにかかわらず、このような身障者に対しても敬意を表しているように思うのであった。

 その老婆と少年が僕達のテーブルの横を通り過ぎようとした。
 少年は僕達が旅行者だと思って遠慮したのかもしれなかった。

 僕はポケットから千Kip紙幣を1枚だけ掴んで、それを少年の持つ器にそっと入れた。N君も少し遅れながらもそれに続いた。

 少年は少しはにかんだ顔をして、何か小さな声で呟いて老婆とともに通り過ぎて行った。

 その様子を見ていたのか、隣の男女五人のテーブルから、厳つい顔の男性がジュースのグラスを顔の辺りに持っていって、何か言いながら笑いかけるので、僕もなんだか分からないまま、グラスを少し上に掲げて、「コンバンワ」と日本語で言った。

 そんな風にしてビエンチャンの初日は夜は更けていった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

真面目な女性教師が眼鏡を掛けて誘惑してきた

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
仲良くしていた女性達が俺にだけ見せてくれた最も可愛い瞬間のほっこり実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...