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第六章 ベトナム旅行記・アイスコーヒーウイズミルク
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第二話
結局、バンコク・ドムアン空港内で仮眠をするも、殆ど寝ないまま夜が明けてしまった。
ピカピカのトイレで洗面を済ませて、午前5時頃に営業をはじめた小さなカフェでホットドッグと熱いコーヒーで朝食を摂り、次第に増え始めた旅行客の動きの中に入っていった。
午前八時半発のタイ国際航空ハノイ便の機内では日本人は殆ど見かけず、僕の隣の席には昨日とはうって変わっていかつい男性が座り、何処の国の人かも分からないので話しかけないままいつのまにか眠ってしまった。
午前十時二十分にハノイのノイ・バイ空港に到着した。
ノイ・バイ空港はこれが一国の首都の空港とは思えないほど小さなもので、北海道の中標津空港のほうがはるかに立派に思ったくらいである。(今は全然違いますよ)
機内では出入国カードが配られたが、ベトナム語なので記入方法が全く要領を得ず、ともかく自分の名前を記入する箇所は分かるので、それ以外は何か不備があれば問いかけてくるだろうと思って空白のままにしておいた。
ベトナムは社会主義国だから、入国に関しては結構厳しい部分があるとガイドブックにも書いていた。
イミグレーションの入国審査官は女性で、空白部分に対して何か言ってくるかなと思っていたが、あっけなくスタンプをポンポンと押してパスポートを投げるように返してきた。
税関はあっという間に抜けて外に出たら、そこはもう大勢の人でごった返していた。
早速、僕の周りをバイクタクシーやミニバスの誘いの男性が七~八人も取り囲んだが無視して、正規の(?)市内のベトナム航空オフィス前行きミニバスチケットを購入して、ついでに三千円だけベトナム通貨貨幣であるドンに両替した。
因みにレートは百円が一万三千ドン程で、三千円が約三十九万ドンになった)
ミニバスは要するにワンボックスカーで定員が九名程、バスには白人のカップルとアジア系男性五人が一緒であった。
空港から市内までは約四十分で料金は3USドル、近年開通した高速道路を走ったが、これがすごい運転でヒヤヒヤものだった。
ハノイの中心街に入って最初に驚いたことは、バイクが道路を占有しているかのように異常に多く、車も結構走ってはいるがバイクに完全に圧倒されていること、シクロや自転車はその間隙を縫って抜け目なく走っているという印象だ。
バスは大通りから狭い道に入ってもスピードを少しも落とさずに、バイクや自転車を道路脇に蹴散らすかのようにビュンビュン飛ばして走る。
これでは事故にならないのが不思議に思うのだが運転手は得意顔だ。
間もなくバスはホアン・キエム湖近くのアイン・シンカフェというゲストハウスの前に停まって、運転手は白人カップルを中に連れて入っていった。
十分ほどしてから運転手が戻ってきて、次にベトナム航空オフィス前に行くのかと思いきや、「今日のホテルは決っているのか?」と聞いてきた。
「ロータストラベル・ゲストハウスに行かなくちゃ駄目なんだ。だから早くベトナム航空オフィス前に行ってくれよ!」
僕は少し苛つきながら言った。
しかし英語が通じないのか、運転手は他のアジア系四人に、「ホテルが決まっていないならこのゲストハウスはどうだ?部屋を見てみるか?」と交渉を始める始末だ。
「じゃあちょっとみて見ようよ。それでいくらなの?えっ六ドル?それって部屋の値段?一人の値段?」
バスの中では黙りこくっていたのに、結局彼らは日本人だったのだ。
そんなやりとりのあと、結局日本人グループもそのゲストハウスに入ってしまったので、「ともかくベトナム航空オフィス前まで行ってくれよ」と運転手に重ねて言った。
だが運転手は「このゲストハウスじゃ駄目か?」と相変わらず同じことを言ってくるのでラチがあかないと思い、バックパックを背負って車から降りた。
予測した通りの途惑うベトナムの出迎えであったが、あまり腹も立たずにホアンキエム湖近くの道を南に歩いた。
地図を見れば確か五百メートルほど歩くと目印となるベトナム航空オフィスがあるはずだが、途中でシクロやバイタクの兄ちゃんをはじめ、屋台のおばちゃんまでもがあちこちから気軽に声をかけてくる。
狭い道路ではバイクや車がクラクションを鳴らしながら走るし、交差点では信号が変わるとバイクが一斉にヨーイドンした感じでブッ飛ばしてくるから、ボヤッと歩いていると危なくて仕方がない。
三十度を超えた暑さと多湿とで、僅か五百メートルほどを歩いただけなのに汗びっしょりになって、何も分からないハノイの街中で僕はすでに疲れ始めていた。
ベトナム航空オフィスは、あくまでも目的とするロータストラベル・ゲストハウスへの目印である。
地図によると、そこから二本下った通りを左折したらすぐ左側に小さな入口があると、出発前にあの人からのアドバイスメールが届いていた。
結局、バンコク・ドムアン空港内で仮眠をするも、殆ど寝ないまま夜が明けてしまった。
ピカピカのトイレで洗面を済ませて、午前5時頃に営業をはじめた小さなカフェでホットドッグと熱いコーヒーで朝食を摂り、次第に増え始めた旅行客の動きの中に入っていった。
午前八時半発のタイ国際航空ハノイ便の機内では日本人は殆ど見かけず、僕の隣の席には昨日とはうって変わっていかつい男性が座り、何処の国の人かも分からないので話しかけないままいつのまにか眠ってしまった。
午前十時二十分にハノイのノイ・バイ空港に到着した。
ノイ・バイ空港はこれが一国の首都の空港とは思えないほど小さなもので、北海道の中標津空港のほうがはるかに立派に思ったくらいである。(今は全然違いますよ)
機内では出入国カードが配られたが、ベトナム語なので記入方法が全く要領を得ず、ともかく自分の名前を記入する箇所は分かるので、それ以外は何か不備があれば問いかけてくるだろうと思って空白のままにしておいた。
ベトナムは社会主義国だから、入国に関しては結構厳しい部分があるとガイドブックにも書いていた。
イミグレーションの入国審査官は女性で、空白部分に対して何か言ってくるかなと思っていたが、あっけなくスタンプをポンポンと押してパスポートを投げるように返してきた。
税関はあっという間に抜けて外に出たら、そこはもう大勢の人でごった返していた。
早速、僕の周りをバイクタクシーやミニバスの誘いの男性が七~八人も取り囲んだが無視して、正規の(?)市内のベトナム航空オフィス前行きミニバスチケットを購入して、ついでに三千円だけベトナム通貨貨幣であるドンに両替した。
因みにレートは百円が一万三千ドン程で、三千円が約三十九万ドンになった)
ミニバスは要するにワンボックスカーで定員が九名程、バスには白人のカップルとアジア系男性五人が一緒であった。
空港から市内までは約四十分で料金は3USドル、近年開通した高速道路を走ったが、これがすごい運転でヒヤヒヤものだった。
ハノイの中心街に入って最初に驚いたことは、バイクが道路を占有しているかのように異常に多く、車も結構走ってはいるがバイクに完全に圧倒されていること、シクロや自転車はその間隙を縫って抜け目なく走っているという印象だ。
バスは大通りから狭い道に入ってもスピードを少しも落とさずに、バイクや自転車を道路脇に蹴散らすかのようにビュンビュン飛ばして走る。
これでは事故にならないのが不思議に思うのだが運転手は得意顔だ。
間もなくバスはホアン・キエム湖近くのアイン・シンカフェというゲストハウスの前に停まって、運転手は白人カップルを中に連れて入っていった。
十分ほどしてから運転手が戻ってきて、次にベトナム航空オフィス前に行くのかと思いきや、「今日のホテルは決っているのか?」と聞いてきた。
「ロータストラベル・ゲストハウスに行かなくちゃ駄目なんだ。だから早くベトナム航空オフィス前に行ってくれよ!」
僕は少し苛つきながら言った。
しかし英語が通じないのか、運転手は他のアジア系四人に、「ホテルが決まっていないならこのゲストハウスはどうだ?部屋を見てみるか?」と交渉を始める始末だ。
「じゃあちょっとみて見ようよ。それでいくらなの?えっ六ドル?それって部屋の値段?一人の値段?」
バスの中では黙りこくっていたのに、結局彼らは日本人だったのだ。
そんなやりとりのあと、結局日本人グループもそのゲストハウスに入ってしまったので、「ともかくベトナム航空オフィス前まで行ってくれよ」と運転手に重ねて言った。
だが運転手は「このゲストハウスじゃ駄目か?」と相変わらず同じことを言ってくるのでラチがあかないと思い、バックパックを背負って車から降りた。
予測した通りの途惑うベトナムの出迎えであったが、あまり腹も立たずにホアンキエム湖近くの道を南に歩いた。
地図を見れば確か五百メートルほど歩くと目印となるベトナム航空オフィスがあるはずだが、途中でシクロやバイタクの兄ちゃんをはじめ、屋台のおばちゃんまでもがあちこちから気軽に声をかけてくる。
狭い道路ではバイクや車がクラクションを鳴らしながら走るし、交差点では信号が変わるとバイクが一斉にヨーイドンした感じでブッ飛ばしてくるから、ボヤッと歩いていると危なくて仕方がない。
三十度を超えた暑さと多湿とで、僅か五百メートルほどを歩いただけなのに汗びっしょりになって、何も分からないハノイの街中で僕はすでに疲れ始めていた。
ベトナム航空オフィスは、あくまでも目的とするロータストラベル・ゲストハウスへの目印である。
地図によると、そこから二本下った通りを左折したらすぐ左側に小さな入口があると、出発前にあの人からのアドバイスメールが届いていた。
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