彼女の葬列

aika

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曖昧

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姉が眠るように亡くなっていた、祖母の納骨堂の床。
姉を思いながら、何時間もただその場に座り込む。

ここに座るときはいつも、姉が隣に居た。
祖母のことを想って何度も座ったこの床は、冷たいタイルの上に薄いカーペットを一枚貼り付けただけの簡素なもので、直に座ると足やお尻が痛くなる。

こんなに固くて冷たい床の上に寝転んで、たった一人この世の最期の時間を過ごした姉の気持ちは、どんなものだったのか。

ーーーたった一人、じゃないか。おばあちゃんが側に居てくれたんだ。

仏壇の中に眠る、祖母の写真を見てそう思い直した。

姉がよくここに来て亡き祖母と話していたように、私も姉に語りかける。

ーーーお姉ちゃん、どんな気持ちでこの冷たい床に寝転んだの?


この世に別れを告げるべく、深く目を閉じた瞬間。彼女の脳裏には何が浮かんでいたのだろう。

苦しみは、寂しさは、悲しみはなかったのだろうか。
姉と同じように深く目を閉じて、想像する。

姉であっても自分とは違う人間。
残された者たちは、ただ想像するしか術を持たない。

きっと穏やかな気持ちだったに違いない。
晴々とした気持ちでさえあったのかもしれない。

根拠も何もないけれど、なんとなくそう思った。
これは私の願いなのかもしれないけれど。

姉はそういう人だった。
細かいことにはうじうじ悩んだり心配したりするくせに、人生を覆すような大きな出来事やハプニングに直面した時は、凛とした強さを持って臨める人だった。

晩年自宅療養していた父親が発作に苦しみ始めた時、姉は冷静に電話を手に取り救急車を呼んだ。その落ち着いた振る舞いは、その場にいた全員を安心させた。
電話を置くと、お風呂上がりのスッピンでは病院に付き添えないからと姉は鏡に向かってメイクを始めたのだ。

私はその瞬間、ひどい違和感を覚えていた。
いつもの姉と、非常時の姉はまるで別人のように思えたからだ。

父の病状を一番心配して非常事態が起こることを日々恐れていた姉が、いざそういう場面になるといつも一番落ち着いて対処していた。
母や私はオロオロするばかりで、何も出来ず立ち尽くしていたというのに。
心配するということは、あらゆることを想定できる能力なのだとその時思った。

心配症で小さなことに日々怯えて暮らすということは、誰よりもいざという時のことを明確に想定できているということだ。
いざという時に対処する姉は、誰よりも強くたくましかった。


祖母の仏壇には、親戚の誰かがお土産で買ってきたのだろう恐山の湯呑みと、数個のコップが所狭しと並んでいる。ビール会社の刻印がされたレトロなグラスがふと目に入った。
水が入っている。

姉が最期にこのグラスに水を満たしている姿が目に浮かんだ。
彼女はここに来るといつも一番にお水を新しいものに変えて、小さな蝋燭に火を灯していた。

昨日のことのように鮮明に思い出せるのに。

その時の姉はどんな顔をしていただろうか?
その部分だけ白くモヤがかかったように、ぼんやりとうつろいでいた。

死とは、そういうものなのだ。


昨夜までは思い出せていたのに、と焦燥感が身を襲う。

彼女がこの世を去ってから、一日また一日と過ぎるたび、記憶が遠ざかってゆく。
確かに姉がそこに居たという記憶はあるのに、彼女の顔の部分だけがポッカリと抜け落ちていた。

以前も何度かそんな経験があった。

父が亡くなった後。愛猫が虹の橋へ旅立ったあの時もそうだ。
さっきまで確かにここに居て、命を宿していた肉体が、まるで別のものに変わってしまったように色をなくす。
曖昧、になるのだ。

思い出の中の姉には徐々にモヤがかかり、彼女の存在が一瞬にして色褪せてしまったように遠ざかっていく。

これが失う悲しみというものなのだ。
姉にだけ、色がない。



「和葉ちゃん・・・かな?」

誰かに名前を呼ばれて、急に現実に引き戻された。


振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。


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