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『陣痛』
しおりを挟む楓の陣痛が、始まった。
緊急事態はいつも、私の留守中に起こる。
大和が運転する車に乗り、雫と3人で買い物へ行っている最中に、電話が鳴った。
「はい。え・・?あ、陣痛が始まったんだね。」
私に電話をすれば、また気が動転すると思ったのだろう。
律が、雫に電話してきた。
楓はすでに病院について、入院手続きも済んだらしい。
私たち家族にとって、初めてのお産。
何度も頭の中でシュミレーションしたはずなのに、心臓が鷲掴みされたように呼吸が苦しい。
「繭、大丈夫か?」
大和がバックミラー越しに、心配して視線を寄越す。
助手席に座る雫も、上半身を乗り出すようにして、後部座席の私を見た。
「このまま病院に向かおう。大和、病院の場所は、」
「もちろん、わかってる。」
説明しようとした雫を遮り、大和が車を大きくUターンさせた。
♢♢♢
病院に着くと、樹と泉が出迎えてくれた。
最年少の夫たちも、楓の出産に立ち会う。
「楓さん、繭たん来たよ~!!」
「今、陣痛落ち着いているので、産まれるまでは、まだまだかかりそうです。」
いつもと変わらない楓の笑顔に、心底ホッとする。
ドラマやドキュメンタリーでよく見るような壮絶さは、まだ無い。
「楓君、大丈夫?」
点滴が繋がれている彼の手の甲を見ただけで、私はくらりと眩暈がした。
「大丈夫です。念の為入院させてもらったんですけど、まだ陣痛微弱で・・・ちょっと早かったかなって。」
彼は、申し訳なさそうに笑った。
男性の出産は、まだまだ事例が少ない。
出生率を増やすためのこの制度は、まだ始まったばかりだ。
父子共に安全であることが第一に考えられ、病院から徹底したサポートを受けられる。
病気ではないのだし、新たな生命を生み出すための過程なのだとわかっていても、夫が苦しんでいる姿を見るのは辛かった。
「っ・・・・うぅ・・・っ」
「陣痛の感覚が、短くなってきたね。」
「水分摂るか?もっと楽な姿勢があったら、手伝うぞ。」
慶斗と律が、付き切りでサポートしている。
その細やかさに、私は驚きと共に感心していた。
痛みを逃しやすい姿勢に変える手助けをしている律は、とても初めての立ち会いと思えない医療従事者のような振る舞いを見せている。
大きなボールを抱えるように座って痛みを逃す楓は、陣痛がおさまるたびに私に笑顔を見せてくれた。
「繭さん、心配しなくても大丈夫です!絶対、元気な赤ちゃんを産んでみせます!」
「楓君、無理しないで、休んでて。」
自分のことよりも私を優先してくれる楓の強さに、私は胸を打たれる。
「う~~~っ、・・・ぅッ・・・ッ・・・」
「痛いね、楓。・・・そろそろ先生呼んできてくれる?」
楓の腰をさすりながら、慶斗は看護師に指示を出した。
「うーーーっ・・・うーーーっ」
痛みを逃そうと深呼吸を繰り返す彼を見守るだけしか、私には出来ない。
もどかしさと不甲斐なさで、押しつぶされそうになる。
医者が様子を見にきて、これからすぐに分娩室に移動することになった。
(いよいよ出産・・・・!楓君・・・、頑張って・・・!!)
私はすでに涙目になりながら、心の中でエールを送る。
痛みでぎゅっと力がこもる楓の手を、私はしっかりと握り返した。
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