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『被写体』

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「女をくなんて久しぶりだぜ。あんたは俺が思ったとおり、良い被写体だ。」

かすれた声、視点が定まらない瞳は、モデルの私を通り越してさらに遠くを見つめているようだった。

銀髪の色男、志方しかた りょうの前で裸になり、ポーズを取ったままかれこれ小一時間静止している。
大事な部分は布で覆い隠しているけれど、お腹はぽっちゃりしているし、二の腕も足も太い。こんな女が本当に良い被写体に成り得るだろうか。

「あんたみたいに無防備で裏表がない女は、初めてだ。あまり俺の気を引くんじゃねぇよ。集中できなくなる。」

いちいち思わせぶりなセリフに聞こえるのは、彼がどうしようもなくイケメンだからに違いない。
志方は被写体に語りかけながら絵を描く。独特なハスキーボイスが、甘い余韻を耳に残した。

「人妻に手を出す趣味はねえよ。ましてや煌大こうだいの嫁だろ。安心しろよ。かわい子ちゃんもそばでしっかり見張ってるしな。」

絵を描く彼の後方では、夫のあいが一部始終を見守っている。

「煌大があんまりうるさいからついてきたけど、あんたやっぱり良い人そうじゃん。」

「やっぱり?」

愛は誰にでも臆することなくものを言う。
志方と愛は気が合いそうだと思った。雰囲気が似ているのだ。

「繭がどうしてもあんたのモデルになりたいみたいだったから、きっと良い人なんだろうなと思ってた。うちの奥さんは、男見る目あるんだよね。」

愛の絶大な信頼を前にして、私は次から次に湧き出てくるよこしまな妄想を打ち消そうと必死だった。

「そりゃあ嬉しいね。あんたに認められるほど、俺は良い男かい?」

「私を助けてくれたし・・優しくて素敵な男性だと思います。」

(それに超絶イケメンだし・・・・)

見つめられるだけで、ドキッと胸が高鳴る。
全てを見透かすような、深緑色の瞳。

目で犯されている気分だ。
彼の視線が私の身体の表面を熱く通り過ぎていく。

私を愛してくれる夫たちに囲まれ、毎日幸せでたまらないのに・・手の届かない男に惹かれ恋い焦がれる浅はかさ。

愛が一緒に居てくれてよかった。
そうじゃなければ私は彼と、良い雰囲気になってしまっていたかもしれない。


♢♢♢


「絵を描いていると、被写体のことがよくわかるようになる。」

「そうなんですか?」

一枚目が描き終わってお茶を飲んでいると、志方がふとそんなことを口にした。

「それにしてもすごく良く描けてるね。この絵・・・繭の魅力が伝わってくる。」

愛が絵をじっくりと堪能しながら、何度も頷く。

「被写体のことがよくわかるって・・・例えばどんなことですか?」

「そうだな例えば・・・あんたは、夫たちに愛されて幸せな生活を送っている。愛されているのに自信がなくて、自己評価が低い・・・すごく愛情深くて、涙もろい性格で・・誘惑にはめっぽう弱い。」

(あ・・・当たってる・・・・占い師・・・・?!)

「今、俺のことを占い師みたいだと思っただろ?」

「え・・・な、なんでわかったんですか・・?!?」

「あんたすごいよ、まぁ、繭はわかりやすいところあるけど・・ほぼ初対面でそこまで言い当てるなんてすごいじゃん。」

「すごい・・・・」

「そんなに驚いたか?あんたほんと裏表がなくてわかりやすい女だな。」

あんぐりと口を開けて驚いている私を見て、志方が笑い出す。
絵を描いている真剣な顔とはまるで雰囲気が違う柔らかい笑顔に、またも胸がドキドキと鼓動を主張し始めた。

「良かったらこれからも定期的に描かせてくれないか?色んな表情のあんたを描きたい。」

私は彼の目に弱い。
真剣な瞳で真っ直ぐに見つめられると、金縛りにでもあったように身体が硬直して動けなかった。

被写体としてで良い。
彼にもっと私を知ってほしい・・浅はかな欲求が大きく膨れ上がる。

私は彼の申し出に即答できず、煌大に相談してみると言って答えを先延ばしにした。

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